伯仲コンビワンドロ(絶賛フライング中)
お題 星を抱いて帰る/緑雨
終戦後のおはなし。
どこもかしこも夜に包まれた鏡面世界。足もとに広がる天の川を眺めながら、山姥切国広はあてもなく歩いていた。片足を引き摺っているのは、怪我をしたためか、あるいは元からそういう個体だったのか、生憎と記憶はない。もっというのなら近しい記憶から失っている最中であった。さらさらと零れ落ちる砂のように、記憶が溶けて、それが細かな星屑となって燐光をともない夜へ流れていく。無数の星は、先にこの道を歩いた同位体による記憶の残滓なのかもしれない。――終戦。言葉にすると、なんともあっけない響きである。歴史を守るために得た肉体を、今、本霊へと還そうとしているのだ。これは、そのための旅路だった。どこまで歩けばいいのかはわからない。ただ、この星の川べりを歩いていけばいいことだけは知っていた。
そのみちを照らすように、国広の手のひらには淡いひかりが握られていた。真っ青なひかり。それが連想させる――鮮烈な青。ああ、これはいつの記憶だろうか。
「死んだら星になるなんて、幼子へあてる他愛のない作りばなしだと思っていたが」
白い息とともに長義がぼやいた。市井へと買い出しに出掛けたその帰りみち。国広の牽く荷車に腰かけながら、長義はぷうらりと足を揺らした。
「他愛のなさに変わりはないけど、案外世界中にありふれた話らしいよ」
審神者が好んで読んでいる星占いの本を見せてもらったのだと、長義は言った。
この国だけではなく、このまるい地球という惑星を母数にしたはなしである。住まう大陸も、言語も文化も異なれど、「人間」という生きものは同じ種族であることの証明のように。死んだ人間は星になるなんてありふれた話を人々は世界中のそこかしこで語り継いできたらしい。
「強い人間はより明るい星になると信じられていた時代もあったそうだ」
ここで言う〈強さ〉とは、原初の単純な腕っぷしの強さという定義だろう。
「それが本当なら、あんたはさぞかし明るい星になるんだろうな」
なんていうことはない軽口だ。そもそも、死んだ刀剣男士は星になんてならない。もちろん、長義も承知していただろう。そのときの長義がどんな顔をしていたかなんて覚えていない。記憶はそれだけだ。本丸という箱庭で過ごした幾年という日々のほんの一片。どうしてこんな些細なことを覚えているのだろうかと国広自身不思議に思うほどである。ただ、この男ならばさぞや明るい星になるにちがいないというその漠然としたイメージだけが、国広のあたまにぽつねんと残ったのだ。
「はは!」
気づいたとき、口唇から響いていたのは笑いごえだった。
今、手のひらの中にあるのは、ほろほろと今にも崩れ落ちそうなほどの弱いひかりだ。きっと、この弱さをやさしいと言うのだろう。やさしいひかりだ、と。
知りたくなかったと、そらうぶく。
知れてよかったと心は泣いていたのに。
まるきりあべこべで、国広はそれが可笑しかったのだ。今にしてようやく、あのひねくれものの本科の心に少しだけ触れられたような気がして。
「遅い!」
あの日、国広を叱咤した声がふいに蘇る。
まっしろな雪原。伸びる轍。たれこめた雲。遠くにみえる本丸。あたたかな灯り。夕餉の香り。その全てが、手のひらのひかりに詰まっていた。