「オマエ、花火大会行きたいんやないか」
「え」
「ああいうん、好きやろ」
「はい……」
 直哉様が花火大会へ誘ってくれた。私は特に行きたいわけでもなかったが、というか、行けるとも思っていないかったし、何より直哉様がああいった人混みは嫌いだろうと思って考えてすらいなかった。しかし、せっかく誘ってもらえたし、私の好みを考えてくれたことが嬉しくて私も人混みは得意ではないがはいと答えた。
 実家から浴衣の一枚は持ってきていたはずだ。ここ禪院家では着物を着ることも多いので自分でも着付けはできるが、当日直哉様をお待たせしないよう練習しておこうと思った。
 直哉様と花火大会を見にいける、夏祭りに一緒にいけるなんて思ってもみなかった──私は少なからず浮ついていた。
 直哉様のお誘いからちょうど一週間後、今日は花火大会当日だ。
 私は夕方頃からもう落ち着かなく、約束の時間よりも早くに浴衣を着て直哉様を待っていた。無駄に早く着てしまって、着崩れてしまわないかと少々不安になりながら、なるだけ動かないよう正座をして、直哉様が持ってきてくれた私でも読めそうな本を読んで直哉様を待った。
「……オマエそんなペラッペラのやっすいプリントの浴衣着てく気か?」
 直哉様が私の部屋へ迎えに来ると(私ができるだけ部屋から一人で出ないで済むよう配慮してくれているのだ)直哉様は顔を顰めて言った。
「えっと……私はこれしか持っておりませんで、」
「ウチのいくつか持ってきたから好きなの選び。すぐ着替えや」
「そんな高価なものをお借りするわけには……」
「そんな作り帯のだっさい浴衣で俺の隣歩ける思っとるんか?」
「そうですね……失礼しました。恐縮ですがお借りします」
 使用人が私の部屋にいくつかの浴衣を並べ、直哉様が目配せをするとすぐに引いていった。私は軽く身を乗り出してこれまで触れたこともない絞りの浴衣を眺める。直哉様も今日は書生服ではなく、深い緑の矢絣模様の浴衣だ。いつもと違った印象に見惚れそうになるも、今はそんな場合ではない。慌てて自分が着る浴衣へ目を戻す。すると直哉様が私の浴衣の帯に手をかけはじめた。
「直哉様?!」
「俺が着付けたるから、はよ選び」
「そんなわけには……」
「その方が早いやろ」
 そう言う間にも私の安物の浴衣は容易く剥がされてしまい、肌襦袢のみにされてしまったのがはずかしくて目に着いた紺色の浴衣を選んでこれがいいですと指差した。
 直哉様は慣れた手つきで私がするより数段早く綺麗に着付けてくれて、あっという間に準備が整った。
「ほんなら行こか」
 今日は直哉様が一緒なのでいつもの監視役はついていない。二人きりのデートだ。夏祭り会場の近くまで車で送ってもらって、そこから二人並んで歩く。
「ええか、絶対手ぇ放したらあかんで。浴衣掴んでもええから絶対放すんやないで」
「かしこまりました」
 私が鈍臭いから心配して言ってくれているのだろうと思ったが、
「オマエ顔はそこそこ整ってんねんから」
 と言われて面食らった。
「え?」
「あ、いや……」
 直哉様はごまかすようにふいと横を向いた。そういえば、直哉様に容姿について何か言われたのはこれが初めてかもしれない。そこそこという評は直哉様が言うなら大分良い方な気がして、そうでなかったとしても少しは気に入られているのかと思うと嬉しくなって私は繋いでいる手にきゅっと力を込めた。
 夏祭り会場は予想通り人でごったがえしていた。右にも左にも屋台が並び客を呼び込む声と祭りを楽しむ人々の声で賑やかだ。私達はすぐに人の波にもまれてしまって、私は殆ど直哉様と腕を組むようにしてぴたりとついていった。
「なんか欲しいもんあったら言ぃや。クレカ使えへんのが不便やな」
「ありがとうございます」
 久しぶりの祭りの空気と活気に私もわくわくしてきた。しかしあまりに人が多くてなかなか屋台をゆっくり見て歩くことは難しい。私達は比較的人の少ない通りの真ん中を歩いていった。
 しばらく歩くと、ある屋台がふと目に止まった。それはりんご飴の屋台だ。私がそれに目を奪われていることに直哉様はすぐに気がついた。
「りんご飴食べたいんか」
「あ、はい……。実は食べたことがなくて。ずっと食べてみたかったんですけど、小さいころは全部食べきれないからって買って貰えなかったんです。お願いしてもいいですか?」
「何個欲しいん?」
「一個で充分です!」
 屋台ごと買い占めそうな勢いの直哉様を宥めながら、私達は人混みを掻き分けてりんご飴の屋台へ向かった。りんごだけでなく苺や他の果物の入った飴も並んでいる。
 人の好さそうな屋台のおじさんに私が「りんご飴一つお願いします」と言って、直哉様ががま口から小銭を慣れなそうに取り出し彼へ渡した。カードや高額紙幣でなく小銭を直哉様が持っているのは家の人が用意してくれたのだろうか、なんだか少しおかしくなってふふと笑ってしまった。
 おじさんからりんご飴を受け取ろうとすると、横から直哉様がそれを受け取ってからわざわざ私に渡してくれた。
「? ありがとうございます」
「おん」
 私達はまた通りの真ん中へ戻って歩き出した。りんご飴をぺろりと一口舐めてみる。甘い。今まで食べたことはないのに、懐かしい味がする、と思った。
 花火があがる時間が近づいてきて、会場へ向かって歩く。結局りんご飴しか買わなかったが、周りの人たちの楽しそうな雰囲気で自分も気分が高揚していた。直哉様はどうだろうかと思ってその横顔を見てみても、いつもの無表情でその感情はよくわからない。
「オマエ、せっかく買うたのに全然食ってへんやん、それ」
「あ、美味しいんですけど、なかなか固くて齧りつけなくて」
 直哉様の前で大口を開けて齧りつくのも恥ずかしくて、私はりんご飴をちまちまと舐めるばかりであった。
 すると、直哉様が私の手からひょいとりんご飴をとりあげ、ガリッと一口噛んでから返してくれた。
「これで食い易いやろ」
「ありがとうございます」
 間接キスになっちゃうな、なんて中学生みたいなことを思いながら──それ以上のことなどいくらでもしているのに──直哉様が齧ってくれた端から私も食べ始めた。
 私の横で直哉様ががりがりとりんご飴を咀嚼している。先程までと同じ無表情で僅かに頬を膨らませながらりんご飴を食べる直哉様の姿は微笑ましくて、私はにこにこと笑顔になってしまった。
「美味いか」
「はい」
 直哉様は私が笑っているのはりんご飴のためだと思っているらしい。勿論、りんご飴も美味しい。
 花火大会の会場に着くと、禪院家の人が場所取りをしてくれていたらしく、よく見える特等席に二人座るだけには広い場所が用意されていた。
「こんなに場所をとってしまって大丈夫ですか?」
「知るか。かめへんやろ。そんだけ金払っとるんやから」
 どうやらお金でこの場所を取ったらしい。なんとも直哉様らしいと思いながら、周りの人たちに少し申し訳なくなる。しかしもう取ってしまったものだし、ありがたくレジャーシートの上に腰をおろした。
 間もなく花火が上がり始めた。色とりどりの、形も様々な大きな花が夜空に咲いては散っていく。ひゅるる、と音がして、花が咲いてからドン、と音が響く。あんまり綺麗で私は息をのんで、直哉様と繋いでいる手の力を少し強めた。ちらりと直哉様の方を見てみると、暗闇の中花火の光に照らされた直哉様の横顔は、ほとんど今までの無表情と変わらないが今日一番楽しそうに見えた。私の気のせいかもしれないが、そうだといい。
 花火大会が終わって、私達は帰路へ就くことにした。車が用意されている場所までまたしっかり手を繋いで歩く。
「綺麗でしたね」
「せやな」
 当たり障りのない感想しか言えない自分がもどかしい。直哉様の返事が少々素っ気ないのはいつものことなので気にしない。
「直哉様は花火がお好きなのですか?」
「別に」
 これまた素っ気ない返事が返ってきたが、つまり直哉様は自分は興味のない花火大会に私が好きだろうと誘ってくれたのだと再認識して嬉しくなった。
「オマエは?」
「好きです。大きい花火も好きですが、線香花火とかも好きですね」
「なんやあないちっさいんがええんか」
「さっきの花火も勿論素敵でしたよ」
「……線香花火、買って帰るか?」
「いいんですか? よろしければ是非、お願いしたいです」
 禪院家の車に乗り込みながら、今の時間でも花火が売っているところはどこだろうと思案する。コンビニより大型スーパーなどの方が種類があるだろうか。
「スーパーに寄ってみましょうか。まだ開いているところもあるでしょう」
「スーパーなんかコンビニより行かへんな」
「コンビニ行くんですか?!」
「出先ではしゃーなしな」
 そうなんですね、と相槌を打ちながら、書生服でコンビニで会計する直哉様を想像しておかしくなってしまった。勿論そんなことは口が裂けても言えないので笑いはこらえる。
 直哉様が運転手に花火が売っていそうな店に寄るよう伝え、私達は無事線香花火を手に入れ屋敷へ帰った。
「線香花火ってどうしてこんなに切なくなるんでしょうね」
「オマエがやりたい言うたんやろ」
「ふふ。付き合ってくださってありがとうございます」
 私達は禪院家の玄関先にしゃがみこんで線香花火をしていた。ぱちぱち、小さい火花が弾けて落ちるを繰り返す。
「最終列車に走りたくなっちゃいますね」
「は? なんやそれ」
「いえ、なんでもありません。ふふ」
 直哉様は怪訝そうな顔をしながら私に向けた視線を線香花火に戻した。ほんの僅かな光に、直哉様の整った顔が下から照らされる光景は幻想的だった。
「……今日、楽しかったか」
「はい、とっても」
「そんなら良かった」
 最後の火玉がぽつ、と落ちた。
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鎖月
よかったらゆっくりしていってください
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鎖月
コメントお気軽にどうぞ
74:40
鎖月
私花火大会見たことないんですよねー;;
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向き
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直哉と夏祭りに行く話
初公開日: 2021年05月26日
最終更新日: 2021年05月26日
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二次創作、夢小説につきご注意ください。
じゅじゅつかいせん
※本誌キャラ 直哉夢です
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二次創作、夢小説につきご注意ください。呪術回戦、直哉夢
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