もしも梔子スイが女子高生だったら
学級崩壊。
そう呼ぶに相応しい光景でした。
去年、建て替えられたばかりの公立高校の一年五組。
変わりばえない教室の扉を引くと、目の前にスチール製の椅子が無造作に積まれていました。
新品であるはずの備品ですが、よく見ると鈍色の脚は折れ曲がり、焼け爛れたように腐食し、木製の座面は割れ、かろうじて原型はとどめているもののまともに使用できないほど破壊されています。ネジが外れて完全に分解され、椅子タワーを支える一部となっている部品もあります。
身長よりもさらに高く重なった椅子の残骸は、何者かの侵入を阻むように出入口を塞いでいました。
先ほど校長に聞いたところによると、なにやら新学期が始まってからというもの、この学校に勤務する教師が十三人、次々と退職したとのことです。
理由はさまざまでした。
事故、鬱病、行方不明、記憶喪失、薬物中毒、開宗、旅行、研究。
なかには自殺した者もいたとか、いなかったとか。
退職理由から推測しても、個人間の繋がりなどないように思える十三人の教師ですが、しかし、共通点がひとつだけありました。
一年五組の担任、もしくは授業を受け持っていた教師だったこと。
これほどまでに不可解な退職が続く理由を調べて欲しいと懇願され、ことさらにプライドの高い校長の土下座まで拝見させていただいたのなら人の良い私は断れませんから仕方なくこの教室にやって来たというわけです。
今の時代に高校で学級崩壊なんて、とも思いましたが、この椅子タワーを見るに軽く考えすぎていたようです。
やっとの思いで椅子タワーを押して動かし、人が通れるだけの隙間をつくって教室に入れるとぴしゃん、と何かが跳ねました。飛んだ赤黒い液体の粒は靴に染みを作ります。
一歩、一歩と踏み出すたびに脚にまとわりつき、腐卵臭のごとく胃をかき乱す耐え難い匂いが鼻の奥を突き抜けます。
咄嗟にシャツの袖で口と鼻を抑え、落ち着いたところで教室の中を見てみると、それはもう悲惨な状況でした。
昼間なのに薄暗く、窓から差し込むあたたかい陽光だけが室内を浮かびあがらせます。
本来なら煌々と明かりを灯しているはずの蛍光灯は、全て割られて火花が散っていました。
天井には逆さまになった教卓が吊り下がり、大量にある生徒用の机は全ての脚が短く切断されてドミノのように縦に並べられ、半分ほどは重なって倒れたまま放置されています。切られた脚は丸い面を合わせて幾本も立てられています。鋭利に尖った色とりどりのチョークが黒板に突き刺さり、ベランダの面以外三方の壁と窓には真新しい教科書やノートが隙間なく貼り付けられています。きっと、この教室に通う生徒たちが使っていたものなのでしょう。
それは、まるで何かに怯える幼い子供がお気に入りの玩具を寄せ集めて、誰にも教えない自分だけの秘密基地を作り上げたかのようでした。
教卓、机、椅子、チョーク、教科書、ノート。学校という場所にあるべきものはそこにあるはずなのに、何かが足りません。思考を巡らせても、何が足りないのか一向に思い浮かびません。
とりあえず教室内を一周してみようと思い、そして、気がつきました。
教室の後ろに近い窓際。そこにひとりの生徒が座っています。
その生徒ー学校指定のセーラー襟が付いた女子用制服を着ているので彼女と呼ぶのが相応しいでしょうー彼女は、たったひとつだけ綺麗なまま残されている生徒用の机に腰掛けていました。
行儀が悪い子だな、と思いましたがすぐに理解しました。
教室の床一面に塗りたくられた赤黒い液体に触れないようにしているのだと。
机が高いのか背が低いのか、プリーツスカートからすらりと伸びる真っ白な脚は床に着かないままぷらぷら揺らし、彼女は遠くの風景をぼんやり眺めていました。
机や椅子が散乱する教室とは世界を別にするように、彼女だけが窓の外の日常をひとりぼっちで過ごしているかのようです。異常な空間の中にぽつんと浮かぶ、いたって普通の女子高生。それはなににも形容し難い異質な存在でした。
私が教室に入ってきたことに気づいたのでしょう。彼女は外の景色を見つめたまま、優しく、しかしどこか儚げな声で語りました。
「新しい先生ですか?」
「初めまして」
「梔子スイと申します」
「私の悩み、聞いていただけませんか」
「実はいじめられてるみたいなんです」
「クラスのみんなは誰もお喋りしてくれなくて」
「どうしてなのでしょう」
「私の声を聞くための耳が無いのでしょうか」
「見るための眼が無いのでしょうか」
「それとも認識するための脳が無いのでしょうか」
「困っちゃいますよね」
「といっても、ここに転がってるのが"そう"なのですけれど」
彼女はフフフフと楽しそうに笑い、ゆっくり振り向くと、そこには眩ゆい赤が広がっていました。
十字架が刻まれた瞳には、ひとみには私の顔が写ってしまい、大きくなったらゆび先がまっ赤なするどい手につかまれけしきが反たいになってひとみの中にまねかれたときにからだがうかんでくろいなかにはいってぴかぴかをみてたらかぜがふいてふたつにわかれたほそいみちのとおせんぼしてないほうをとおってちいさなかたまりといっしょにながれてふかふかおふとんのおなかのなかはあたたかいおふろできもちがよくなるとねむたくなってまだあかいあ……