「おや」
  ニューディメンションの事務所が入っている階。その片隅に配置されている医務室の前に司が立っていた。右腕を押さえうずくまっているその姿は、遠目から見ても怪我をしているとわかる。近づいてみると、右腕から血が滴っていた。指先まで流れた血は、ポタリと床にシミを作っていた。
「おおかた医務室に行こうと思ったけれど知り合いがいて辞めたのかな?」
 英智は司に話しかける。しかし司は腕を押さえたままで視線さえ向けない。
「無視をされるとさすがの僕も傷つくな。このままだとけが人を放っておく人になってしまうから君を医務室に連れて行かなくてはいけないね」
 医務室の前にいるにもかかわらず入っていないということは、なにか理由があると推測することが妥当だろう。実際英智も声をかける際にそのように言っていた。そこをあえて無視をして話しかけることで、司の気を引こうと試みている。
「少々引っ掛けてしまって」
 試みは無事成功し、司は返事をくれた。指を差された場所はESのどの階にも置いてある掲示板があり、その釘が一本打ってある。その端がうっすら赤く染まり、怪我の気配を漂わせている。
「あそこの掲示板は僕も危ないと思っていたよ。ただまさかここまでのことになるとは思わなかったな」
 腕の傷跡は、縫わなければいけないほど深くはない。たださらに刃物で綺麗に切ったわけではないから傷口がぐちゃぐちゃしている。後々傷跡は残るかもしれない。
「病院を紹介してあげよう。ここの医務室は最低限の治療しかできないわけだし、朱桜家の人間であれば歓迎するよ」
「お断りします」
「おや、どうしてだい? そのままだと傷跡が残ってしまうだろうし、あそこの病院は形成技術も優れているから傷も綺麗に治ると思うよ」
「天祥院が実権を握っている病院に行くのは世間体が悪いので」
 司は傷の少し上を押さえながら会話を続ける。なにも手当てをされていない傷はとうとうと血を流し続けている。足元の円がじわじわと浸食しだす。
「そういえば朱桜も病院経営に乗り出したという噂を聞いたね。あれ以降なにも音沙汰がないからどうしたのかと心配していたのだけれど」
 あくまで知らないという体で英智は話を切り出す。半年ほど前、夢ノ咲の地に古くからゆかりのある家が集まり会食が開かれた。様々な話が入り混じるなか、ついに朱桜家も病院経営に乗り出したらしいという話を小耳に挟んだ。そうかついにこの膠着状態が改善されるのか、と英智は思った。
 英智自身が体調を崩しやすく病院のお世話になることが多かったため、病院については長らく天祥院家が実権を握っていた。停滞した状況は一刻も早く打ち壊すべきだ。期待に胸を膨らませ、英智は続報を待ちわびていた。しかし待てど暮らせど新たな情報は流れてこない。朱桜家が新事業に失敗したことは明らかだった。
「そこまで知っているのなら察せるでしょう? それともあなたは私が思っているより頭が回らないのでしょうか」
「少なくとも、経営を回せるくらいには」
 たった一言で、天祥院が朱桜よりも格上であることを仄かした。朱桜家が誇っているものは、夢ノ咲の地とともにある歴史だ。経営の手腕については天祥院家と比べものにならない。成金と呼ばれる姫宮家にも劣ってしまうだろう。
「べつに僕も君と争いたいわけではないからね。少し待っていてくれるかな」
 すっかり険悪な雰囲気となった場を仕切り直すように、手を一つ叩き英智は言う。再度司へと視線を向け、移動する意思がないことを確かめる。そうして医務室へと向かい、扉を開く。中には誰もいない。学院時代も保健室には人がいなかった。このゲームには医療従事者が常駐していないらしい。少々杜撰ではないだろうか。他人などいない方が都合がいいのかもしれない。
 備え付けられている蛇口をひねり、水を出す。白いハンカチを濡らし、水が滴らない程度に絞る。消毒薬でも準備しようかと思ったが、傷口は消毒せず洗うのみの方が治りが早いということを聞いたことがある。今回がそれに倣ってみることにした。ついでに目に入った包帯を手に取り、司の元へと戻る。
 ハンカチで傷口を押さえると、触れた場所からじんわりと赤が広がる。面を返し、指先から順に傷口までをたどっていく。純潔なまでに白いハンカチは、赤と黒が混じり合い歪な模様を映していた。
「誰かを介して返さないようにね。また君とお話しがしたいから、これは口実だよ」
  傷口を綺麗に拭いたあと、司に包帯が巻かれていく。ずいぶんと手慣れているようだ。シワひとつなく巻かれていき、端がテープで留められる。
「うん。我ながら綺麗に巻けたと思うよ。」
  英智は司の腕に巻かれた包帯を満足げに見つめる。
「月永くんと会うまでに外れるといいね」
「半袖を着なければばれないと思いますが」
「でも君、彼の前で服を脱ぐだろう?]
  司は目を見開いた。動揺が手にとるようにわかる。なぜこの男が知っているのだ。
「気付いていないとでも思ったのかい? それならばもう少し自重した振る舞いをすることだね」
「……他の方には、」
「大丈夫言わないよ」
  几帳面に巻かれた包帯に継ぎ目に沿って、英智は指を滑らせる。その真ん中あたり、ちょうど傷口がある部分をぐっと押し込む。つい数分前に布で覆われただけの傷はズキズキと痛みだし、司は顔をしかめた。
「痛みに歪む顔は、感じているときの顔と似ていると思わないかい?」
  英智は覗き込むように司と視線を合わせる。微笑みを浮かべてはいるが、好奇心ゆえと言うのが適しているような笑みだ。
「いつか僕にも見せてほしいな」
  司は英智の腕をとり、払い落とす。そのまま一歩後ろへ踏み出し、英智と距離をとった。
「これは洗って返しますね。可能な限り直接返したいのですが、いかんせん仕事が立て込んでいることをご了承ください」
 そう言って、司は曲がり角へと姿を消した。廊下の一角で、薄ら笑いを浮かべた男が一人、取り残された。
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リアルタイムワンライ 英司を布教する
企画
初公開日: 2021年05月23日
最終更新日: 2021年05月23日
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企画 開催終了
5/23(日)21:00-22:00 お題「流血」
上記は企画の推奨参加時間です。
企画そのものは当日中であればお好きな時間に開始できます。
5/23 0:00-23:59のうち、お好きなタイミングで参加してください。
制限時間の60分が終わると加筆できなくなります。
(23:00以降に企画を開始した場合、開始した時間から60分間は執筆できます)
テーマの「流血」について、程度や理由等は問いませんが必要に応じて年齢制限・注意書きを忘れずお願いいたします。

開催期間

2021年05月23日 00:00 ~ 2021年05月24日 00:00

制限時間

1時間
お題「流血」
ジャンル「あんさんぶるスターズ」
カプ「英司」