【3】
歯磨きもし、あとは寝るだけとなった。いつもならそろそろ寝ようと考える頃合いだが、いまいち踏み切れない。何もしないまま眠るのはもったいない。でも何かしたいことがあるわけでもない。
いつもなら天から恵みのごとく霊感が降ってくるが、今日に限って女神様は月永のことを無視しているようだ。手持ち無沙汰にスマホを開く。
玄関からチャイムの音が響いた。こんな時間に誰だろうか。尋ねてくる人に心当たりはない。手元のスマホを確認してみるが、月永の家に来るといった類のメッセージはなかった。
「はーい」
インターホンから声をかけると、画面には見慣れた朱色が映っていた。
「スオー?」
名前を呼ぶと、画面越しに頷かれる。表情を確認したいが、俯いているため分からない。
なぜ月永の家に来たのかは知らないが、同じユニットメンバーが尋ねてきたのに突き返すほど冷たい人間ではない。
急ぎ気味で玄関の鍵を開けると、画面で見た通りの朱桜が立っていた。外は雨が降っていたらしく、頭から水が滴り落ちている。
「おまえ傘は?」
一刻も早く家に入れた方がいいのだろうが、口をついて出たのは気遣いも何もない言葉だった。
「本を」
「え?」
「本を入れるのを、手伝ってもらってもいいですか?」
これ、と指を差された方を見ると、段ボール箱が置かれていた。
「本を読もうと思ったのです」
まだ続きがあるんじゃないかとも思ったが、それっきり、朱桜は何も言わず黙り込んでしまう。このままだと拉致があかないので、月永は段ボールを部屋に運び込むことにした。
「おっも!? おまえこれどうやって持ってきたの!?」
一人では持ち上げられそうにもない。三毛縞などと比べれば非力ではあるが、一般男性のくくりで見た時にはそれなりの力があると自負している。それにも関わらず、箱は持ち上がる気配がない。
朱桜といえば、ただボーッと月永を見つめているだけである。理由に心あたりがないわけではないが、こうも反応が鈍いと心配になってくる。
「うーん……、とりあえずさ、これ一人じゃ持てそうにないから手伝ってくれない?」
「さっきそう言ったではありませんか」
初めてまともな返答が返ってきた。よかった、意識はちゃんとあるようだ。
月永は胸を撫で下ろした。
「つっかれた〜」
あれから段ボール箱を運び入れたのだが、予想していた通りの重労働だった。こうなると、朱桜が月永の家まで運んだ手段が気になる。エレベーターがあるとはいえ、あの重さのものを持って15階まで上がるのは至難の技だろう。
「それで、あれは何なの」
段ボール箱を指差す。本とは言っていたが、それにしても量が多すぎる。月永の家に運んできた理由も分からない。
「レオさんと読もうかと思って」
「おれと?」
そう聞くとコクリと頷かれる。
「おまえ、おれと過ごすつもりなの?」
「はい、いけませんか?」
「そういうわけではないけど……」
「ならいいでしょう?」
その言葉を最後に我がもの顔で部屋に入っていく。背中に背負っていたリュックを下ろし、中からパジャマを取り出した。
「では、時間も遅いので。今日はもう眠らせていただきます」
そうして客用の寝具が用意してある部屋を開けた。前にKnightsでお泊まり会をしたこともあるし、その辺りの準備には迷いがない。
腑に落ちない部分もあるが、肝心の朱桜が眠ってしまった。今から起こすのも気が引けるし、実際もう遅い時間だ。
いろいろと起こりすぎて疲労が溜まったのだろう。さっきまで訪れる気配のなかった眠気が月永を襲った。
どうせ明日も家にいるのだ、その時に聞けばいい。そう考え、月永も寝室へと向かった。
【2】
規則正しい物音で目が覚めた。耳をすますと、台所の方から聞こえてくる。
台所を覗くと、料理をしている朱桜がいた。声もかけずに眺める。
今は卵焼きを作っているようだ。隣にはサラダが盛り付けられた器があることから、朝食を作っているらしい。
「おはようございます。もう少しで出来上がりますので、顔を洗ってきてくださいまし」
料理の手は止めないまま話しかけられる。そう言われてしまったからには、月永に選択権はない。洗面所へ向かうことにした。
「いただきます」
目の前にはトーストとジャム、スクランブルエッグにサラダが並んでいる。
「あれ? 卵焼きは?」
さっき見た時には卵焼きを作っていると思ったのだが、その姿がどこにも見当たらない。
「レオさんは卵焼きの方がよかったですか?」
「いや、卵焼きだと思ってたから‥…」
「なるほど、では明日は卵焼きを作りますね」
お互いの認識はずれているが、訂正するほどのものではないためそのまま食べ進める。
朱桜の料理は前には食べたことがあるが、やはり美味しい。瀬名の料理のように凝ったものは出てこないが、その分慣れ親しんだ味、という感じだ。
先に食べ終わっている朱桜は、月永が食べている様子を眺めている。職業柄人前で食べる機会は多かったため、食事の作法に不安はないが、それでもずっと見られていると恥ずかしい。
「何?」
空気感に耐えきれず聞くと、