仕事と堅苦しいメンター会議が終わった後の一杯は最高に美味しい。珍しくルーキー二人がいないリビングで適当につけたテレビをぼうっと眺めていると、自室でネットショッピングを楽しんでいたディノが姿を現した。後で閲覧履歴と注文履歴を確認しておくか。アルコールに浮かされた思考で頭の中にメモをしながら、広いソファで寛いでいたのを端の方へと少し体を動かす。たった二人しかいない空間でも当たり前のように隣に座ろうとするのを何度も指摘しても改めようとしない。「ありがと」とディノは言うとぴったりとくっついて座って肴にしていたチーズに手を伸ばす。
「何見てるんだ?」
「よく分かんね」
「えー、キースが見てたんだろ?」
「そう興味ねぇからなぁ」
テレビの内容なんて右から左へと通り抜けていくし視覚から取り入れても記憶に残らない。それでもつけてしまうのは静かな空間というものが落ち着かないからなのかもしれない。普段から騒がしい人間が居たらしょうがねぇよなぁ、と一人納得しては冷えた缶ビールを少しずつ飲む。量を減らしているとはいえ気を抜くと一気に飲んでしまいそうだ。
「なぁキース、ちょっと俺の方に背中向けてくれないか?」
「なんでだよ」
「いいからいいから。ほら、はやく!」
テレビを見ていたと思っていたディノが唐突に言う。脈絡のない言葉にクエスチョンマークを浮かべてみるものの、拒む理由なんて無いから良いのだけど。従うように九十度体の向きを変える。背後で満足そうに笑っているのが気配だけでも分かった。座ってる体勢なら酒を飲むのに不便は無いから手に持った缶を再び口につけると、背中を指が滑っていく。なんだか変な感じもするが拒む理由もないからディノの好きにさせていると、それは背筋を辿るようなものでもなく、短い線を幾つも繋げていると気が付いた。
「……ピザ?」
「正解! 流石キース! それじゃあこれは?」
いつの間にか始まった遊びらしい。暇なのか。暇なんだろうな。空いた時間をひたすら買い物に使われるよりもマシだと、ディノに背中を貸したままにする。
「野球」
「正解!」
「寿司」
「正解!」
「音楽」
「正解!」
「煙草」
「正解。全部当てるなんてすごいなキース」
「別にすごくねぇだろ」
酒を飲みながら背中に意識を向けては書かれた単語を口にする。アルコールでぼんやりとしてきた思考でも単純で、誰かしらを考えて書いたのだろうということが分かる。淡々とした言葉のやり取りの後にディノは感嘆の言葉と共に息を吐き出してようやく指をオレの背中から離した。背後で伸びをしている気配に足の向きを元の位置へと戻して背もたれに体を預けた。
「なぁキース。今度は俺にやってみてよ」
「オレが書くのか?」
「大丈夫、絶対に全問正解してやるから!」
「そういうことじゃねぇよ」
キラキラと期待に満ちた視線を向けてきたと思えば、返事を待たずに背中を向けてくる。面倒くさいという言葉が頭を過るがそれは喉を通って声にはならない。代わりに息を吐き出してビールを少し飲む。まだかと待っている後姿にもう断る言葉なんて見つからないものだ。缶を持っている反対の手を上げると指先をディノの背中へとつける。ピクリと小さく跳ねた体には気づかない振りをして単語を書いていく。
「ピザ!」
「せーかい」
「通販?」
「せーかい。してねぇだろうな?」
「……してない」
やっぱり後でチェックしよう。
「ボール」
「せーかい」
「水槽?」
「せーかい。次で最後な」
人の背中に言葉を書くというのは案外難しいのかもしれない。それでも宣言通り正解を口にしていくのだから流石とも言える。最後は何を書こうかと考えて指を止める。考えていたものはあったが今、ふと思い浮かんだ言葉でも良いかもしれない。アルコールに浮かされた頭は恥ずかしいことばかり考えるよな、と缶に残っていたビールを一気に飲むと指を動かした。
「……、」
文字を書き終えたころ、再びディノの体は小さく跳ねる。後ろからだとどんな顔をしているのか、何を考えているのかなんて全く分からない。それでもじわじわと端から赤くなっていく耳を目にしてしまうと想像だけはできてしまう。静かな空間という状況にも後押しされるようにオレの顔も熱くなっていく。
「分かんねぇのか? それじゃあオレの勝ちってことで」
「ちょ、ま、まってキース!」
酔っ払いというのは本当に恥ずかしい生き物だと自嘲するように、羞恥に染まった空気から逃げるように立ち上がる。それを慌てたようにディノが振り返っては手首を掴んだ。
「……そういうのは、口に出して言ってくれないとダメだよ」
恥ずかしそうに泳がせていた視線もオレをまっすぐ貫く。想像以上に顔を赤くしているディノの瞳に映っているオレも指摘できない程に赤色に染めていることが分かった。ディノの言う事は最もだ。それでも声にして言えないのはそういうキャラじゃないとも知っている。それでもディノの空色の瞳は、ちゃんと言葉にしてくれないと手を離さないと、絶対に逃がさないという意志があるのも分かってしまう。今ならアルコールのせいにしてしまえると、うるさく鳴り響いている心臓を落ち着かせるように息を呑む。そして冷静な思考の中、小さく呟いた五文字の言葉はオレには届かなかった。
「俺もだよ」
それでもディノの耳にはちゃんと届いたらしい。温かい太陽のようにぱっと微笑むと、掴まれた手首を引かれて体が倒れこんでいくのをぎゅっと強い力で抱きしめられた。