オンボロ寮に第二第三金曜日の早朝にその人はやって来る。寝ぼけた頭にハキハキとよく通る、そして普段……ごく普通の時間帯といえばいいのか、まぁともかく心地よい声質であるのに、その時ばかりは毎度毎度イライラとさせられていた。朝の6時半。早すぎやしませんか? そう抗議もとい金輪際やめてくれと言う最上級の拒絶をしたのだが、どうやら耳はよろしくないのか「いい朝ですね……早起きはいいものです」なんてズカズカと寮内に上がり込み、カーテンを全開にした。くそ、焼かれちまえばいいのになんてひどいことを思うほどに、その朝の訪問には困らされていた。
 その訪問者というのはオクタヴィネル寮寮長アズール・アーシェングロット。訪問理由は第二第三金曜日は一時限目の合同授業でペアになっているのだ。とはいえ授業開始時刻は9時。どう考えても早すぎるのだ。それを言ったが「遅刻をされたら僕の内申に響くでしょう」と論破……いや有無を言わせなかった。論点違うじゃん。と言い出せず、今日まで来てしまったのだから。
「んで、オレに頼ったってことぉ?」
 話を聞いてもらうために疲れた時に食べようと思っていたペロペロキャンデーを大家に差し出して「どうか早朝訪問をやめさせる。もしくはもう少し遅めてください」と慈悲の心に縋りついた。
「ん〜、でもぉ……あ〜…………あは」
 フロイド先輩は何かを言いかけてやめると、いいこと思いついたというようにヘテロクロミアを細め、ニヤリと口角を上げた。嫌な予感しかしないけれど、背に腹は変えられない。安眠くらいさせてほしいだけなのに、もう! ともやもやしつつも「なんですか?」と続きを催促した。
「意外と軽装ですね」
「なんですか? 一晩だけなのに、僕がキャリーバックを引っ張ってくるとでも思っていたのですか? あなたの寮にもアメニティーくらいあるでしょう。一々用意して持参するなんて効率も悪いですしね」
「こだわりとかあるかなぁとか、枕が変わると眠れないとか」
「僕をいくつだと思っているんだ」
「す、すみません……なんか、繊細そうだなって」
「フン、まぁいいです。あなたコテとかヘアアイロン持ってますか?」
「いえ、予算の都合上」
「ああ……なんだかすみませんね」
 男子高校生にコテとかヘアアイロン所持の有無を聞かれ、しかも憐れまれるという微妙な空気に耐えられず、咳払いをしてから寮内の設備を説明し、VDCの時にみんなが使っていた空き部屋へと案内した。
 どうしてこうなったんだろう。という疑問はずっとあったが、今よく考え直してみることにする。フロイド先輩の提案というのが「起こされんのやなら。いっそのこと泊めちゃえばいいんだよ〜そうすれば早起きの必要なくね?」というものだった。問題大ありなんですけど。
 とは言えませんでした。そもそも早朝訪問が嫌な理由は寝起きの顔とか見られたくないというのもあるのに、これじゃあ本末転倒どころではない。これまでは辛うじて顔を洗ってから呼び鈴に目を擦りながら「今開けますよ」ができていたのに、枕元まで来られて起こされるという可能性まで出てきてるじゃないか! 明日は早起きしなくちゃ……って結局早く起きなきゃいけないじゃないか。なんて思っていた私に、いつから聞いていていつからいたのか、ジェイド先輩が「心配には及びませんよ」とぼこぼこになっている目覚まし時計を手渡してきた。「これをアズールに」と楽しそうに鋸歯をチラリと見せて。
「これジェイド先輩がアズール先輩にって」
「っ!! ああ、これは、フフ、全くあいつには困ったものですよ。……本当に」
 目覚まし時計を受け取ったアズール先輩と、それから少しお話して、課題でわからないところがあると言ったら「泊めていただくので教えて差し上げます」と面倒を見てもらい、ついでにグリムの方の課題も見てくれた。優しいところもあるんだなぁなんて、いやいや油断してはいけない、彼はオクタヴィネル寮寮長。もしかしたらこのお泊まりは視察かもしれないのだから……とはいえ、お風呂に入ったあとのアズール先輩はちょっと柔らかい雰囲気に見えて……
「可愛い」
「は?」
「あ、い、いえ! 変な意味はなくて、その、髪とかセットしてないと幼く見えるなぁ……というか同年代なんだなって」
「変なことを仰りますね。あなたと僕は一つしか違わないんですよ……まあ、そう思っていただけて嬉しいですけど」
「え?」
「なんでもありません。さ、もう寝ましょう」
 聞こえていないふりをしてしまった。教材を片付けて談話室から出ていく背中に「おやすみなさい」を呟けば、彼はすっと首だけ後ろに向けて「おやすみなさい」と柔らかく微笑んだ。
 柔らかな朝日がカーテンの隙間から差して、眩しさに目を開けて体を起こす。同じベッドで寝ていたグリムを揺り起こしながら時計を見ると7時58分で、セットしていた時間より早く起きてしまったなとちょっぴり斬えんな気持ちでベッドから出て「あれ?」と腰に手を当て、何か忘れているような……と身支度を整えてようやく「アズール先輩!!」とこの寮にいるはずの存在を思い出しそしてどこに行ったんだろう。何かトラブルでもあって自領に帰ったのだろうか。いやそれなら何か一言メモなりメッセージなり残すはず。と彼に用意した部屋を開けると、室内は真っ暗で開け放った扉の光で、ちょうどベッドの山が視認できた。
「……え?」
 もしかして、いや、だって朝あんなにハキハキしていた人が、そんな……
 こんな時意味深なフロイド先輩の笑みや、ジェイド先輩がもたせたぼこぼこの目覚まし時計。なおその時計は今私の足元に転がっていて、また一つ傷が増えていた。ということをまるで名探偵になってかのように推理してしまった。
「先輩?」
「…………んぅ、あと一時間……」
「いやそれは欲張りすぎでは?」
「ん〜……じゃぁ、あと十分……」
「もしかして、早くきてたのって……」
 ゴクリと唾を飲み込み、しょもしょもと目を硬く閉じながら駄々をこね続けているあどけない男の子の顔をじっと見つめ、早鐘を打つ心臓を押さえながら「わざわざ早起きして、会いにきてくれてたんですか?」
「…………っ!? か、監、っ、?!」
 ばちっと目を開けたアズール先輩は寝癖のついた髪や寝跡のついた顔を見られたくないというようにシーツを被り「見ないでください!!」と散々人の寝起きは
見たくせになにを言っているんだか、というような行動をとった後。「そうですよ! 少しでも長くあなたといたかったんだよ!」と真っ赤な顔で叫んでいた。
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だって口実ですから
初公開日: 2021年04月24日
最終更新日: 2021年04月24日
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コメント
ワンライ寝起きアズ監です