ロキの安眠を邪魔したのは、どたばたと騒々しい音であった。
呻き声と共に身じろげば、腰の鈍い痛みと、全身の甘い倦怠感に、ロキは知らず小さく笑みを浮かべる。昨夜のソーは、それはそれは情熱的にロキを求めてきたのだ。始まりもその手と口で、ロキが泣いて求めるまで焦らして、最中はロキを半分に折りたたむように抱えては、力強くロキのナカを突き進め、終わった後も全身を優しく撫でさすり、ロキが眠りに落ちるまで顔中にキスを落としていた。久しぶりとは言わないが、なかなか充実した"夜"であった。
そんなソーは、寝起きのロキにおはようの一言を言うでもなく、何やらリビングかどこかで慌ただしく動いているよう。ロキが腕を伸ばした先のベッドも冷たく、ロキが目覚めるよりもかなり早くソーは起きていたようだ。
その伸ばした手のまま、億劫そうにサイドテーブルにまで伸ばせばごつりと時計に当たるので、その時計をむんずと掴みベッドの中まで引き込む、午前11時、が今終わるところだ。ちらりとシーツの外を覗けば、カーテンが引かれた部屋だけれど、かなり明るい。そりゃあ正午ともなれば明るい。
午前中いっぱいを寝て過ごしたロキは、思い切り伸びをしながらシーツを蹴り飛ばしてそのキスマークだらけの裸体を晒す。ふああと大きな欠伸をひとつ、そしてぐしぐしと寝癖の酷い髪を手ぐしで抑えれば、ベッド脇に置かれていたシャツだけを羽織って、バタバタとうるさいリビングまで足を運んだ。
リビングでは、ソーが珍しい格好をしながら、右に左に、何かを探し回っていた。そんなソーの側までてこてこと歩いていったロキは、ソーの姿を上から下までまじまじと見ると、欠伸をひとつと挨拶もひとつ。
「ふああ、おはよ、あにうえ……」
「ああ、ロキ、まだ寝ていても良かったのに」
そう言いながら寝起きのロキの頬に軽くキスを落としたソーに、ロキも片眉を上げて壁の時計を見やる。短針は12時を指している。
「嘘だろ?もう昼過ぎじゃないか」
「えっ?うわっ、もうそんな時間なのか!?」
慌てたようにバサバサとあちこちをひっくり返すソー、リビングはもうしっちゃかめっちゃかである。
「おいソー、後で片付けろよ」
「ああ、帰ったら片付ける!」
「……どこかに行くのか?」
怪訝そうな顔をしたロキは、改めてソーの姿をじっくり眺める。ソーが纏うのはダークブルーのスリーピースのスーツに、質の良さそうな白いシャツ、どちらもこの家で見かけたことなどないものだ。
「こんな見たことも無いスーツなんて着て、パーティーにでも行くのか?」
「あー、まあ、そうだな、トニーのパーティーに呼ばれてて、この服を着てこいと渡されてな……」
"トニーのパーティー"
その単語にロキの眉根が寄る。
「どうして断らなかったんだ」
「どうしてって、せっかく服まで用意してもらったのに、断る理由なんか無いだろ?」
「私が居るのに?」
「いや、まあ、でも酒と料理を食べるだけだぞ?」
「私が居るのに」
「ロキ……」
不貞腐れたようにそっぽを向いたロキは、不機嫌そうにソファに飛び乗り、じろりとソーを見上げる。
大金持ちでプレイボーイだったトニースタークが催すパーティーは、毎回美味しい酒と料理と、モデルやセレブや、各界の有名人に著名人に美男美女を揃えた、それはそれは華やかなものである。そんなところに昨晩激しく愛し合った兄が行くなんて、ロキも不機嫌にもなる。
そりゃあ、ロキだってソーの愛を疑ってはいないが、こんなにハンサムで、その上スーツもキマっているようなソーを、パーティーに呼ばれた美男美女達も放ってはおかないだろう。パーティーにソーが行けば引く手あまたで、皆がこぞって関わろうと躍起になるのは目に見えているし、ソーの制止を振り切ってベタベタする奴だって現れるだろう。
そんな思いのロキを後目に、ソーはまだ何かを探している。
「ロキ、あれどこにあるか知らないか」
「知らない」
「なんと言ったか……布で長くて首に巻く……」
「……ネクタイ?」
「それだ!」
ロキの言葉で振り向く笑顔のソーに、ロキは大きくため息をつく。
「ネクタイはリビングになんて置かないよ、寝室のクローゼットの中だ」
「おお、そうだったか、ありがとうロキ……」
「私が取りに行く、リビングだけじゃなくて寝室までひっくり返されたくないし」
「そうか……」
どこかしょんぼりとしたソーに、ロキは部屋を片付けろと厳しく言いながら、寝室のクローゼットまで歩く。クローゼットの中には、ロキのスーツとネクタイが何本もあり、ロキはネクタイを何本か手に取り、どれがソーに似合うのか考える。
「って、何真剣に考えてるんだ私は……」
ネクタイを真剣に吟味していたロキは急に我に返ると、いちばんシンプルな黒いネクタイだけを持って、ソーの待つリビングへと向かう。
リビングはまあまあ荒れてはいたが、ソーが頑張って現状復帰させようとした努力が見える。
「ほら、ネクタイだ」
「ありがとうロキ!」
ロキの投げるネクタイを笑顔で受け取ったソーは、そのネクタイを両手で持ち、くるりと己の首に巻き付けると、数秒停止し。
「ロキィ、どうやってつければいいんだ……」
「……まったく」
ロキに助けを求め出す。
呆れたようなため息をついたロキは、ソーの持つネクタイをぶんどって、くるりくるりとソーの首にネクタイをかける。手際よく手馴れたように、くるくるとネクタイを結ぶロキに、ソーはふぅむと感心するように息をついた。
「お前、やっぱり器用だよな」
「そうだね、誰かさんよりかはよっぽどね」
「不器用で悪かったな」
「別に、ソーのことを言ったんじゃないよ?」
きゅっとネクタイを結んだロキは、ソーを上目遣いで見やると、にいっとその口に笑みを浮かべ、グイッとネクタイを引っ張る。軽く背伸びをしたロキは、ソーの顔に己の顔を近づけて、ソーの口も、頬も通り越し。
「痛っ!!」
ソーの首に力いっぱい噛み付いた。
ぐぎぎと力を込めて噛みつき、血が滲むんじゃないかと思うほど歯を沈みこませたロキは、思う存分噛み付いたあとにパッとソーを解放する。ソーは思わず噛み付かれた首筋に手をやる、幸い血は出ていないが、くっきりとロキの歯型が残ってしまっているだろう。
いきなりの無体に、ソーはロキを睨みつけるが、そんなソーを気にすることなく、ロキは少し曲がったネクタイを直しながら言う。
「よそ見をしないで、ちゃんと真っ直ぐ帰ってきてね」
「……お前な」
にっこりと笑いながら言われたソーは、がっくりと肩の力を抜いて、疲れたようにため息をついた。そんなソーに、ロキの笑顔はますます深まり、人差し指でロキが付けた歯型をひとなでし、ちゅっとソーの頬に可愛いキスを送る。
「私はいい子で待ってるんだから、ちゃんと私のところに帰ってきてよね」
トニースターク主催の盛大なパーティー、各界の有名人に美男美女が集まる華やかな場所で、ソーは色んな人から声をかけられ、そして色んな人に言われるのだ。
「その首のは……」
どこか困ったように笑うソーの首筋には、くっきりと赤く、綺麗な歯並びの歯型が残っている。そのことを指摘される度、ソーはこう答えるのだ。
「家の猫が噛み付いてな」
あからさまに猫の歯型ではないのだが、ソーがそう言うのなら、他の誰も何も言えないだろう。
そうして話しかけてくる人間を流していたソーに、ある男が笑いながら声をかけた。
「やあサーファー君!パーティーは楽しんでいるか?」
「ああ、おかげさまでな」
パーティーの主催者たるトニースタークは、わざとらしく驚いたようにソーの首を指さした。
「ところでその首の歯型はどうしたんだい?」
「あー、家の猫が……」
ソーの言葉に片眉を上げたトニー、そしてにやりと笑って言った。
「その猫ってのは黒くて緑の目をしていて、嫉妬深くて跪けなんて言う猫かな?」
「トニー……」
「まあなんでもいいけど、ちゃんとその猫を躾てくれるならね」
その頃ロキは、くしゅんとくしゃみをひとつしていた。
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キュッとしてチュッ
初公開日: 2021年04月18日
最終更新日: 2021年04月18日
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ネクタイをキュッとしてチュッするご兄弟