乾いた空気の平原を、三台の馬車が一列になって進んでいた。大型の馬車を牽引するのは前脚が四本ある巨躯の馬だった。膂力、体力、速力において通常の馬を凌駕する、家畜化したモンスターである六足馬だ。
その有り余る体力を活かし、六足馬は駆け足で大量の荷物を積んだ馬車をひいている。町を出発してからずっと走りっぱなしだったが、彼らはそれほど汗もかいていない。むしろ、生き生きとした目で喜んでいるようにも見えた。
一方、御者は少し険しい顔で辺りの様子をうかがっていた。
通常の馬では考えられないような速度で馬車が進むのは、そこが安全な場所ではなかったからだ。
町の城壁を抜けた先は外地――人間を好んで襲うモンスターが闊歩する世界だ。商いで何度も往復している身とはいえ、いつ化け物の餌にされてもおかしくはなかった。特に、先頭の馬車はモンスターに遭遇すると高確率で全滅するため御者は気が気でなかった。
「そう緊張されなくても大丈夫ですよ。まだこの辺りにはモンスターはいません」
落ち着きなく周囲を見回していた御者に向かって、隣で座っていた護衛役の傭兵が静かに言った。
護衛は暗褐色の外套に身を包んだ、痩躯の剣士だった。武器は傭兵にしては珍しく軽い片手剣が一本のみ。大仰な魔剣や銃器を帯びている様子はない。
「現れたら私が合図しますので、それまで馬の方に集中していてください」
「は、はあ……」
自分よりも年若く見える護衛の言葉に、御者は生返事した。本来ならそんな戯れ言は一蹴してしまうところだが、やけに凄みのある翡翠色の目で見られると言い返す気が起きなかった。
「リーフ、そっちはどーう?」
後ろの馬車から少女の声が届いた。護衛の剣士は身を捩って後ろを向いた。
「特に問題はない。が、君は君で周囲を警戒していてくれ」
「それ二度手間じゃなーい? ま、いいけど」
剣士――リーフの言葉に、少女の声が返した。
そのやり取りの間にも、馬車はどんどん先に進んでいた。
街道沿いに生えた草の丈は高くなっていき、腰の高さほどあるところもある。小型モンスター、或いは身を潜めた中型モンスターがいたとしても気づけないかもしれない。
自然と御者の視線は左右の茂みに向けられていた。
だが、リーフは御者台の背中にもたれかかり、周囲をぼうっと眺めているだけで警戒する様子はない。その様子を横目で確認し、御者は軽く息を吐いた。
そのまま何も起こらず、予定の半分を過ぎた頃――突然動いた。
「敵襲!」
リーフが剣を取って御者台の上に立ち上がった。御者はぎょっとして身を仰け反らせた。
「五時から六、かなり速い……上からか? 鳥だ、撃ち落とせ!」
大声で指示を出したが早いか、リーフは馬車の側面に足を掛けて屋根に上った。
翻る外套の裾を御者は呆然として見送った。
「合点!」
少女の鋭い声から一拍置いて、銃声が轟いた。遥か後方から、壊れた笛のような甲高い断末魔が空気を引き裂いた。その音で、御者はようやくリーフの言葉が真実だと理解できた。
「馬車の速度は上げないでください、どうせ追いつかれる!」
馬車の屋根の上に立つリーフの目には、既に逃れきれない距離にいる敵が映っていた。
空から飛来するのは五羽の――先程まで六羽だった――怪鳥の群れだった。人を掴んで引き摺れるのではないかと思えるほどの大きさで、首から先は禿げあがっている。馬車の上空を大きく旋回する背中は鮮血のような赤、尾羽にかけて徐々に色が暗くなり先端は乾いた錆色。
人の臓物と血を好む鳥型モンスター、チイロコンドルだった。
馬車にとりつこうとした一羽が撃ち抜かれて地に墜ちる。その反対側から別の一羽がリーフめがけてとびかかった。
抜剣と同時に鮮血が飛ぶ。チイロコンドルのかぎ爪が片方切り飛ばされた。しかし、その程度で引き下がるわけでもなく、リーフの瞳を抉ろうと嘴が鋭く突き込まれる。
硬質な音をたてて嘴が弾き返された。眉間に当たった嘴は鱗状の結晶に阻まれ、皮一枚傷つけられていない。
その事実に鳥が驚く前に剣が長い首を断ち切った。落ちた死骸を足で蹴り、馬車の下へと落とした。
リーフが一羽を相手にしている間に、リンはもう一羽を撃ち落としていた。不用意に近付くと危ないと認識したのか、チイロコンドルたちは高度を上げた。だが、馬車から離れようとはしない。
「うわあっ!」
それまで静かだった最後尾の馬車から悲鳴が発せられた。
上空に二人が気を取られている間に、こっそりと最後尾の馬車に近付いた個体がいたのだ。
馬車の側面にとりつき嘴を鳴らすチイロコンドルに、御者は慄いて手綱を投げ出した。逃げ場のない御者台の上で縮こまる御者にチイロコンドルは迫った。リンの援護も間に合わない。
そのまま御者の脳天を叩き割ろうと、長い首を瞬間的に引っ込める。引っ込めたままの首が真横から刃物で貫かれた。
馬車の壁を突き破って伸びた刃が、モンスターの首を貫いていた。刃が馬車の中へと引っ込むと、残されたモンスターは力なく落ちた。
「おーい、生きてるかぁー」
馬車に開いた穴から、高めの男の声が聞こえた。そこで、三番目の馬車の御者は、中で護衛の人員が待機していたことを思い出した。遮光眼鏡を掛けた軽薄な雰囲気の男で、他の二人から不用意に外に出るなと厳命されていた。
なんでも、彼が顔を出すと六足馬が怯えるからだとか。実際、出立までの間、六足馬たちに落ち着きがなかった。
「あ、ああ」
「どーしよーもなくなったら俺が出るからな。死にそうになったら言えよ」
「……分かった!」
高慢な調子の声だったが、御者は迷わず首を縦に振った。最早この場の生死を護衛たちに委ねるより他にはなく、そして乗り越えるための力を十分持っていることも明白だった。
残るチイロコンドルは一羽。他のものよりも二回りほど大きいそいつは、一番守りが手薄そうなリンに狙いを定めた。
銃声と共に右の翼に風穴が空く。しかし、突撃の進路は変わらない。
「リン!」
リーフが馬車の屋根を蹴って跳躍した。臆することなく走る馬車の上から身を投げ出し、モンスターと正面から激突した。鈍い音を立てて一人と一羽が地面に転がった。
「リーフ!」
少女の叫びを置いて馬車は落下地点から離れていく。
少女――リンはぐっと唇を噛み締め、背負っていたケースから大型の狙撃銃を取り出した。
照準を巨鳥へと向け、リーフが距離を置いた瞬間に引き金を引いた。消音機構も何もつけないままの銃声は先程までの比ではなく、流石の六足馬も足を乱した。
馬を落ち着かせるために御者たちは一斉に手綱を引き、馬車を一旦止めた。
止まった馬車の上からリンは飛び降り、狙撃銃を置いてリーフの元へと走り寄った。
「リーフ、大丈夫!?」
胴の一部を吹き飛ばされた鳥の前で、剣士は無傷のまま立っていた。落ちた勢いで埃をかぶっていたが、持ち前の頑丈さで奇跡的に無傷だった。
「ああ、大丈夫だよ」
外套の埃を落とすついでにリン自ら怪我を調べ、無傷の確証を得ると笑みを浮かべた。
「ホント良かったー」
「君の支援のおかげさ。助かった」
「やだもー照れちゃう」
リーフの感謝の言葉に軽く身もだえした。
「それじゃ、戻ろっか」
リンはリーフに向けて手を差し出した。その手をリーフはきょとんと見つめた。
「ほら、繋いで戻るのっ!」
リンはリーフの左手に無理やり自分の右手を握らせた。
「はいはーい、この通り元気でーーすっ! 残りの道も元気に護衛しちゃいますよー!」
モンスターに襲われて暗くなった空気を払拭するかのように、リンは飛び跳ねながら馬車まで戻った。右手に少し困惑したリーフをつなぎとめたまま。
〈大筋はこんな感じ!これをブラッシュアップしてわくおたパックにのせます!〉
〈本日の配信はここまで!ありがとうございました!〉