冷たい風が心地よいものになって、日差しも僅かに鋭いものになっていく。外で過ごすには丁度良い季節になってくると、屋上へ足を運ぶ回数が自然と増えていく。日中は同じ理由からか人の姿も確認出来る。慰霊碑へと目をやると真剣そうな、どこか泣き出しそうな表情をしている人物がいて思わずくるりと背を向けた。
定位置となっているベンチとは別の場所に腰をかけて煙草に火をつける。一瞬胸の中に生まれたモヤと一緒に肺から煙を吐き出すと、青空に昇り、滲んで消えていった。それだけでどこかスッキリとして、中途半端な長さのまま火を消してケースの灰皿へと押し込んだ。何か目的をもってやってきたわけでは無い屋上で、何をするわけでもなくただゆっくりと雲を運んでいる空を見るのはちょっとした暇つぶしになる。
不意に眠気がやってきて大きな欠伸を一つする。自然現象で滲んだ視界に瞬きをするが、一瞬でも閉じてしまうと不思議と瞼が重くなっていく。変な時間に寝ると後が面倒だけど、この睡魔に抗うのも億劫だ。このまま少しだけ眠ってしまおう。そう考えると意識が落ちていくのは簡単だった。
*
暗い空の下、大きな慰霊碑の前で佇むオレの姿。その視線の先にはよく耳にして、口にした名前が彫られていて。ああ、これは夢の世界なのだとすぐに理解した。そのはずなのに鉛のように体は重く、一歩も動けないのは何故だろう。色のない夢の世界は幼い頃目にしていた景色と一緒だった。不意に雨が降りだして、全身が濡れているというのに動けないやっぱり動けない。体が動かせないと夢だと分かっていてもどうする事も出来ないでいると、頬が熱を持ったような気がした。
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「キース」
「……んぁ?」
「おーい、キース。起きろ~」
ぺちぺちと頬を叩かれる痛みとオレの名前を呼ぶ声に意識が浮上する。重たい瞼を開けるとぼんやりと茜色と、ピンク色の髪の毛が見える。数回瞬きをすると視界もクリアになった。大きな欠伸をして、体を伸ばす。辺りを見渡してみると屋上に来た時にはそれなりの人がいたはずなのに、その姿は一切なくなっていた。
「こんなところで寝てると風邪ひくぞ?」
「わりぃわりぃ……」
咎めるディノの言葉に僅かに反省する。オレの反応の様子を見て肩を落とすとディノは隣に座った。
「キースは何時からいたんだ?」
「空が青かったから結構時間経ってんじゃねぇか」
「えぇっ、そんなに!?」
大袈裟だと言いたくなる位のディノの反応を適当にあしらう。数時間はあの夢の世界にいたのか、と苦虫を嚙み潰したような気分になると同時に自室以外でよく長時間も眠ってられたな、と驚いていた。
昔はこうやって誰がいるのか、襲ってくれという場所で眠ることなんて出来なかったのにいつから寝れるようになったのだろう。日差しの心地良さを知った時か、常に気を張らなくて良いと知った時か、どちらも当てはまる時か。自問自答を繰り返してもいいが正直どうでもよいことで。隣へと視線を向けると目を丸くしたままのディノと目があった。
「何かいい夢見てたのか?」
「……悪夢だな、あれは」
もっと正しいことを言うと実際にあった過去の光景だけど。今、こうやって隣に居てくれる存在が居なかった時期は紛れもない事実で、刻まれていた名前のことを思い出しては時々苦しくなる。
放り出されているディノの手に自分のそれを重ねると、冷たい手にディノの甲から体温がうつされていく。夢から引っ張り出してくれた熱と声が今、ここにあるのも確かな事だ。
「起こしてくれてありがとな、ディノ」
「? どういたしまして」
首を傾げながらもディノは笑う。気が付けば熱は手の平から隙間なく与えられていた。