お題:エラー、とくせい:ひでり
測定機器も兼ねるサングラスを押し上げて、ソニアはぐぐっと目を細めた。
キバ湖の向こう岸、今の今まで薄曇りだったエリアの一部に日が差し込んできている。ソニアの勘では、野生のポケモンの特性というよりも人為的なものが見て取れた。
特に今、この状況。日照りというより日本晴れだろう。そう判断したソニアは、自慢の鼻でふんふんと周囲を探っていたワンパチを呼び寄せ自転車に跨る。チリン、と一つベルを鳴らしてから、ソニアは勢いよくペダルを踏み込んだ。
ぐるりと湖を回り込んで向かった先、草むらに見え隠れするポケモンたちの中には、日照りの特性持ちは見当たらない。ソニアの知らない夢特性というなら別だが、最新の論文までしっかり頭に叩き込んだのだから抜けはないと信じたい。
そんなことを考えつつ、問題のエリアへ差し掛かる。相変わらず周囲一帯は薄暗いが、少し先の地点だけは綺麗に雲が丸く晴れていた。
「……絶対あそこじゃん」
はあああ、と大きくため息をついてから足を止め、ソニアは片足を地面に突いた。ついでに、今日最終チェックに入った新装置の試運転を兼ねてしまおうと思ったのだ。
左手首に装着したシンプルなリストバンドには、ロトムに入ってもらっている新型の探索装置だ。今までの装置とは違って、パワースポットだけではなく、もっと繊細なダイマックスの気配なども探知できるように調整している。
キョダイマックスが可能なポケモンたちの区別、どの巣穴にどんなポケモンが現れるか、市街地に近い大きなパワースポットの痕跡など、以前の事件から改良に改良を重ねた結果がこの新装置というわけだ。まだ名前は決まっていないが、ルリナに相談したところ彼女はひどく引きつった笑みで「偶には周囲の人に相談してみたらいいんじゃないかしら?」と言っていた。
そう言われてふと、今度ダンデがワイルドエリアの調査に行く、と言っていたことを思い出したのだ。調査とは名ばかりで、久々に与えられた休暇に何をしたらいいかわからなかったため、とりあえずワイルドエリアにでも行くか、という思考に至ったのだというのは研究所でカレーを振る舞いながら聞いた話である。
だったら丁度いいから同行して新装置の最終調整を、と頼み込んだのはソニアの方からだった。一瞬きょとりと目を丸くしたダンデだが、すぐさまカレーを飲み込んで「いいのか!?」と向こうから頼むような形になってしまったのはソニアにとっては不思議でしかなかった。幼馴染の身分を盾にして、無理な調査に付き合わせるのはソニアの方だというのに。
と、そう思っていたのも当日、つまり今日の調査の前日までだ。
大人になったから、チャンピオンからタワーオーナーになったから。そんなものを経てもダンデはダンデのままだった。そりゃ当然である、ついこの間まで迷子だった人間がそう簡単に迷子にならなくなるわけはない。
「じゃあ早速装置のテストを……、って、え!? うっ、嘘でしょお!?」
たった一瞬、ほんの少しだけ目を離した隙にいなくなったダンデ。途方に暮れて目の前を通り過ぎる野生のイワークを見上げるソニア。どうしたの、とばかりに見上げてくるワンパチのつぶらな瞳を見つめ返せる自信がなくて、ソニアはぐっと奥歯を噛み締めた。
「じょ、上等じゃない……」
実はこの新装置、ポケモンだけではなく、事前に登録した人物も探してくれる機能を搭載しているのだ。行きの空飛ぶタクシー内で簡易ながらダンデの登録は済んでいるので問題はない。問題があるとするならば、こういった事態は想定外だったためダンデのようにふらふら動き回る対象に対して有効かどうかのチェックは、今まさにぶっつけ本番だということくらいか。
俄然燃えてきた、と装置を軽く叩いて気合を入れたソニアではあったが、それから二十分ほど探し回った挙句、手掛かりは不可解に晴れた場所と己の勘、という装置のテストとしては失敗だろうと思うようなものを信じてここまでやってきたのだからお笑い種だ。
視線の先。まあるく晴れた空の下、久々に見る私服のダンデが満面の笑みでポケモンの巣穴に突撃している。何でレイドバトルを一人でしているのか、というツッコミどころはあるものの、まあダンデくんだしな……、で納得してしまうソニアもソニアだ。
「心配して損した」
ねえワンパチ、と足元を駆け回るワンパチに呼び掛けながら装置のボタンを押すが、ダンデの方は指してくれやしない。これはひどいエラーだと溜め息をつきながら、ソニアはがっくりと肩を落とした。
普段とは違う手持ちのポケモンたちを躍らせるように、ダンデは次々と技の指示を与えている。日本晴れから続くソーラービーム、大ダメージを即座に回復する光合成。流れるような技選択は、長年のチャンピオン経験からくるものだろうか。
少し離れた邪魔にならない位置からじっとダンデを見つめるソニアには、もうポケモンバトルに対するあれほどの情熱はない。見るのは好き、応援も。けれどバトルとなると、どうしても「もういいかな」という気持ちが出てきてしまう。
トラウマ、というにはまた違う。強いていうならコンプレックスだろう。自分で認められるくらいには、もう薄くなったものだけれど。
ふつふつと考えている間に、ダンデはバトルに勝利したらしい。誰も見ていないのにリザードンポーズを決めてしまうのも、長年の経験からくる癖のようなものだろう。
そこでようやく、腕の装置がピピピと甲高い音を立てた。どうやら今になってダンデの位置を捕捉してくれたようだ。もしかするとバトル中はそちらの反応の方が強くて人物探知までリソースが割けないのかもしれない。要改善だなあと思いつつ、よっこらしょ、とソニアは立ち上がった。
「こらー! ダンデくん! 勝手に迷子になるなって言ったでしょ!」
今はまだ、この幼馴染という近くて遠い距離に安心していいのだと、心のどこかで信じながら。