任務からの帰り道。
ふと、隣を歩くアレンが歩みを止めた。
「アレン?」
「あ、ごめん。ちょっと気になって」
視線の先には赤やピンク色に彩られた店先に大小様々な大きさの箱が並べられていた。
── St. Valentine's Day 。
確か、チョコレートを贈るイベント、だったか。
「気になるって、なんでだ」
「ん?そりゃあ、さ…。気になるよ」
「へー」
「へー、って。最近はお世話になった人にも渡すんだって」
「ふぅん…、…?」
アレンがじっと見つめてくる。期待に満ちた目で。
…それは俺からのチョコが欲しいという意味なのか。
女性から渡す、というものであったはずだが、『お世話になった人にも渡す』と言ってきたのは、ハードルを下げようという魂胆なのかと疑ってしまう。
「僕も用意しようかな。ゼファーは?」
「…まぁ、考えておく」
俺はアレンに甘い。自覚はある。
アレンの嬉しそうな顔を見るのは好きではある。
元々は愛の告白を助長するものであったはずだが、要は理由は何でも良いのである。それが人間の良いところでもあり悪いところでもある。
つまり、バレンタインデーという催し物に便乗して、気持ちを確かめ合いたいのか。
以前の俺なら却下しているところだろう、が。
「うん。楽しみにしてるね」
などと言われてしまっては…しかも極上の微笑み付きで。
…ついでにカナ達の分も用意するか。
サラは普段から鍛錬を怠らず、助言を俺に仰いでくる。いつも頑張っているからな。
カナには…、あいつには返しきれないほどの借りがあることだし。
リッピはいつもフォローや食事や、雑用なども的確にこなしている。たまには労うのも良いし。
などと、いろんな理由をつけて前向きに検討している自分に苦笑いする。
アレンの奴も随分と人間のすることに馴染んできているな、とも思う。
それは他の”みんな”も同じなのだろう。
この世界に戻れたことが嬉しいのだ。
全ての瞬間を謳歌しようとしているのだろう。
振り返り、戒めることも大事だが、そればかりでは息が詰まってしまう。己だけならば良いが、共に歩む仲間にはそんなところばかりを見せる訳にもいかない。きっと優しいあいつらは、心配してしまうだろう。
罪滅ぼしの一環だと、思えばそれほどでもない。
何よりあいつらの笑顔は見ていて癒されるのだ。
「ゼファー、ちょっといいかな」
真夜中を過ぎた頃合だろうか。
アレンが小さな包みを持って話し掛けてきた。
「もうこんな時間だぞ…そろそろ休む時間だろ」
「うん、…でも、ゼファーには一番に渡したくて」
そう言ってアレンは手にした包みを差し出してきた。
赤い包装紙に包まれた箱からは、微かにチョコレートの甘い香りが漂っている。
日付が変わってすぐに、ということなのだろう。
「ゼファーのこと、これからも大事にするから。ずっと」
手のひらに包みを乗せられ、幸せそうに微笑むアレンを前にして。
改めて想いを告げられて。
嬉しさと照れくささが同時に襲ってきて、真っ直ぐに見つめてくるアレンの視線から逃げるように顔を背けてしまう。
「…お前、ほんと…照れくさくないのかよ」
「あはは、ちょっと、照れるけど…本当にそう思ってるからさ」
はにかむような笑顔を向けられ、ゼファーはトクリと波打つ胸にその言葉の意味を噛み締めた。
ずっと、か。アレンのことだ。本当にそうするだろう。
そしてその想いに応えることは出来るのだろうか。出来ているだろうか⋯。
真摯に見つめてくるアレンに、泣きたくなるような衝動を抑え込んでくしゃりと頬が緩む。
「…ありがとな、アレン」
それだけを言葉にするのが精一杯だった。
「あ…」
アレンが何かに気付いたように、ゼファーの後ろにある机の上に置かれた紙袋に視線を向ける。
「…あぁ、一応な。用意してみた」
「僕に?嬉しいな…」
同じように包みをアレンの手のひらに乗せてやると、目を細めて嬉しそうに見つめていた。
ああ、やっぱり、用意してよかった、と、口許が緩むのが自分でも解る。
ゼファーの視線に気付いたアレンは見つめ返してぽそりと呟いた。
「……、食べたいな?」
「今からか?少しだけだぞ」
見つめ合ったまま。静寂がふたりを包む。
くす、と小さな笑みを零したアレンは、丁寧に包みを開いた。
そして、ゼファーに箱を手渡す。
「……俺?」
「そう」
見上げてくるアレンの表情を見遣りゼファーの頬に紅みが差す。目を細めて微笑み、僅かに艶を含んだその双眸に、少しばかり動揺する。
ココアパウダーがまぶしてある真ん丸のチョコレートを指で摘むと、アレンの口許へと運ぶ。
ゼファーの所作に満足そうに頷いてみせた。
───まさか本当にそうだ、とは。
僅かに開いた唇にチョコレートを押し付けると指ごとアレンの舌に絡め取られピクリと指が震えた。
チョコレートは溶けてすぐに無くなりコクリと飲み下した後も、アレンは執拗にゼファーの指に舌を這わせ、時折熱っぽい瞳で見つめてきて、───それはまるで情事の最中にも思えた。
アレンはいつも愛おしむように身体中に唇で触れてくる。それこそ、自分では触れないようなところにも、恥ずかしげに隠そうとも暴き快感を与えてくる。嬉しそうに、満足そうに見つめられると許してしまう。俺はアレンには甘い。きっと、アレンの口の中で溶けたチョコレートのように。
ピクブラバレンタイン2021
唇の隙間から赤く蠢く舌がゼファーの指先を絡め取っていく。
ザラリとした感触が這いまわり、唾液で濡れた箇所が熱く吐き出される息でヒンヤリとしたかと思えば再び熱を持った舌に舐め取られた。
時折、歯が当たり甘噛みされ、細めた瞼の合間に潤む瞳がゆっくりとゼファーを捉えた。
「…っ、やらしいな…お前」
「…そう?そういうゼファーも欲しくて堪らない目、してるよ」
指を舐め回す所作が、行為中を思い出させるのに。身体が反応しないわけなどないだろう。アレンの眼差しは情欲に満ちていて、─── それはゼファーも同じく、じわじわと身体の奥に燻る熱が膨れ上がりつつある。
けれど、こんな時間から始めたら、明日の朝に二人して寝坊する様が容易に想像できるが。
相棒は相変わらずゼファーの指先から手のひらへの愛撫を止めない。
そして、再び思った。
『俺はアレンに甘い』と。
『アレンの想いに応えたい』と。
半分相棒の所為にしている気もするが。
されるがままにしていた手でアレンの動きを制し、アレンの唇に自らの唇を重ね舌を咥内に滑り込ませた。間近にあるアレンの目が驚きに見開いているのが見えたが、すぐに持ち直すと腰に腕が絡まり抱き寄せられた身体が隙間なく密着する。離れていく唇から繋がる銀糸を親指で拭って、ひとつ息を吐く。
「……甘いな」
「うん、ゼファーがくれたチョコ、甘くて美味しかったよ?」
「チョコの話じゃねぇよ」
「…えっ、ゼファー?な、…っ」
アレンの前で跪いて、夜着を捲りあげ膨らんでいる中心に口許を寄せると、頭上から焦ったような相棒の声音が降り注ぐ。…こんなことをするのは初めてだけど、いつも与えられてばかりで…偶には返したい、そんな想いがいつもあって。
「っ、……」
本人も分かっているはず。
「……満足したか?」
「ん…、…ゼファーも、食べる?」
「……食わせてくれるのか?」
「うん」
恐らく、食べさせてもらうだけでは済まないだろう。
『その想いに応えることは出来るだろうか。出来ているだろうか』
相変わらず優しげな、そして熱っぽい瞳で真っ直ぐに見つめてくる。ゼファーは意を決して手渡されたチョコレートの包みを開けた。
ゼファーはさ、ちゃんと態度でも行動でも、言葉でも伝えていかないと何処かに行っちゃいそうな気がして。