群馬の「おじいちゃんち」に初めて行ったのは、たしか十二の時だったと思う。
群馬県に母親の実家があることは、一応、知っていた。でも実際に訪れたことは何故かなくて、ぼくにとって「おじいちゃんち」というのは父方の家の事だった。母親にも両親がいたのだ、いるのだ、ということに、わずかな衝撃を感じながらも、そこを訪れたことがないのを特に不審にも思わなかった。クリスマスカードだって一度も貰ったことはない。
「おじいちゃんちに行くわよ」
と母が真っ赤な頬にガーゼを当てながら言ったとき、その様子があまりに静かで決意に満ちていたのでぼくは一切の反論をしなかった。母が家を出たがるのは当然で、なんならぼくを置いてさっさと逃げてくれないかと子供心にも常々思っていた。父はぼくには手を出さなかったのだ。
だが母親としてはぼくだけおいて家を出るわけにもいかなかったのだろう。どうしておじいちゃんちに行くんだろ、と不思議に思いながら口答えせず荷物をパッキング、一言も喋らない母親に気を遣いながら後部座席に座ったところで、いや、ぼくのおじいちゃんって二年前に死んだじゃんと思い出した。ぼくも相当慌てていたということである。
母親にもう一度「どこに行くんだったっけ?」と聞いてみる。すでに車を走らせてから三十分以上が経過していた。
「おじいちゃんちよ」
と彼女はもう一度、おまじないを復唱するみたいに答えた。おじいちゃんち。死者の家に行くとができない以上、では、おそらく父方ではなく母方の「おじいちゃんち」に行くのだ。考えてみれば当たり前の話で、母親は地で”実家に帰らせていただきます”をやっていたわけである。
徐々に秋めいていた九月の火曜日の夜だった。母は高速道路にのって、群馬方面へ車を走らせ続けた。どうして電車にしなかったのだろうとぼくは不思議に思った。まだ十九時台だったし、帰省シーズンでもないから席を取れないということもないはずだ。でも母親は黒いファミリーカーをただひたすら走らせていた。音楽でもかける? と聞いて断られたあと、ぼくは母親を慰めるのをやめた。そもそもぼくはこの人を慰められたことが一度きりだってない。
何度か母親の携帯のバイブ音が鳴った
母が無言で電源を切ったので、ぼくも同じようにそうした
細い雨が降っていた、まるで窓の亀裂みたいに硝子にはりついている
見知らぬ場所へ向けて走っていた 母親にとってたぶん世界で一番安全な場所へ
ふとぼくは、どうして母親は今日の今日まで実家に戻ることが一度もなかったのだろうと不思議に思った。別に帰れないわけではなかったのだ。こうして一切の連絡もせず、突然家に帰ろうとしているぐらいなのだから。
途中、パーキングエリアで夕飯を取った。母親は一言も喋らなかったが、マクドナルドのオレンジジュースを飲みながら涙を流し始めたのでぼくは心底驚いた。ドラマを見ているとき以外で母親が泣いたのをぼくは初めて見た。
車中は携帯電話も使えずさすがに暇だったので、ラジオでもつけてくれないだろうかと期待したが、母親の情緒がすこしでも持ち直すことはなかった。結局、三時間半もの間、ぼくはずっと周囲の車のナンバープレートの数字で掛け算したり足し算したりしながら時間をつぶした。
そして群馬にある、その家に着いた。なんてことのない一軒家だった。ささやかな庭には小さな犬小屋が建っている。中に犬はいない。ポストは手作りで、表札には(当たり前のことだが)母の旧姓が掛かっていた。玄関の扉の前に、花壇のスペースが設けられている。そこに咲く花のなかに、母親と同じ名前の花を見つけた。
「ただいま」
気が付けば、母親はドアに縋りつくようにして張り付き、呼び鈴も押さず戸を叩いていた。そんな力で叩いても聞こえるはずがないと思うほどの弱弱しい音だった。
「ただいま」
母親は泣いていた。見知らぬ家の前で泣くこの人を見て、ぼくはなんだかとんでもない所に来てしまったような気がした。
家には明かりが灯っていた。玄関と、おそらく居間だろうか、あとは二階の電気もついている。誰かがこの家のなかにいる気配がする。
やがて物音を聞きつけたのか、がちゃがちゃと鍵を開ける音がした。誰かが出てくる。ぼくは思わず息を呑んだ。
家の中からは、想像よりも若い男の人が出てきた。といっても老人ではあるその人は、母を見て目を丸くし、どうした、と声を掛けて肩をゆさぶった。無意識に、父方の祖父と比べて老若の判断をしていた自分に気が付く。考えてみれば母と父には十以上の年の差があるのだから、普通に考えれば母方の「おじいちゃん」のほうが年若いのに違いない。
「とにかく入りなさい」
母親がうつむいたまま家の中へ入っていく。娘を家の中に入れてからようやく、彼はぼくという人間が立っていることに気が付いたようだった。
「きみは……」
誰だ、とはさすがに聞かれなかった。彼は納得するように何度か頷いた。
「そうか、そうか。とにかく入りなさい」
ぼくは頷いた。皺だらけのその手に肩を触られても、とくに嫌な感じはしなかった。
▽
リビングに通された。想像上の「おじいちゃんち」って感じの部屋だった。今は二人しかいないんだろうに、何人座れるんだよこれって感じの大きなソファーに囲まれた炬燵、大量の雑誌が差してあるマガジンラック、箱根のお土産屋さんでしか見たことないような寄木細工のボールペンと耳かき、あたたかそうな手作りのクッションカバー。
ソファでは女性が編み物をしていた。こちらを見もせずに、その人はテレビを指差した。
「あら、結果出ちゃったわよ。あなたが応援していたほうの負け」
二人は野球を見ていたらしい。女性がこちらを振り向いて、そしてあんぐりと顎を落とす。彼女なりに急いで(しかし傍目にはゆっくりと)立ち上がり、どうしたの、とさっき彼がしたのとまったく同じように肩をゆさぶって母に声をかけた。
「ただいま。ごめんなさい、突然帰ってきて」
母親が、存外はっきりした声でそう言った。彼女は驚きながらも少し安心したかのように頷いて、晩御飯は、と聞いた。
「食べた。お風呂に入ってもいい?」
「お湯抜いちゃったけど、すぐ入れるから待ってなさい」
やりかけの編み物がソファのうえに放り出される。そういえば母親は手芸も好きだったな。こうやって、努めて共通点を探し、この人は母親の母なんだと認識しようとする自分に気が付く。
リビングから出ていく彼女が、あ、と声をあげてぼくを見た。
「おかえりなさい。そう、翼も連れてきたの」
突然自分の名前を呼ばれて、ぼくは心臓が出て行っちゃいそうなぐらいに驚いた。しかも呼び捨てときたもんだ。そういえば彼にも名乗っていなかったことを思い出す。
「あの……はい、えっと」
「ところで、服は持ってきた?」
母はすぐに答えなかった。そもそも、祖母はぼくの顔を見て聞いていた。
そうか、母の服ならこの家にいくらかあるのかもしれないが、男の子用の下着やなんかは無いんだろう。
「はい、車にあります」
「そう。取りに行ってあげて」
祖父が頷く。いやぼくが、と言いたかったがしかし、母を一人にしてはならない気がしたので結局お願いすることにした。キーは、と祖父が一言聞けば、母は無言で脱いだばかりの皺くちゃのジャケットを指差した。こんな投げやりな母は初めて見たと思った。
さっきまで、この人は怒っていた。何か重大な決断をしたばかりの人が皆そうであるように、ある種のエネルギーに満ちて、泣くことはあってもまるで彫刻が水を流しているみたいだった。でも今は、とても柔らかい生き物になっている。
祖母も祖父もいなくなってしまった。ソファに深く沈んでいる彼女の隣で、ぼくは預けられた猫みたいに行儀よくじっとしている。
「ごめんなさいね」
あまりに唐突な言葉だったので、ぼくは最初、彼女が言ったものだとは思わなかった。
「え?」
「ごめんなさいね。もっともっと早くこうしておけばよかった」
それはたしかにそうだ、と僕は思った。本格的に群馬に生活の拠点を移すと言われるとぼくも色々困ることはあるが、しかし今の状況だとそういう措置も仕方ないかな、と思われた。別に東京に無二の親友がいるわけでもないし、ネットの友達だっているから暫くは寂しくないし。もう少し早い段階からプチ家出をしていれば、ひょっとすると父親だって多少は反省したかもしれないと思わなくもないけれど、まあ、でもそんなのは今更だし、ぼくよりも母親のほうが傷ついているのは自明だったので、何も言わなかった。ぼくを連れて彼女は家を出た、出てしまったのだ。もう取り戻せない破滅的な何かが起きた、という気がした。実は、携帯の電源をいつ入れてもいいのかということのほうが気になっている。
「明日になったら色々手続きしましょう。一気に色んなことを片付けて、少し落ち着いたら今後について考える」
まるで自分自身に言い聞かせているような物言いだった。ぼくは頷いた。
*少年が事態を飲み込めてきたところで言葉を変換する「その家」→「母親の実家」→「おじいちゃんち」とか「男の人」→「彼」→「母親の父」→「おじいちゃん」とか。
*母親のことは逆に少しずつ抽象度上がっていくかんじで