◆◆始まり時点9,000文字。+500字(計95,000字)になるまで マイクは一応つけてますが突然ミュートになるかもしれません
 ポストにささった花束を受け取りに降りた。
 引き抜いた時にはすでに枯れていたが、演奏会で奏者が最後にもらえるような大きさの、崩れてはいても立派な花束だった。
 少し触れば花弁がちぎれてしまいそうなので、ケーキでも運ぶみたいにゆっくりと持ちあげて抱え階段をのぼっていく。誰にも頼んでいない、誰にも宛てられていない花束が毎週金曜日になると届く。たぶんぼくが受け取っていいものではないのだろうが、ぼくの家のポストにささっているのでしょうがなく面倒を見ている。花に罪はないのかもしれない、たぶん。この一年で花瓶がいくつも増えた。
 最初はペットボトルに活けていたが、薔薇がやってきたときに、さすがに悪いなと思って駅前の花屋で花瓶だけを買った。おまけとして笑顔で差し出されたガーベラをぼくは断った。
 しばらくはその一つでしのいでいたが、冬場は二週間ぐらい持つ子もいるので、二個目が必要になった。小さい花でも見栄えよく飾れそうな一輪挿しを手に入れた。二種類手に入れてしまうと、それぞれの花により似合う瓶を選びたくなる。そこから先はもう際限が無くて、玄関の靴箱の上には様々な色や形の花瓶が立ち並ぶようになった。花を飾っているのか瓶を飾っているのか分からないわね、とあなたが苦笑いをした。あなたは花には少しの興味も持たなかった。
 
 桜の花を三つ叩けばパチンと消える。その下には富士山が埋まっていて、さらに下には急須がいる。地層を下まで削っていけば、五月人形にだって会えるかもしれない。タップできるブロックがなくなったらプレイヤーの勝ち。コイン3枚で1回分のヒントと交換できる。
 暇すぎてインストールしたパズルゲームに時間をつぶされている。ブロックが消失するときの電子音だけが心地よくて、それ以外に別に面白いところはない。ゲームオーバーになるたびにポップアップしてくる広告に苛立つ自分の狭量さが嫌になったのですぐに300円課金した。セカンドステージぐらいまでは同じ色のブロックを押しているだけでクリアできたのに、すこしずつ難しくなってきて、最終的には運ゲーになっている。どうか次はよいブロック配置で始まりますように。端と端に、生き別れのカップルみたいにぽつんと置かれる子がいませんように。だんだん祈りの修行をしているような気持ちになってきたりして、暇つぶしのゲームプレイはただの請願の一つになる。ゲームオーバー、コンティニュー、フルリセット、回復アイテムを使用しますか? いいえ、のボタンが有効化されるまで三秒のモーションを待つ必要がある。コンコンとスマホの画面を爪で叩く。暇なくせに三秒が惜しい。
テーマ:陰鬱
 風の強い火曜日に駅前にアイスクリームを買いに行った。今考えるとなんと莫迦なことを。ボーラーハットのような行儀のよい丸いアイスクリームは、当然のように風にあおられ飛んで行ってしまった。レモンシャーベットの黄色がバレーボールのように宙に浮いて、一瞬昼の満月みたいに見えた。ぺしゃり。可愛らしいSE音を伴って月は側溝へ溶け消えていった。汚れた黄土色の穴の中、バターが割れるみたいに溶けていく帽子を、コーンのほうだけ右手に持って立ち尽くしていた。
 アイスクリームを買いに行ったのは自分の機嫌が取りたかったからだが、決してそれだけが外出の理由というわけでもない。気を取り直そうと、献花を捧げるような気持ちでコーンを置き去りにして、そのまま賑わう駅のほうへ向かった。蟻でも鳥でもなにかが食べてくれればいいと思った。
 駅前では薔薇の株がいくつか売られていて、一人のストリートミュージシャンが弾き語りをしている。梅雨明けの久々の青空の下、街全体がどこかやさしい解放感と陽気に包まれていた。このなかを黄色いアイスクリームをほおばりながら通過することができたならどれだけ愉快だったかしれないと改めて残念に思う。未練がましく一度振り返ったが、あの派手な黄色はもう視界には映らなかった。
テーマ:
 三行日記をつけている。自分の記憶をすこしでも現世にとどめておくためにと始めたことだったが、「日記を書く」のが日課であるということすら忘れてしまうのであまりうまくいかない。購入した日記帳は一日三行書ける欄が十年分用意されているので、しっかり書いておいて後から見返せば十年分の「四月十四日」の日記を見返せるというエモい代物だったが、ぼくがあまりに怠惰すぎるために五年経っても一巡すらしていない。三日坊主の人間であればあるほどこういう日記帳を買いたがるのはどうしてなんだろうと自分で自分のことを不思議に思う。
 それに比べて母は、真っ白い百円均一のノートを買ってきてそれに毎日日記を数行書いておくという地道で根気のいる作業を難なくこなせる人間だった。「やる」と決断しなくても、苦労せず習慣を作ることのできる人。その分ずっと続けていたことを辞めるときにも幾分かさっぱりとしている。「やる」と決めてから始めたことでもないし、ずっとやると決めていたわけでもないし、ということらしい。
テーマ:人間の感情のチープさ(2000字ぐらいの掌編)
*20210330の宿題:若く見えるようにする
<ボールプール>
 書き出しに悩んだままの数時間が過ぎていく、こんなのやらずに映画でも見ていれば今頃エンディングを迎えられていたはずなのにとせつなく思う。一文字目からどうすればいいのか分からないまま、だれかの手を握りたくて紙にすがりついていたら、いつのまにかクシャクシャにまるまったボールが一つ出来ていた。ダイソーで購入したアンドロメダ銀河柄のやすい便箋が、丸い宇宙に姿を変えて足元に転がり小さなボールプールを作っている。足を揺らすといくつかのボールが爪先に当たる。波打ち際に椅子をおいているみたいだ、とおもう。そのうち一つを拾い上げてそのままゴミ箱に放り投げたら、すぽんと綺麗にシュートが決まった。ぜんぜん嬉しくなかった。
 寄せ波のなかで続きを書いている。子どものころ、どうしてあんなにボールプールが大好きだったのか分からない。クーピーで塗られたようなカラーボールのなかに沈んで、世界でいちばん幸せな子どものつもりでいた。本水のなかでは泳げなかったけど、ボールのなかでカエル泳ぎすることはできて、滑り台から勢いをつけて大きく飛び込んだときの水しぶき、飛び上がるボール、その影の色までふくめて全部覚えてる。ボールのひとつひとつが私の味方をしている気がした。そのなめらかさ、わざとらしいハイライト、カラフルで、やわらかくて、やさしい世界。小学生のころは母にねだって毎月のようにモールに連れて行ってもらっていた。
 上京してからは殆ど見かけることがなくなってしまったけれど、スマートフォンで調べれば今からでも三十分以内にボールプールを見ることぐらいはできるんだろう。入ることは当然できなくとも。けどもしも子どもに戻れたとして、ボールプールにもう一度入りたいとは思わない。
 ぼんやり灰色の天井を見つめながら、子どもの頃の記憶をすこしずつ思い出していた。あの日もたぶん一人でボールプールのなかを泳いでいた。あんまり中央のほうへは行けず、隅っこのほうでジャグリングを試していた。ひょっとしたらピエロになるのも面白いだろうかと考えていた。もう何回か滑り台で遊びたかったが、長蛇の列が出来ていたのでせいぜい遊べても一回だろうと思われた。であれば、ボールがたくさんあって落ち着けるこのポジションから離れず時間を終えたほうが得なような気がした。
 壁に背を預けながら、滑り台からおりてくる子どもたちの、顔、顔、はじけるボール、そして飛んでくる汗、ひとつひとつを見ていた。自分だって今日何度も同じことをしたはずなのに、どうしてか羨ましくてたまらなかった。今からボールプールの中に入ってくる、制限時間が満タンの子どものことが妬ましかった。滑り台、行けばよかったな、と思った。いくら時間切れしたところで、あと数人で順番がくるというところですぐに出ろと言われることもなかったろう。それなら最後に一度楽しくボールのなかに身体を預けて、最高得点で止めてしまえばよかった。足元のボールを蹴った、波が砕けるみたいに青いボールがひとつ跳ねて、とおりがかりの子どもの腕に当たった。彼は振り返らなかった。
 その時どうしようもなく、自分がつまらない人間であるような気がした。滑り台を見た。天井のやけに眩しい照明が強く光って、次の子どもが滑りだす。くるくるとまわりながら、落ちるように進むひとつの影が、プールのなかに沈む。ボールが子どもを受けて止めていく。歓声が上がった。すごく遠くから声がするような気がする。
 たしかその日が、モールのアスレチックエリアに入った最後の日だった。年齢的にも飽きて当然の頃合いだったのかもしれない。もう行かないと言ったところで両親が特段心配するようなこともなく、それ自体もなんだか不満だった。ボールプールの横を通っても、うらやましくはなかった。
 誰のものともしれない脂のついたボールのなかで、他の子どもとぶつかりながら泥のなかを進んでいかなくてはならない。遠くからフラッシュが焚かれている。父がわらっている。写真はもうたくさんあるから、いまさら一枚も増やさなくていい。
 結局、あの、滑り台で遊ぶ子どもを見つめているときのゴムみたいな硬さ、あれと同じなのだとおもう。今朝の占いが一位でも、シュートが綺麗に決まっても、なにひとつ喜べない。こころのなかが硬いような気がするくせに、ふとした拍子で針に突かれて破れてしまうことがあって、はじけた水風船みたいなゴムをどこへ捨てればいいのかがわからなかった。
 たった一つのミスがすべての成功を台無しにしてしまうことがよくあって、たった一歩つまずいただけなのに、その後の42.195kmのすべてを進む気力を失う。そんなことばかりだ。そんなことばかりなのを、ごまかしてしまいたくてボールを投げた。シュートが入った。ぜんぜん嬉しくはなかった。 <了>
ーー
 この世には愛がある、ということ。それを君に覚えておいて欲しいんだ。最初は誤解でいい。すなおに騙されている間に、きみはいつの間には愛がほんとうはどういうものなのか分かるようになってくる。見えていなかった繋がりに気が付き、どうしようもなく抱きしめたい大切なものがいくつかあることに気が付く。決してその手を離してはならないよ、正気にかえらないで僕の目だけを見ていて。どこにも行っちゃいけないよ。
 と、ぼくがそういうことを忠告することはたやすい。でも君ったらさ、そういう一つ一つの言葉について、ちゃんと覚えて考えて記憶にとどめていられないだろ? まるで雨をさけるみたいに軒下にはいり、なんなら傘までさして、ぼくのする忠告をぜんぶ何かの憂鬱の結晶みたいにとらえたりして、塞ぐ。ときたま家の中からあたたかいココアでも飲みながら思い出してくれるけど、それだけだ。きみにとってぼくは厄介な雨粒にほかならない。
 本当はもう少し夢をみていたかった。ねむるほうの夢ではなくて、将来こうなりたいなあ、と心の奥底からぐんと強く願ったりするほうの「夢」だ。夢はたった一つでいい、むしろたった一つでなくてはならない。夢はたったひとつであることで、その希少性を確保し、価値を保証される。そうでなくてはならない。
 あまりに憂鬱そうに笑う君の頬をひっぱったら、想像よりもその肌が冷たくておどろいた。赤ん坊は熱っぽくあついし、男の子からは蒸気が出てる。でも、女の子は? やっぱりあたたかいものだと思ってた。だって子どものころに見上げた母親の頬が、その腕のなかが、これ以上ないほど暖かかったから。だから。つめたいきみも母親になったりするのかなあとぼやいたら、「失礼な人ね」ときみがわらう。
 始まりはたった一つの音だったと信じていたい。色から始まったり、匂いから始まったりするのはばかげている。宇宙もきっと産声から始まったはずだ。だから「光あれ」には納得できない。まずは声、声、なんて言えばいい? そう、おはようございますでも、はじめましてでも、なんでもいい。日本語じゃなくても英語でもグルジア語でも何語でもいい。ただ最初は声から始まって欲しい。歌でもいいなあとぼくはおもう。「ラ」からすべてが始まって、この歴史のすべてが旋律に変換できればいい。
 小石を蹴るきみの横顔をみていた。じつは私、横顔を顔だと認識することができない。人間は横を向いたとたんに突然、絵画のようにひらべったくなってしまう生き物だと思っている。そんなわけないでしょ、と目を丸くする母親に病院に連れていかれてから三か月、ようやく医者もわたしがなにを言っているのかを分かってくれて、「今まで大変だったでしょう」とカウンセラーのお姉さんがぎゅっと両手を握ってくれた。前から見つめてくれればその人が人間だと分かる、後ろ姿もちゃんと人間に見える、でも横顔だけはだめだ。なんだか、パースだかデッサンだか、なんだか分からないけどなにかが、狂っているようにみえるんだもの。だから横に並んで歩くのは嫌いだし、カウンター席も嫌いだし、映画館なんてもってのほか。さっきまで暖かく一緒に話をしてくれていた、家族が恋人が友人が、とつぜん絵画になってしまう。その恐ろしさったらない。それでも君が「この新作は絶対に面白いよ」なんていうもんだから映画館に来た。ブザーが鳴る。「携帯の電源を切った?」と聞く君はわたしのほうをきちんと向いていて、だから人間に見える。「うん」と頷いたらきみがほほ笑んで前を見る。絵画に変わる。何百人もの絵画たちと、私はこれから映画を見る。
 ”世界が変わってしまっても”、なに? ”世界が敵だったとしても”、なに? そんなバカみたいな仮定の話しかできないのなら、そうしないと私への愛情を伝えられないぐらいなら、たぶんあなたの心のなかに「ある」と思われているその感情は空想なので、わたあめなので、ぜんぶ忘れて飲み込んで、ここから一人立ち去って欲しい。きみがする仮定の話がいつも大嫌いだった、現実味がないから。もしもの話なんて続けたって、わたしの行きたい「現実の将来」には何の関係もない、なんの連なりもない、なんの実験にもならない。あなたがどんなに悲しい仮定をもちだして愛を語ろうとも、結局のところ今日一緒にいられないんならなんの意味もないでしょう。と、こんな簡単なことを言うために声を荒げなくてはならないなんてどうかしている。あなたはわたしのすべてを蝕んでいき、けっして幸せにはしない。
 辞書を「あ」から「い」までようやく音読しおえたきみが、え、これ、まだやるの? まさか「ん」までやるなんて言わないだろ、と笑っている。その声がすこし枯れていて、せっかくの中低音のきれいな声が、ちょっと老いてしまったみたい。さすがにわたしは可哀そうだと思ったから「じゃあいいわ」とその小さな枕みたいな辞書を彼から取り上げて、わたしが「う」から始めてあげる。「いや、そういうことじゃないよ、けっこう大変だよ。もうやめようよ」あなたは顔を顰めている。できればこんなバカげたことはこれで終わりにしたいのだ、わたしが声を枯らし始めたら、また代わってあげなくてはならないから。「ねえ、ほら、やめよう。『う』なんてつまらないばかりだよ」そんなことないわ、宇宙も鵜飼も嬉しいもウリボーも、みんなここにいる。みんなここにいる。わたしの名前が辞書のなかで出てくるまで、この馬鹿らしい遊びをやめない。
 きみがなにかを「きれいだ」ということ。なにかに「きれいだ」を与えてあげられるということ。結局ことばなんて記号でしかないくせになんて偉そうなもんだ、でもぼくはこういう一つ一つの表現を与えられるきみのこと自体を神さまみたいに思っているところもあって、だから、結局、きみがなにかを「きれいだ」というたびに、意味が与えられる対象を羨ましくおもって感動している。今日はわたしも平穏に暮らせたけれど、明日どうなっているのかは分からないよ。どうしようもないわたしのことも少しは思い出して、「きれいだ」の持つちからを、きみが与える意味のちからを、それが物凄いことなんだってことを、どうか思い出してほしい。きみがなにかに「きれいだ」という時、世界には「きれいだ」が与えられたものが一つ増えている。これをとんでもなく些細でくだらないことだときみは思うのかもしれないね、だからこそ、何度でもぼくは「きれいだ」はすごいのだということを伝え続けなければならない。
 きみが一つ失うたびに、世界は点滅するべきだ。幸せな言葉なんて一つもないよ、だれかを幸せにできる言葉なんてひとつもない、ときみが信じているということ。その言葉自身が幸せであれることなんて絶対にないかのように、きみの魂もきみのためだけにある、幸せや栄誉や誇りのためにあるわけではない、そのことを忘れないでほしいのに言葉がうまく扱えなくて結局きみに何も言えない。
 マントルのなかにもしもあなたが幸福を見つけてしまったらと思うと恐ろしいのだけれど、もしそうなったらそれはそれで、仕方ないって顔をして椅子のなかに蹲っていたい。地球がぜんぶ一人のものになったかのような顔をして、そのまま渦のなかでたった一人きりでいる。成層圏に飛び出していってしまう君も、宇宙線を浴びても平気でいる君も、どちらの君も一人きりにしてはならないんだと分かっている。だから、分かっているから、深海のチムニーのなかへいける潜水艦も光世紀を飛べる宇宙船もどちらもぼくは用意しなくてはならない。
 明日があると信じていられるのは、昨日があったからで、無限にも思えるほどの一万日の間、かならず朝には「今日」が用意されていたからだ。きみたちと一緒に、今日も生きていけるということ。わたしには何一つの幸せが約束されていないというのに、きみが今、隣にいてくれるということ。いいことなんて一つもないのにねぇ、と笑ったら、あるよ、とだけ答えて細かいことはひとつも教えてもらえなかった。あの冬の日。あの日にわたしは、どうしてかきみに会うのが最後になるような気がして、「いいお年を」と言いながら今生の別れのような気持ちになってしまって、あなたの後姿をずっと見送っていた。人と別れるとき、その背中を見送らなくてもすむ人たち。きみはそういう人たちの仲間だよね。わたしは何ひとつ、何ひとつ、いいことなんて何ひとつとしてなくても、ずっとその背中の丸さを見送っていたい。明日があると信じていなかったころの話を、わたしはしている。
 ユートピアに行けるとしたらどんな船で行きたいだろうかと、深夜窓辺できみと一緒に考えたことがあったような気がしている。ユートピア。どこにもない場所。天国、しあわせ、極楽浄土。うまれかわりが本当にあると信じているひとたちと、人生を共にすることができるんだろうか、とぼくは考えないでもない。死んでからどこかに行ける可能性について考えるよりも、いまから「どこにもない場所」を探すほうがまだ成功の確率があるんじゃないかと疑っている。「どこにもないのに?」どこにもなくても。きみがぼくを見ている、その眼球がまだ光を保っている、どうせいつかしぼんで干からびるくせに、今は、今は、まだ生きている。
 花束を抱えて歩く君の後ろからゆっくりとついていく。花言葉を調べる必要はないし、きみはリボンの色の意味を考えなくてもいい。レンガ道はこのまま世界の果てまで続いていて、最後までたどりついてしまっても、実はどこにも行けない。それでもこの道に価値をかんじて君と一緒に歩くことができるのかどうか。そういう童話があったら子どもは面白がって読んでくれるだろうか、いやきっと無理だろう。ひとつひとつ足りないものを書き集めては、物語を書いている。あなたがなんの意味もない花束ひとつにもなにかの意味を感じ続けていられますように。
 始まりは簡単なことだった。たった一つの音がきみを導き、そのままどこにも行けない場所へ閉じ込めてしまった。呼びかけにあれほどの力があるとはあの人だって信じていなかったのに、きみは卵を飲み込むみたいな素直さでそのまま走り去ってしまった。ただの音、ただの声、ただの言葉になにかの意味を預けるなんてばかげていると思うのに、こうして文字を書いているぼくは、文章をつづいっているぼくは、そこからうまれる言葉には、きみへの忠告には、なにかしらの強制力がはたらくのではないだろうかと期待している。よく日に焼けた肌をもつ男の人にきみが奪われてしまいませんように、なんて今までの歴史のなかで何人もの男がしてきたであろう祈りを、ぼくも定められたレールに乗ってする。きみの尊厳が守られますようにとか、きみが軽んじられませんようにとか、でも結局のところ言いたいのは「ぼくのところに来てください」という気持ち悪い欲求でしかなくて、それに気が付いたので卵を床に落として黄身をぶちまけた。だからやなんだよ、だからぼくはぼくのことが嫌いだ。きみみたいに綺麗じゃないし、素直じゃないし、自分が欲しいものがなんなのかすら分かっていない。それなのにきみを一番大切にできるのは、よく日に焼けた男ではなく絶対にぼくのほうだと信じている。そう信じなくてはきみを愛することができなかった。
 落下音がひとつして、振り返る。なにかが世界に落ちてしまったような音がしたはずなのに。誰かが鍵や携帯電話を落としたとか、そんな簡単なものじゃない。天使がぽろんとひとつ、ボールを落として困っている――そんな情景が頭に浮かぶ。ばかだなあ、天使なんていないよ。と生まれたときからぼくの右肩あたりに浮かんでいる悪魔が言った。お前がいるんだから、天使だっているだろ、それは信じさせてくれよ。
 しかし天使を信じることが出来たとしても、落ちたはずのボールはどこにもなかった。それを拾って、拾い上げて、あなたに「さあどうぞ」って笑いかけて渡すことができたなら、悪魔だっていなくなってくれるかもしれないのに。と思うけどこんな欲まみれのぼくじゃ結局だめなんだろうか。ぼくは目を閉じる。目を開ける。悪魔がそこにいるのに、ボールも天使もどこにもいない。
 それで、とあなたが歌うようにひらりと手を向ける。”それで”も何もないですよ。あなたが生きてさえくれていたらぼくだってこんなバカげたことはしなかっただろうと思う。でも彼女は死んでしまったし、墓場に来ないと会えないし、菊の花片手に会いに来たところで「それで」とか歌うように言う。それで、じゃないですよ。会いに来たんですよ。すこし遠いのに、このくそ寒いのに、わざわざ定期範囲外のこの駅まで、あなたに会いに来たんです。
「なんかね、霊体になるとね、素直になっちゃうのよね。人間だったら、遠いところからわざわざありがとうねえ、とか言ってあげられるかもしれないけど。ま、でも、片道十五分ぐらいでしょ?」
 うぐぐ。たしかにそうだ。そんなに遠いわけでもない。でも毎日来るのはそれなりに大変な距離だ。
「劇的なことを言ってほしいって気持ちは分かるわよ。だって死者に会いに来たんですもんね?」
 そこ、寒くなんですか。とぼくは聞きそうになったがすぐやめた。だってそんな固い墓石の上になにも敷かずにそのまま座るなんて、絶対冷たいに決まってる。雪で濡れそう。でも半年前に亡くなった先輩は、鳥肌ひとつ見せずに微笑んでいる。
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ななし@e0ee0d
すごい
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せつない
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ななし@eb937f
とても好きです うまくいって欲しい方じゃなく、何気なく投げてしまったものが……というやらせなさ……
79:56
ななし@eb937f
やるせなさ……
114:10
ななし@a6d5c7
クーピー大丈夫です!
177:04
ななし@a6d5c7
おめでとうございます!
239:57
ななし@dfe6ca
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初公開日: 2020年12月18日
最終更新日: 2021年05月06日
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