口に含んだシャンパンはもちろんノンアルコール、本物よりもずっと甘く、また薬のようなその味わいに騙されたような気がしてくる。ここは羽風家も参加するカウントダウンパーティーの会場。数多の金持ちが話題に花咲かせ、今後の策を張り巡らせ、いや純粋に楽しむものだっているのかもしれない。だってもう年の瀬、その中でも今日は大晦日なのだから。
「羽風さん家の、弟くんの方かしら? ……ふふ、まだ未成年だものね。こちらをどうぞ」
「はは、お恥ずかしい限りです。どうも」
家格も同じぐらいの女性から丸い玉をひとつ渡される。口の端で微笑みながら横を通り過ぎる彼女がどこの家の誰か、そんなことすらしっかりと頭に入っている己の浅ましさを呪いながら、手元へ視線を向けた。真ん中にころんと陣取るのはチョコレート。上等な包み紙を開き、舌に乗せる。体温でゆっくりと蕩け出すそれが存外好みのフレーバーで、ミントのきいた舌触りのままベランダへと抜けた。
師走の風は肌を撫でるけれど、喧騒と熱気で暑すぎた室内から出てくる分にはちょうどいい。チョコレートの中から溢れ出るリキュールへ少し気分を傾けながら、疲れを少しため息へのせた。
星奏館に住まう人間も、盆暮れ正月は流石に皆帰省する。俺はできれば帰りたくなかったけれど、このパーティーもあるし、それに世間体を気にする父や兄が俺を連れ戻さないわけもなく。姉に会えるかもの小さな期待込みで実家へ帰り、絶賛後悔中だ。お姉ちゃん、いないし。
ちらりと振り返り、遠くに見える父の姿にまたもやため息をついた。あーあ、そんないかにも金持ちらしい貼り付けた笑顔、似合わないよ。その斜め後ろでちゃんと『羽風』の顔してるお兄ちゃんも。でも、この場にそぐわないのは俺の方だから、きっとあっちが正解なんだろうな。
今夜の月は丸くもなく、また三日月でもなく。半分に欠けたところから幾日か分だけ痩せ細った姿。俺はあんまり月とか詳しくないから、あれが上弦なんだか下弦なんだかは分からないけど。微妙な気分のまま眺めるにはちょうど良い、微妙な月だ。
ポケットに入れたままの携帯をおもむろに取り出す。何か見るでもないけど何気なしに弄って、何となくで耳元に当てて。
『あれ、かおる?』
「……は、奏汰くん?」
いきなり聞こえてきた耳馴染みのある声に、俺の方が驚いてしまった。あれ、なんでだろう。思わず画面を見るときっちり通話画面。もしかしてリダイヤルかなんか押してしまったのだろうか。そういえば最後に電話したのは奏汰くんだ。昨日の昼、元旦にでも部室の様子見に行かないかって誘われてたんだっけ。
「うわぁ……、ごめん奏汰くんこんな夜遅くに。もしかして起こしちゃった?」
『いいえ〜? ぼくもおそとにいましたので』
「えっ、そうなの?」
たしかに耳を澄ませば背後ではざわざわと人の気配、たまに指先何本か程度遠くなる声。人混みを歩くのが苦手な君が、誰かにぶつかっては謝る。
「奏汰くん、どこにいるの?」
『えっと、『はつもうで』にきてます』
「誰と?」
『ちあきと、です。あぁもちろんおそいですからね。こどもたちには『ないしょ』です」
「あぁ……」
なるほど、どうりでこんな時間に出歩いてるのか。奏汰くんのおうちってそういうの、夜に出歩くとか、厳しそうなんだけどな。それももりっちと一緒にいればオッケーってこと。監視役っぽい三毛縞くんもいなさそうなところをみると、守沢千秋ならいいってことか。へぇ、やっぱり信頼されてるんだね。
「ふーん」
『かおるも、きたかったですか?』
「まさか、男となんて……。嘘、まあちょっとだけ楽しそうだなってぐらい」
『じゃあこんどはかおるも』
「うん、まあ、行けたらいいよね」
短い会話が頭の上を行ったり来たり。俺が軽口を叩くと君も同じぐらい軽く、少し言葉をつまらせると殊更ゆっくりと返す。
行きたかったって、まあ楽しそうだなって思ったけどさ。そうじゃなくて、なんだろうこのもやもやした気持ち。奏汰くんだって楽しそうだし、いいじゃないか。別に今の俺の状況と見比べて、いいよねそっちはなんて僻んでいるわけでもなし。だめだ、考えるほど訳わかんなくなっていく。
喧騒の中、奏汰くんの声に耳を澄ましていると、途端にわぁっと騒がしくなった。みんなで声を合わせ、ひとつずつ数を数え──。あれ、もしかして。
「待って奏汰くん、もうカウントダウン始まってない……? あれ、っていうかもりっちは?」
『わあ〜ほんとうです〜』
「いやもりっちは!?」
えへへ、とか浮かれた声の奏汰くんへ当たり前の質問をようやく投げかけた。忘れてた、平和に話してたけどそういえばもりっちと一緒じゃん。なのにこの子のほんわかとしたペースにつられて随分と話し込んでしまった気がする。折角初詣なんだし、年越しぐらいはふたりで顔を見合わせて「あけましておめでとう」ぐらい言ったほうが、うん、いいだろうし。
『ちあきはですね、はぐれました』
「は、はぁ!? いやそれ大丈夫、っていうか先に言ってよ!」
『まあまあかおる、おちついて〜』
「落ち着いてられるか!」
背後の声はだんだんと大きくなる。そんな大きい数字から数えるのってぐらい遠く離れていた秒数は、耳馴染みのあるカウントダウンへと近づく。そんな、こんな慌ただしい気持ちのままあと十秒。
『じゅう、きゅう〜』
楽しそうな奏汰くんも同じく数え始める。「かおるも、ほら」ってけしかけられれば訳もわからず口を開いて。
「はち」
『なな〜』
「ろ、」
ぶつり、とそこで音声は途切れた。
「え、あれ」
携帯を見ると二十分程度の通話記録。俺がほっぺたで終話ボタンを押してしまったんだろうか、それとも君がまた人にぶつかって、とか。再度鳴らない画面、発信履歴の「深海奏汰」をじっと見つめる。君の顔が頭に浮かんで、それは数秒程度消えなくて。
「なにやってるんだ? 早く中に入ってこい」
声にぱっと振り向くと呆れ顔の兄がいた。ガラス戸の向こう側では皆が乾杯し、口々に「おめでとう」の応酬を繰り広げる。あれ、いつのまに年が明けていたんだろう。
ぶるる、と手元が震える。待ち望んだ君の名前、でも俺はもう兄にスーツの裾を引かれパーティーの中。ポケットに無理やり仕舞い込まれた端末が、君の名前を表記したまま幾度か振動を伝え、何回目かの合図で消えた。
頭の奥がどこかふわふわと浮いて、置き去りの気持ちで新しい年を祝う。ついていけない気持ちのまま代わる代わるの挨拶を、それでもちゃんと『羽風家の子』の笑顔で乗り切ることぐらいはできるけれど。今日ぐらいは、と勧められたアルコールを今度は断れなくて、なんとなしに口へ招き入れてしまった。ぷかぷかと浮かぶ酔いがいつもより早く回って、心臓をほんの小さな力で締め付ける。
奏汰くん、いつのまに年明けてたね。君は最後の五秒間、なに考えてた? もりっちとはぐれていて、人混みの中で、突然切れた電話にきっと戸惑って。ねぇ、直前まで俺の声聞いてたでしょ。君は一体、なにを思っていたんだろう。
繋がらない電話と同じように、自らの心もいまだはっきりとはしないままだ。それでも、ひとつコール音で電子の糸がふたりを結んだみたく、気付いてしまう気持ちもあったわけで。
年の最後の五秒間、俺が奏汰くんを電話の向こう側に探していたように、君も俺のこと考えていたとしたら。そうだったら、ちょっとだけ、ほんの数程度の気持ちでそうだったらいいのに、なんてね。
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リアルタイムワンライ お題:「カウントダウン」
初公開日: 2020年12月29日
最終更新日: 2020年12月29日
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企画 開催終了
リアルタイムワンライ、お題:「カウントダウン」にてかきます
ジャンルは「あんさんぶるスターズ!」、カップリングは「奏薫」です
5
リアルタイムワンライやるよ
レオ司、お題は「流血」です。あれな感じなのでなんでも大丈夫な人向け
企画
真夜中
5/24用にょたカーチハをざっくり書き始める
開始一秒でか〜とがにょたです お気をつけあそばせ5/24爆走スペースウェイで頒布予定
無題