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「マモル―――、心はなんだと思う?」
 春先。小学一年生になる前日、マモルの父はマモルに『心』を問いていた。
 いくつかある中のこの部屋畳の部屋は意外にも正面から日を受ける位置にあり、昼間である今はポカポカとした空気で、大変気持ちが良い気分になれる。
 そこでうとうとしていたマモルに父はその不思議な問題を投げかけた。
「しんつぉうのこと?」
「心臓?」
「そう! しんつぉう!」
 間違った発音を意気揚々と放つマモルに父は微笑む。
「ちがうちがう。いいか、マモル。心ってのはな―――………」
✢ ✢ ✢ ✢ ✢
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――」
 叫ぶと共に、冷たくなるのを感じていた。冷たく、冷たく、冷たい。どう転んでも冷たい。どう進んでも冷たい。
 徐々に視界を狭めさせ、見たくないものに目を瞑り、そして冷たくなる。
「―――ぉぃ―――……」
 冷たくなれば、何も聞こえなくなる。だから冷たくなる。
「―――ぉぃ―――……」
 冷たくなれば、何も感じなくなる。絶望も、それ以上の辛く苦しい感情も、何一つ感じなくなる。
 ―――だから、冷たくなる。
「スゥー……。いい加減に、しろおおおォォォ!!!」
 永遠に冷たくなりかけたマモルに、外界から大きな一撃が加えられた。
 大きな声と共にマモル頬にはじんわりとヒリヒリとした感覚が生まれる。紛うことなき痛みである。そしてその一撃が、冷たくなりかけたマモルをゆっくりと温かくしてくれる。
「聞いているのかおい!」
 胸ぐらを掴まれて揺らされる。揺らされ視界が乱雑になるマモルであったが、その目はある一点のみを見つめていた。
 それはアミの腕である。現在マモルの胸ぐらを掴んでいる左腕ではない、もう片方の腕。
 結果からして、アミの右側には腕と呼べる物が存在していなかった。だがしかし、血は既に止まってあった。
 腕が根元から綺麗に切断されれば、出血を止める事が至難の業である事は、経験した事が無い者でも容易に想像がつく。
 それでもなお、アミの腕からは一滴も血が溢れて来ない。
「いい加減、私の目を見ろ心鬼 守! 今一度問う。君は、何がしたい? 君は、なんの為にここに来た?」
「仇を、討ちたい。仇を、討つためにここに来た」
「なら立て! いつまで座っているつもりだ? 立て! 立って戦え! 相手が女かどうかは関係無い。あれはお前の両親を殺した吸血鬼だ。悪の化身だ。君が討たなければならない存在だ!」
 アミに揺らされながらマモルはアミの言葉に耳を貸す。本当に最もな事を言うアミに対して、相手が女である事だけで攻撃を止めた自分がマモルは恥ずかしくなる。そして情けなくなる。馬鹿らしくなる。
「そうだよ………。俺は何を迷っていたんだ………。アミの、お前の言う通りだ。クソッ! 一応だ。感謝を言っておく。けど一応だからな! ありが―――」
「―――話は終わったか? 腑抜け共」
「まだ終わって―――ぇ―――…おぃ………。それ………なに………して………」
 マモルは後悔をしていた。
 再び敵から目を反らした事。そして―――。
 そして、―――アミの腕の行方を確認しなかった事。
「ふむ。やはり不味いな。私の舌には雑種は合わん。竜も少しは残しておくべきだったか………。まあ、今の私が後悔しても過去は変わらんがなぁ」
 アミの腕を淡々と喰らい、感想をこれまた冷酷に述べる吸血鬼に、張本人であるアミは勿論の事、マモルでさえ何か言う気力を失う。
 そしてやっとの思いで出てきたのは、
「なん……なんだ………。お前はなんなんだ………」
 ガタガタと震わせる口元に無理やり力を入れて、マモルは感じた思いをそのまま言葉に出す。
 それは形からすれば質問のそれと同じになる。しかしマモル自身、その言葉は感情そのものであって質問ではなかった。
 なかったが、質問された本人はそれが嬉しかったのだろうか、意気揚々と所々かじられた腕を雑に捨て、両手の平を黒く染まる空へと向ける。
 そして不快な笑みを浮かべ、自分が何たる者なのかをはっきりと印した。
「いい質問だ。実にいい。よし、聞かせてやろう。―――私こそが吸血鬼の始祖。王である。この地に存在する吸血鬼、貴様の様な半魔の――親、という事になるなぁ」
「始祖? 王? 親? それがなんだ………? だからなんだ? どうしてお前はこんな事をする? お前の目的はなんだ? なんなんだ?」
「知らんのにここに来たのか? あ……、そうかそうか。お前の父親は私が殺したんだったなぁ。それはすまなかった」
 謝っているようで、謝っていない。形ですら謝罪に含まれないそれを放って置いてまず言いたい事があった。
「母さんも、だろ………」
「あ?」
「お前が殺した人の内に俺の母さんも入ってるだろ! 罪、償え………。いや、俺が償わせてやる」
「あー、待て待て。貴様勘違いしてるぞ。私は一度も貴様の母親を殺していない」
「は? 何言って………」
 ここに来て吸血鬼はマモルの母を殺していないと言い張る。
 最初こそはマモルも嘘だと思っていた。だがどうだろうか。マモルの父を殺したと自ら言う。そして目の前の吸血鬼が殺す殺さないで嘘を言うとは考えられなかった。
 だからこそ、その事実を正面で受ける事を躊躇する。しかしそれが事実であるとマモルが素直に受け入れようとした時、吸血鬼は再び不快極まりない笑み浮べる。
「殺してない………。ただ―――食っただけだ」
「何だそれは………。食った? 食ったも殺したも一緒だろ……」
「なぁにを言ってるんだ貴様は。馬鹿か? やはり半魔は半魔だなぁ。知能が著しく低過ぎる。…いいか? 貴様は牛や豚の肉を喰らうとき、いちいち殺してるなどと言わないだろ? 腹が減って、かじりついて栄養を取るとき。その時貴様は食ったと言うだろ?」
 ニヤリと口角を上げ嘲笑うかの如くマモルを下に見る吸血鬼。
 マモルの目にはそれが生物の形をした魔に見えた。負の感情。奥底に眠る人の負の感情を一気に凝縮した物体。それが目の前の存在であるとマモル感じ取った。
「そもそも殺すに値しないのだ。あーこの話はこれでおしまいおしまい。さっさと後ろの使えぬ雑種を退かせ。邪魔だ。これは命令だからなぁ。待ってやる。時間を掛けたら殺すがな」
 マモルは静かに後ろを振り向く。その間違った行動に最初こそはアミも怒ろうとした。だがしかし、その感情は一気に冷める。
「わ、私は大丈夫だ。自分で歩ける。大丈夫だ」
「―――そうか………」
 その低い声がマモルの口から発せられた時、その会話は終わる。
 アミは無くなった左腕の根元を強く締めながら後方へと、邪魔にならない位置に。そして対象に届く範囲ギリギリの所で座った。
「さぁ! 返してもらうか! 千年前5つに分けた内の1つの力を!」
「返せって言われて、本当に返す奴が居るか? まぁ俺にとってはそんな事どうでもいいんだよ。力がどうとか、返す返さないとか、そもそも何をって思うけど、全部どうでもいい」
「どうでもいい、か。無関心。まるで抜け殻のような発想だなぁ」
「無関心? 違うな。俺はただ聞きたいたけだ。お前を殺す前に」
「クッ! クッハッハァ。これは、これは! センスのあるギャグだなぁ。お前を殺す前に、かぁ〜。良いだろう、答えてやろう。ここまで私を不快にさせたのはお前が初めてだ。答えた後に殺す」
 怒りなのだろう。爪を光らせ質問を待つその姿は待っているという言葉とは似ても似つかぬ存在。すぐにでも遅いかかり、殺そうと、そう顔に書いているようにマモルの目に映った。
 だがしかし、そんな事はマモルにはどうでもいい事。
「なんで俺を、10年前に殺さなかったんだ? 10年前、目の前に居たお前は、俺と目が合った途端姿を消した。あの時お前は俺を殺せた筈だ。何故俺を殺さなかった?」
 マモルの意思を未だに堰き止めていたのはその謎だった。ここまで来てもなお、マモルは一つの希望にかけていた。
 目の前の吸血鬼が本当は人を殺すのを躊躇している。殺すのには理由があると―――。
 まったく馬鹿な発想である。もしアミが心を読める能力を持っていたなら、今にでも殴られそうな、もしくは罵倒されそうな内容であった。
「なんだ、その事か。ふむ、先に貴様が言った『目的はなんだ』に対する回答も含めてしてやろう。理由もなく殺されるのは食料のみと決まっているからなぁ」
 『食料』が何なのかが分かってしまう自分に嫌気が刺す。
 いや、嫌気を刺す対象が自分にならまだ良かった。既にマモルは誰にどのような怒りを向けているのか分からなくなった。
 吸血鬼が言っている言葉はおかしい。おかしいと思うが、理に適っていると思う自分が居る。その考えがおかしいと思う自分も居る。そんな馬鹿げた論争で目の前の敵を見失うなと叫ぶ自分も居る。そして―――。
 その全てを否定する、目の前の吸血鬼は悪人では無いと主張する自分までも存在する。だからこそ目の前の吸血鬼の答えを待っていた。
 単純な話、引っかかった物が取れたら全てが解決し、自分が一つになると思ったのだろう。
「私が力を5つに分けた内の1つ。貴様の中に入っているのは『心』だ。貴様を殺さなかったのは貴様が子供だったからだ。子供は心が未熟。故に貴様を殺したところで私の目的の『心』は手に入らないという訳だ。だから私は貴様を泳がせた。心が成長するまでなぁ」
 複数の感情が自我を持ち、それぞれの答えを導こうとしていたマモルの自分は、すんなりと一つになった。何故なら方針が一つに固まったからだ。一つしかない。たった一つ。
「貴様の父親が貴様に力を受け継がしておくとはな。おかげて遠周りをする事になった。………どうした? まさか私が良心で貴様を生かした、などと場違いな事を思っていないだろうなぁ」
「そんな事、今は考えていない。ただ安心してるだけだ」
「安心?」
「あぁ。お前を心置き無く、―――ぶち殺せることにな」
「殺す? 逆だろ逆。貴様が殺される立場なんだよ。『円柱黒鉄』」
 再びマモルの目の前で奇怪な事が起きる。
 吸血鬼の手からは長く、そして掌サイズの太さの円柱状の黒い物体が生成される。
 普通なら手品と言われても納得できないほど奇妙な現象で、一般人なら見ただけで腰を抜かすものであったが、マモルは直ぐに戦闘態勢に持ち込む。
 その対応の速さは初めて襲いかかってきた炎の時のそれとは違う物。本能では無く理性である。
 目の前の敵に、理性で立ち向かおうとしているマモルの脳味噌は慣れてしまったという事になる。
 ―――この、イカれた空間に。
 故にマモルの脳も既にイカれている。
「貴様も覚えているだろ? この円柱を! 貴様の父親を殺した物と同じ素材だ。喜べ! 父親と同じ土俵で死ねる事を。そして後悔しろ。その父親の子供であった事を」
 言わなくてもいい事をサラリと言う吸血鬼は、そのまま黒い物体を右手で掴む。そして投げる姿勢をとった直後、その物体は音を置いて行き、マモルの間合いまでコンマ数秒で迫ってくる。
 音を置いて行くということはつまり、音速を超える事。勿論銃弾より速いそれに対応する事など不可能。
 イカれた奴以外は不可能だ。
「意外と………脆いんだな。黒鉄だって? これじゃあ砂鉄だろ」
「貴様、何をした? 普通なら半魔のお前では反応出来ない速さの攻撃だった筈だ。いや、その前に貴様の拳が先に砕けている筈だ………」
「………」
「意地でも答えんか………。ならば殴り殺すまでだ」
 一つ息を吸って、吸血鬼は地面を軽く蹴る。だが勢いは大きく先程の黒鉄よりも素早くマモルの前まで来る。
 そして流れるように後ろから前へと既に握ってある拳を振るう。
 本気を出していないと言われれば確かにそうも見える。攻撃に入る形からして準備運動のそれに近い行為だった。
 だからと言って敵は吸血鬼。常識という言葉から最も遠い存在である奴の攻撃は人間からしたら目で追えるスピードではなかった。
 しかしマモルはそれに反応した。同じ威力を吸血鬼にぶつけながら。次に来る左から右にかけてのフックも同様に、その次に来た右足から繰り出されるローキックにも対応する。
「なるほどなぁ。貴様、私に攻撃される直前に本能と入れ替わっているな。目で追い認識してから反応してでは力も速さも大元から出てこんからなぁ」
「ふっ。なんだ悔しいのか? だが例えそれを知ったとしてもお前の攻撃は俺には届かない。残念だったな!」
「残念なのは貴様の方だ。貴様は本能を完璧に使いこなせていない。現に貴様からの攻撃が一つも無かった。それはお前が己の死を感じて初めて本能と入れ替われるからだ。対して私はどうだろうか? 貴様が持っていない力を持っている。そしてたった今、最高の手が思いついた。燃やす」
 痛い所を突かれてその事に対して押黙る他無かった。実際マモルが本能との入れ替わりを認識したのは黒鉄が飛んできた際の事だった。さらにそれが攻撃される直前しか替わらないことも、本能と入れ替わらなければ太刀打ち出来ない事も、マモルは気付いていた。
 だかしかし、
「何言ってんだ。俺にお前の炎は効かない。最初と同じように土煙で消してやる」
 強がったものの、消せるという訳で、次に攻撃を繋げられるという訳ではない。だがそれでも、いや、それだからこそ、攻撃がマモルには通用しないという事を吸血鬼の脳内に覚えさせる必要があった。
 だがしかし、マモルの些細な心理戦を吸血鬼は笑み一つで破る事となる。
「何がそんなにおかしい?」
「いやな、貴様の考えが浅はかすぎて笑ってしまっただけだ」
「浅はか? 何言ってるんだ? 俺がさっきやった事を言ってるだけだろ」
「私は最初に言った筈だ。挨拶だと。最初のは挨拶だ。だが今度は違う。今私が持つ3つの力を練る。膨大な力故、少し時間が掛かるが貴様は動けんよなぁ。もし攻撃をしたら殺されると分かっているから」
 まさにマモルの考えは浅はかであった。心理を逆手に取られて、攻撃出来ないようにされる。
 吸血鬼が言っている事は嘘かもしれない。本当は力を練るときは身動きが取れなくなるかもしれない。その可能性があったとしてもマモルは動けないでいた。
 攻撃する時は本能に替われないからだ。
「ああ、そうだ………。思い出した………」
 吸血鬼がその右手に宿す、黒く禍々しく光る球体を前にして、マモルはある事を思い出していた。
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―――
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 マモルの色の無い顔を見た後、アミは悟ってしまった。反抗的な態度を取ってしまった殺られると。実際マモル自身がそう思っていた訳ではない。だがあの時アミは初めて間近で恐怖を感じた。
 自分の後ろに死があると思わされる恐怖を―――。
 ―――時間軸は少し前へと遡る。
 アミはマモルの顔を見て、自分から後方へ下がる事を決めた。だがしかし、それは最低限度である。邪魔にならない所なら最適な所は他にあった。だがここへ来た目的は邪魔をする為でもなく、邪魔になる為でもない。
 戦う為である。
 だがしかし、見ての通り右腕を根元から削ぎ落とされたアミには立つことも歩くこともやっとの状態で、体を大きくねじる動作は不可能であると自分自身がよく分かっていた。
「くそっ、血を出し過ぎた………」
 地へ腰をつけると同時にアミは自分の体に愚痴をこぼす。地面の土はやけに冷たく感じる。原因はアミの体にあった。切られたことによる発熱。それが一層アミの脳にダメージを与え、頭の回転を悪くさせる。
「光………。私は光が無ければ無能だ………。逆に光があれば戦える………。だが最初の時………、あの炎の光のエネルギーを吸取れなかったの何故だ?」
 口に出した所で誰かが答えてくる訳ではない。だが現在正常に動かない脳内でその事を反復させても負荷をかけるだけと思ったので敢えて口に出す。
「分かっている………。一度反応したのは分かっているんだ………。一度………。まずい……、目の前が……、一度……、エネルギーが………」
 独り言の音量は徐々に小さくなっていき、弱く、脳が正常に動いていない様を表していた。だがアミは一つの言葉が頭に引っかかっていた。そしてその言葉を今度は脳内で反復する。
『一度………反応した』
「―――ガッ!」
 掴めそうと思った瞬間、脳の限界が訪れる。限界が訪れてからアミの考えは確信に変わる。
 そう、分かったのだ。何故エネルギーが吸取れなかったのかを。
「フンッ―――!」
 ここで本当に気絶してしまったら、ここへ来た意味が無くなる。そう感じたのだろう。考えるより先に体が動く。
 アミは自分の頭を地面に叩きつけた。それは一回だけではなく、二回、三回と続く。そして何回か叩きつけた後、ようやくそれは止まった。
 頭からは血が数滴垂れる。頭から血が垂れてしまえば多くの者は体が怠くなり、やがて気を失う。だがアミの場合、この場合に置いては逆だった。
「はぁ! そうか! 一度だ! 一度なんだ! つまり私が狙うのはその一瞬! なんて、無茶なんだ………」
 テンションが上がったり下がったりをする。タネがわかった事に対して喜びを出すが、そのタネがあまりにアミにとって不利な物である事に絶望に似た気分になる。
 だが絶望では無い。力になる可能性がアミにも出来たからだ。
 竜人であるアミの力は二つ。
 一つは、光を浴びる事によって力が強くなるもの。これは光の大きさ、または光を構成するエネルギーの大きさに応じて変化する。つまり暗闇の中に居る現在のアミはただの人間以下である。
 もう一つは、光エネルギーを吸ってそのままエネルギーを自分の物にするもの。貰い受けたエネルギーは使い方さえ知っていれば、知っている効果は自由に出せる。
 アミが活躍出来るのはもう一度吸血鬼が自身のエネルギーを使って攻撃をする時。
 そうしてアミはその時に対応出来るように視野を広くする。
「―――! マモルが吸血鬼と互角にやりあってる………!」
 それは吸血鬼とマモルが殴り合っている所だった。正確に言えば、
「いや、吸血鬼の攻撃をマモルが防いでいるだけだ。全然マモルから仕掛けようとしていない………。やはり、止めるしか………」
 ……………そしうして……………
「……………今私が持つ3つの力を練る。膨大な力故、少し時間が掛かるが貴様は動けんよなぁ。もし攻撃をしたら殺されると分かっているから」
 吸血鬼がマモルと距離取り、力を練る態勢に入る。
「―――取る!」
 アミも同じくエネルギーを吸い取る態勢になる。
 アミの勝利は一瞬を制した時に決まる。一瞬、ほんの一瞬のスキに全てのエネルギーを吸い取る事はアミの性格上困難な行為であった。
 だが今はやけに目が冴えている。流れる風の動きも、その風に揺られた草木も、その全ての雑音がアミの耳に入らなくなる。
 集中しろと、言葉に出さなくとも、頭の中で反復せずともそれは今成し遂げられている。今はただエネルギーを取ることのみ。
 そうして、吸血鬼の右手から闇より黒い球体が生成される。
 アミの力は光からエネルギーを取る。それが闇より黒い物だとすると………。
「違う………。光ってなくとも必ずエネルギーは存在する筈………。来い―――、来い―――、来い―――。―――! ………来た! エネルギー変換しろ! 自分の回復に使うな。全て吸血鬼に向けて使え。自分が襤褸を出したんだ。甘えるな私!」
 その一瞬をアミは制した。一瞬を制したアミは奪ったエネルギーを一つの効果に変換する。勿論エネルギーを取られた吸血鬼も取られた事に気づく。
「力の源が吸い取られる………。―――! リュウジン! やってくれた―――ぅなッ! う、うごけ……ない……!」
 一瞬のすきにアミは力を使う。それは奇襲の為にもなったが、最もな理由はそこではない。
 アミにとって奪ったそのエネルギーは身に余る物だったからだ。言い換えれば長くそのエネルギーを身に留める事が不可能。膨大故暴走して、アミの体が壊されると脳より先に体が反応してしまった。
 つまりそれはアミの意思ではなく、アミの体の意思である。
「今だマモル! 動けないすきに殺せ! 何処をやれば良いか分かるよな? 残念だが私からは言えない! 兎に角直ぐにやれぇ!」
「―――ああ」
 アミが吸血鬼の急所を言えない理由を知っているマモルは一言返事をしてそのまま吸血鬼の元へ近づく。
 その足取りは速いとは言えなかった。寧ろ逆で遅い。
「金縛り………か。これは奴の力か? 竜人………。甘過ぎるなぁ。体は動かんが、口と源の動きは止められなかったようだな。そして竜人は私に力を使っているから源を奪われる心配はない。圧縮。高圧縮。『開闢魔弾』」
 高圧縮された吸血鬼のエネルギーは拳程になった後、吸血鬼の手から放たれマモルの方へ飛んでいく。
 高圧縮されたエネルギーの塊は重く、さらに自らのエネルギーでどんどん加速する。
 その化け物じみた攻撃をマモルは右手で作った拳一つで粉々に粉砕する。
「緑だ………」
 遠くのアミからは、マモルの拳が緑に光るのを確認した。
 そしてその光にはきちんと流れていた。アミが言うエネルギーという物が。
「おかしい。おかしいぞ。いくら貴様が本能と入れ替わろうとも、今の攻撃は防げない筈だ……。貴様何をした?」
「俺には心がある。だから効かなかっただけだ」
「『心』だと!? 例え貴様がそれを使いこなせても―――」
「違う! 心だ。お前が持っていない、ここにある物の事だ」
 そしてマモルは己の心臓に拳を当ててそう言う。思い出してしまったマモルにはそれが懐かしい行為であった。
「心だと? それが何に関係するんだ!」
「教えてやるよ。………心っていうのはな―――」
 そうしてマモルは吸血鬼に近づいて、拳になっていない右手を引き、指先まで力を込める。そしてそのまま前へ突き出す。
 案の定マモルの指は心臓の所まで届き、そしてその勢いのままマモルによって掴まれた心臓は外界へと無理やり引き出される。
 そしてそのままマモルは口を開く。
「「心ってのは、仲間を守る力だ」」
 勿論それはマモルの言葉であった。だがもう一人、マモルの声に被せて言った人物がいる。
 それは力を使い果たして動けなくなっているアミでは無く、また天国にいるマモルの父でも無い。
 現在マモルに体を貫かれている吸血鬼であった。
 意外な人物の意外な発言に、未だに吸血鬼の心臓が波打っている事を一瞬忘れる。
「なんでお前がそれを知っている………」
「それは、その力は、君の物でも私の物でも無いからさ」
「―――!」
 心臓をつき抜かれ、何故まだ喋っていると、その不可解な事柄よりも先に、目の前の存在は一体誰なんだと頭の中のマモルは疑問に思う。
 まさに別人という言葉が似合う。
「私は二度も罪を犯してしまった………。戻らぬ命を幾つも………。罪滅ぼしと思ってやった結果もこうなってしまうのなら、私は同仕様もない咎人だ………」
「おい、待てよ………。咎人かどうかなんてどうでもいい。どうなろうと失った者は戻らない。けど何だ? 罪滅ぼし? これの何処が罪滅ぼしなんだ! 言え! 答えろ! お前は何だ―――」
「―――千年前だ。長くなる。それでも君が、私の心臓を潰さないでいてくれるのならば、全てを話そう。私の事と、君が持つ力について話す」
「ああ、聞いてやる………」
 ねっちょりと心臓にこびりついていた肉片がマモルの腕を伝い、そしてある程度纏まったらその血液が地面へと音を立てて落ちる。
 心臓は一定の速度で動き、生きているとマモルへ常に伝えていた。吸血鬼の体に貫通しているマモルの腕は、包む血肉によって不快な思いになる。
 それでもなお、マモルはその心臓を潰そうとはしなかった。その話を聞く為に。
「千年前、私には4つの力があった。『目』『脳』『肉体』『心臓』。そして私はその4つの力で多くの種族をこの手にかけてしまった。人間、竜、竜人、同族の吸血鬼………。他にも色々と。その殆どは私が滅ぼしてしまった。だがそんな悪魔のような私より強い奴と出会った。その人は人間だった。彼は私より強いにも関わらず、罪を犯し続けていた私を殺さなかった。その事が私には不思議で、それでまある出来事がきっかけでわかった。―――私は他種族や同族から狙われていた。そして、秘密裏に暗殺計画が進行していた。流石の私でも数と力の暴力に死の一歩手前まで追いやられた。その時だった。人間である彼は、たった一人で自分の命を引き換えにして守ってくれた。その時ようやく分かったんだ。彼が強い理由を。そして私の中に人間の心が、彼の心が宿った。宿った所でこれまでの行いが全て無かった事になる訳が無い。私を憎む憎悪も、私が奪った生も、何一つ戻ってこない。だから私は全ての力を一つ一つ封印した。千年後、誰かがその力を破壊してくれる事を願って。だが全て私が悪かったんだ。罪滅ぼしがこんな結果になったのも、全て私駄目だったんだ。だから君が私を殺してくれ―――」
「ふざけるなよ………。お前はまだ! ………お前はまだ謝ってないだろっ」
「ああ、そうだったな……。すまな―――」
「俺にじゃない! お前が謝る相手は俺だけじゃない。俺の事は後でいい。だから俺以外の、お前が殺した全ての人に詫びろ! 侘びて、謝って、それから勝手に死ね!」
 誰かに対して死ねと言ったのはこれで初めてでは無い。誰にだってそれは口から出る。ついかっとなってしまった時や、怒りを押さえつけられなくなった時とかにだ。
 だが今のマモルの発言は怒りで言った眉唾物では無かった。真実。マモルが心の底から思った真実の思いである。
「出来ない………」
「ああ?」
「それは出来ないんだ。そもそもこうして『私』が喋っているこの状況が奇跡なんだ。それは多分、君が力を使って私の身体を突き刺しているからだろう。もし君の力が切れたら、私はまた戻ってしまう。だからその前に、私を殺してくれ………」
 頼むようにそれを望む吸血鬼は、目を瞑る。覚悟は出来ているという表情。それがマモルにとって嫌だった。けじめをつけず、終わらせようとするその考えが。
「なら、俺が謝ってやる。お前が殺した全ての人に、俺が謝ってやる」
「何故だ。君がそれをする義理は無いだろ。私がした行いに君が頭を下げるのは間違ってる」
「義理はある。間違っていない。―――もし………、もし俺に『心』が植え付けられて居なかったら、あの時お前は心を取り戻せてたんだ。そうなっていたら、その後に死んでいった奴らは、死ななくて済んだって事なんだ………。だから、俺に頼め」
「分かった。君の気持ちを呑もう。端から私には拒否権が無い。だから、もう私を殺してくれ。最悪が起きる前に―――」
「ああ………。くそっ! 手が震えて………。なんでこんな時に………。握り潰せよ、おい!」
 だがしかし、マモルの右手はいう事を聞かない。これまで憎んで、恨んできた相手でさえも、今から命を奪うという行為に躊躇する。
 命を奪うという行為がマモルにとって恐怖そのもので、それが震えの原因だった。
 一向に進展しないその空間に、痺れを切らしたのは、後ろにいたアミでは無く、マモルによって体を貫かれている吸血鬼出会った。
 その声は酷く冷たい。氷河の奥深くに足を入れたような感覚がマモルを襲った。
「なんだ……。まだ心臓を潰せてなかったか、半魔のガキ。まぁ貴様には荷が重過ぎる行為だからなぁ。―――やっと動けてきた」
 そうして吸血鬼はマモルの右腕を掴む。ぎこちなさと力の弱さから、まだアミの効果かま効いているのが分かる。だがしかし、もう時期切れるのは確かだった。しかし未だに握り潰そうとはしない。
「いい事を思いついた。ここまで私を追い詰めたんだ。お前を殺す前に、まず竜人を殺す。次に後ろのメスだ。まだ生きているがお前の前で、じっくり、ゆっくり、ころ―――ガッ!」
「―――ぁ?」
 その瞬間だった。吸血鬼の口から血反吐が吹き出す。
 気付けばマモル無意識に右手に持っていた心臓を握り潰していた。手には先程の心音が消え、また心臓の肉片も消えようとしていた。
 そうして、吸血鬼がマモルの方へと倒れかける。それが、自分が殺した死体だと一瞬で気づいて、吐きそうになった。
 そして―――、
「ありがとう―――。君は、何も悪くない。だから心配しないで―――。それと―――」
 ―――その言葉は、吸血鬼の最後の遺言であった。マモルに、マモルだけに告げられたそれによって、壊れそうになった心が戻っていくのを感じていた。
 ここでようやく気付いたのだ。最後吸血鬼が演技をしていた事に。したくもない演技をマモルの背中を押すためにやったのだ。
「ありが―――」
 お礼のような言葉を投げかけようとしたが、そこには死体すら残っていなかった。
 
 ―――それは全てからの罰の様に。
 
 この日、吸血鬼の始祖は3つの力と共にこの世界から排除された。
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吸血鬼4
初公開日: 2020年12月23日
最終更新日: 2020年12月31日
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