「終わったのか?」
「ああ……」
ユミの事をお姫様抱っこで抱えるマモルは、見るからに瀕死状態のアミの前に立つ。
顔立ちは若干げっそりしており、明らかに血が足りなさそうに顔を青白くさせる。
更に悪いことに―――、
「―――グハッ!」
地面に血の塊の様な物を吐く。それは生き生きとした赤では無く、体内の奥底から出てきた赤黒い何かに見えた。
「おい! 本当に大丈夫なのか!? もう喋らない方が……」
「いい! 私に構うな。これは私の責任だ。―――それよりも、その少女の事を治せれるかもしれないんだ。その人は何でも治せるからな。運が良ければだがな……」
「本当か! 何処だ? いや、その前にお前の傷の方が大事だろ。おんぶしてやるからもう喋るな」
「私の事は構うなと言っただろ! ゴホッ!」
マモルに強く当たるアミからはまた血が出る。だが今度は手でそれを受け止めた。結果アミの手は血の色で染まる。
「君は君とその女の子の事だけを考えればいい。それに、今からそこへ行く。異論は無いな。早く行く事に越したことはない。また取り返しがつかなくなる前に……」
そうして左手でアミは自分の服の内側を探る。
そして取り出したのは一枚の紙切れだった。長方形のそれはチケットの様にペラペラで頼りない。
だがそこに書いてあったのはマモルの読めない文字。文字であるかすらも分からない物だった。
「私に掴まれ。飛ぶぞ」
「また飛ぶのかよ! けど今度はどこに―――」
そうアミの肩に手を伸ばし、肩に手が触れると、合図なしにアミはその地面に置いていた紙切れに手を当てる。するとそれは光出した。
「―――故郷へ」
そのアミの言葉と共に、あたりは一回暗闇へ転じ、そして再び木に囲まれた空間へと戻ってくる。
一瞬何が起きたのか確認出来なかったマモルはユミを地面に寝かせてから一度辺りを見渡す。
先程と変わらぬ光景の様に見えたが、ある一点のみが欠けていた。
それはこの場所に神社と鳥居が存在しない事。この二つの事柄がこの場所が先程とは別の場所という証拠になる。
「ここ何処だ……。―――? 人?」
辺りを見渡していたマモルは、目の前から人影が近づいてくるのを確認する。
その人影は影から徐々に人間の姿へと変わってくる。そして、はっきりとその容姿が確認出来る一歩手前まで来た時、その人影は姿を消す。
その代わり後ろから―――。
「良くもまぁぬけぬけとここに帰って来たわね。殺されに来たのかしら? 今なら私がその瀕死の体にトドメを刺して楽にしてあげても良いのよ?」
いつ後ろを取られたのか分からなかった。それは吸血鬼の攻撃にでも対応出来ていたマモルの五感が後ろの存在には効かないという証明になる。
まさに後ろの存在が吸血鬼と戦ったら圧勝するレベルにさえ思える。
「動いたら……殺すわよ」
マモルの行動を先読みしてか、後ろの存在はマモルを脅迫してくる。その殺すが誰に対してなのかマモルには分からなかったが、本当に殺る気であるとマモルに思わせた。
だからこそ、マモルは硬直する。
「安心しろ、マモル。こいつとは親友なんだ……」
「元だけどね。あんまり馴れ馴れしく呼ばないでくれる? はっきり言わないでも迷惑だから。……毒にやられたのね。惨めだわ」
会話の内容からして安心デキるものでは無かった。なにせアミが親友と言い張る相手の言動の全てが軽口でも嘘でもなく本当に聞こえたからだ。
ここに来て初めてアミの言葉に信用が持てなくなる。
「クロ、頼む。龍神様に合わせてくれないか……?」
「懐かしいあだ名ね。今呼ばれて虫唾が走るけど……。龍神様にお合わせさせるなんて嫌だわ。けどあの方が直々にお会いしたいとおっしゃっていらっしゃるの。仕方ないは、ついて来なさい」
そうしてようやくマモルは先程まで後ろで喋っていた人の顔を拝見する。髪色は黑で、片目がその髪で覆われている。現在の夜に同化しており、付いていくのもやっとであった。
それよりも衝撃的だったのが、瀕死状態の、アミを引きずりながら連れて行く事であった。
やはり親友とは呼べない光景に、マモルは若干顔を引きつりながら後を付いていった。
そうして連れて来られたのは広場の様な場所だった。広く、ただ広い。それがなんの為なのか、後で分かることになる。
その広場の中心に居たのは巨大な生物だった。人に似ても似つかぬ、ドラゴンみたいなその体。だが驚く事にその生物は人の言葉を使っていた。
「貴様が始祖を……。なるほどな」
「頼みがあるんだ! 何でも治せるんだろ? ユミと……、こいつとユミを治してくれ!」
そうしてマモルはアミを指差す。その行動にアミは目を丸くして驚く。
「治すのは構わん。私も貴様の願いは何でも聞くつもりだった。だが、貴様混じっておるな。私は今貴様が嫌いになった」
「は?」
「だが竜族の仇を打ってくれたの感謝する。だからとっておきの提案をしてやろう。―――一人だ。貴様が持っている娘か、そこで倒れている瀕死の娘か、どちらか一人を選べ。半吸血鬼の子供よ」
「おい! それはおかしいだろ。なんで二人じゃ駄目なんだ? 出来るんだろ? ならやってくれよ!」
「私は吸血鬼が嫌いだ。同様にそこから生まれた半吸血鬼の貴様を私は不快に思う。だから貴様の願いを素直に聞きたくない。だが同じ人間が交じるもの同士のよしみだ。もう一度問う。助けるのはどっちだ? これ以上は聞かんぞ」
これ以上言っても無駄だと悟った。己の心情や気分のみで行動を決める者に対してこれ以上なにか言った所で帰ってくるのは不可能の三文字だけであることは目に見えている。
だからこそ、マモルはその一瞬で思い返していた。
―――ユミとの、思い出を―――。
✢ ✢ ✢ ✢ ✢
マモルが両親を失ってから数日後の事だった。一人の女の子がマモルの家へ赴く。
庭が覗けるベランダで、一人空を見上げている男の子は何を考えているのか。
実際には何一つ考えていなかった。頭の中を開けば空洞であることは一目で分かるほど、幼少のマモルには何も無かった。
だからこそ、その時もまた空を眺めるだけだった。
このまま一生こんな空っぽな人生を送るのだと、そう思うまで至った。それはまるで死んだような人生。
だがしかし、一人の女の子はマモルに生きる全ての理由をくれた。
「マモルくん! あ、遊ぼ!」
マモル家の庭に突如登場したのは茶髪でショートボブな女の子だった。
認識は一応あったが、近所に住んでいる歳が同じという事しかマモルには知らなかった。
一、二回殆ど遊んだ記憶はあったが、それが何処の誰との繋がりで遊んだかはどうしても思い出せなかった。
―――多分思い出そうとしなかったから。あるいは本能的にストップをかけていたから。
「……誰」
「えっと……、同じクラスのユミ。覚えてない? マモルくん最近学校来なかったから心配で……」
「……誰」
「え!? えっと……」
その日の会話はそこで終わった。
興味が無かったと言えば嘘ではない。だが学校という存在を忘れていたマモルは一度思い返してみる。返してみてからマモルの記憶の中に目の前の女の子と話をした記憶が無いことが分かった。
だからこその誰―――。
その日はその女の子もそのまま帰っていった。
夕暮れになった頃、マモルはベランダから自室に戻る。
「そう言えば……、前にもクラスの誰か来たっけ……。誰だっけ……」
―――確か名前は……。
そこでマモルの頭は止まる。
「忘れた。……どうでもいいや」
誰かが来た。その誰かは一度来てから、二度と来なくなった。
理由は分からないが、きっと今日来た誰かももう来なくなる。
そうしてマモルは今日来た誰かを忘れようとしていた。
だがしかし、その誰かは次の日も訪れた。
「マモルくん! 遊ぼー!」
「……誰」
「だからユミだって! それより何して遊ぶ?」
昨日よりぐいぐい来るその女の子の存在は不思議に思った。黙っていても離れない。無視をしても一緒に空を見ている。
何が楽しくてそんな事をやっているのか分からないが、それは毎日続いていく。
そして雪が降り、積り、溶ける。
そして春が来た。
「マモルくん、学校一緒行かない?」
「……学校……」
行かなくなってから何日経ったのだろうか。分からなかったが、学校がどんな所だったのかすら分からなくなった。
「ユミも行ってるのか?」
相変わらずベランダで空を眺めていたが、マモルは隣に座る女の子の名前を覚えていた。
「うん! 一緒に登校しよ!」
明るくこちらに顔を見せるその表情でマモルはその学校とやらに行くことを決めた。
そうして次の日から毎日学校へ一緒に登校する様になった。
小学生が男女二人で登校するのは周りから酷くからかわれ、笑われた。だがマモルにはそんな事は気にしていなかった。隣にいるユミ以外の人間はただの背景でしかないと思っていたからだ。
だからこそ、それは毎日毎日毎日毎日続いた。だがそれが何なのか、マモルには分からなかった。
それが何になるのか、それがどこに繋がるのか、それが生きる意味なのか。
それら全ての疑問が最も膨れ上がったのは、マモルの両親が殺されてから一年が経つ日のことだった。
その日マモルの右手に持っていた物は刃物だった。
それを何処に突き刺してどの位突き刺せばどうなるかは容易に想像出来た。そしてまさしくその場で実践しようとしていた。
―――理由は無い。
「マモルくん? 何やってるの?」
心臓に突き刺す一歩手前で、後ろから聞き覚えの声がする。
「あ! 分かった! しょうがないから私がしてあげるよ」
ユミはマモルの意図を組んでくれたのか、近づこうとする。それにマモルは色を失った。
けどまぁ、死ねるなら。いいとも思った。どの道一人で死ぬのが怖かったマモルは、その日だけユミにあまえた。
「貸して」
ユミが手を出す所に包丁を置いた。勿論刃が付いている方ではなく、持ち手の方を向けて。
そしてそのままマモルは目を瞑った。向け入れる様に。
「ん? 目、瞑るんだ……。分かった。じゃあそのままにしといてね。直ぐ、終わらせるから」
そうしてその『直ぐ』という言葉を信用して待っていた。だがマモルが待つそれは一向にに訪れない。
「まだ、なのか?」
「そんなに直ぐに出来る訳ないじゃん。ちょっと待ってて」
―――心の準備だろう。
そう悟った。人の命を奪う行為がどれほどの物かを今現在体験しているのだろうと、マモルは勝手ながらに思った。
それをさせていのは自分で、その対象となるのも自分であるのに。まるで他人の様に考える。
いや、そこで気付いた。自分が自分に対して最も他人である事を―――。だからここで死んだとしても、悲しいとは思わない―――と。
ガタン―――!
静かにその時を待っていると、目の前から金属質の音画響いた。
「終わったよ」
「―――ぇ」
痛みも無ければ違和感も無い。現状把握の為ただ目を開けると、そこにはぐちゃぐちゃのオムライスがあった。
「これは……」
「包丁は、食材を切る為のものだからね。オムライス。美味しいよ」
その目の前にあったオムライスは見るからに不味そうだった。だが何故だろうか。口に運ぶと目から水が流れてくるのを感じた。
「そ、そんなに! 泣くほど美味しいかったの? 良かった!」
「いや……、泣くほど不味い……」
「え……!?」
けど何故だろうか。この涙は、舌が悲鳴をあげて出てきた物とは別の感じがした。
―――この日からマモルは誓った。自分やそれ以外を他人として生きる事を。そしてユミを自分の全ての生きがいにする事を。
―――生きて絶対に守ると、その名に誓った。
「そ、不味いなら食べなくていいんだよマモルくん? 無理しなくていいんだよ?」
「いや、食べる」
「なんで!?」
✢ ✢ ✢ ✢ ✢
「アミ……、悪いな」
「分かっている。謝らなくとも分かっている。だから私の事は気にするな。そして忘れろ」
マモルはアミに謝罪をし、そしてアミもそれを了承する。
そしてマモルは一度ユミをおろしてから、龍神の前まで行った。
「決まったか?」
「ああ、決まった」
「一瞬にして決めるとは、端から決まっていた様だな」
「…………」
「さぁ言え! 貴様の選択を私に聞かせろ! どちらかを捨て、どちらかを救う選択を!」
端からそれを楽しみにしていたと言わんばかりの発言であったが、助けてもらう立場であるマモルはただその選択を口にするだけだった。
「―――アミを助けてくれ」
その空間は一瞬にして静寂に包まれる。後ろに居るアミも、目の前にいる龍神も、マモルも。
「二度は無い。貴様の願いはそれでいいのだな?」
「―――いいわけあるかぁ!! おいマモル! ふざけるなよ! なんの為に―――ぐッハッ!」
「それであってる。それでいい。だから早くしてくれ」
「……分かった。つまらん選択だったな……」
そうして龍神は力を使う。その力は覚醒したてのマモルでさえ感知する事ができるほどの膨大な物だった。
最初から言って、マモルのそれとも、吸血鬼の始祖のそれとも、アミのそれとも、別格の力。―――力の中の力であった。
それが今、回復に使われていると知っててもなお、恐怖を与える物であった。
回復は一瞬にして終わる。
「おい……」
ゆっくりと、その体を持ち上げるアミには、腕がついていた。そしてその一歩で、完治しているとマモルにも分かった。
そしてアミはマモルの一歩手前までくる。そしてそのまま―――。
―――ゴンッ!
胸ぐらを掴まれ、頭突きを喰らわされた。
「おい……。なあ……。なんで! なんでだ!」
そこには、幼少マモルと同じように、目から水が零れていた。
「言え! 言え! なんで私を救った! なんでだ! 私を救ってなんの特がある! 君の目的はそこの彼女を救う事じゃ無かったのか? 私なんて君にとってはどうでもいい存在だろ!」
「ああ、お前なんてどうでもいい。くたばろうが、くたばろうが、どうでもいい」
「なら―――」
「前ならそう思ってただろうな。だが分かったんだよ。今日の戦いで―――。俺には心がある。だから、仲間であるお前を助けた」
しばらくしてから、アミは手を離した。そして、アミは膝から崩れ落ちる。その地面には数滴涙が落ちていた。
「本当に、いいのだな……? 私の事を仲間と呼んで?」
「ああ」
「同仕様もないクズかもしれんぞ、私は」
「命をかけてまで俺の事を助けてくれたんだ。それを仲間と呼ばないのは俺の心が許さない」
「君はもう取り返しのつかない事をしてるのかもしれないんだぞ。そこの彼女の事も」
「それに関しても、大丈夫だ」
「なんでだ! なんで大丈夫と言い切れる!」
なんで? それをわからす為には、一つの言葉で事足りる。
何故ならマモルは―――、
心鬼 守という男は―――、
「俺は世界一、諦めが悪い男だからだ!」