ああ
メモ
カレンダーに三回忌
1図書館・夕方
 誰もいない図書館で一人東(17)は本を読んでいる。
 その姿を後ろから、眺めている羽垣(17)。
羽垣M「東君はいつも本を読んでいる」
 ふと目を外し、東は読書席の方を眺める。
2教室・放課後
 教室に生徒たちが複数人残っている。クラスメイトの女子たち数人が話している。
クラスメイト1「ああいう感じは向いてないっていうか」
クラスメイト2「誰が話すのあいつとって感じだよね」
 東が本を片手に教室に来ると、女子たちはその場を去っていく。東、何も言わずに自分の机まで行き、いまだ本を読み続ける。羽垣、その様子を見ている。
3中庭・夕方
三隅「なんか嫌な感じ。どんな人でも、誰かの悪口言ってたら、途端に嫌いになるわ、私」
羽垣「わかる。三隅はそういうとこ良いよね。ズバッと考えれてさ。私は無理かも。ずっと思い返して、あーあの時どう言えばよかったのかなってさあ」
三隅「東君自体、別に嫌われてるってわけでもないし、ただずっと本読んでる印象があるから、誰も寄り付かないんだよ」
4公園・昼
 東、ベンチに横になって本を読んでいる。
5図書館
 図書館で羽垣は何かを探していると、図書委員の名札をつけた東が近寄る。
東「えっと、羽垣さん、だっけ。どうしたの? 何か探してる?」
羽垣「あっ、いや、なんでもないよ。ほら、もう見つけたし」
 羽垣の手には一つの小説がある。羽垣はその場から急いで逃げようとするが、東が「ちょっとまって」と制する。
 カウンターで、東が貸し出し処理を済ませる。
東「はい、どうぞ」
羽垣「ありがとう。私バカだね。貸し出すの忘れるなんて」
 羽垣が去ろうとする。
東「羽垣さん、本読むんだ」
羽垣「(立ち止まり、少し笑いながら)え、何それ、バカにされた?」
東「いや、そういう意味じゃなくて、そういうイメージないから。俺は図書委員だから、いろんな人が本を読みにくる。(それぞれの顔がフラッシュバックする)そういうこと話せる人って、他にいなかったから」
羽垣「そ、そう」
東「(笑顔で)それじゃ」
 それじゃといい、羽垣はその場を去っていく。一つ角を曲がり、カウンターの視界から外れたところで立ち止まる。
羽垣M「私、(歩き始め)この人が好きだ」
6バス・夕方
 バスに揺られながら、遠くの入道雲をじっと眺めている羽垣。
7教室・放課後
生徒のほとんどが部活動などへ行っていていない中、羽垣と三隅だけが残って、机を合わせて話し合っている。
三隅「昨日も、先生に居残り食らっちゃってさ〜」
羽垣「…(遠い場所をずっと見つめているような顔)」
三隅「…羽垣、今日調子でも悪いの? ずっとそんな感じじゃん」
羽垣「…風邪でも引いたのかな。顔があつい」
三隅「(ほっぺを触りながら)別に普通じゃない?」
羽垣「うん…」「…その人をずっと好きでいられたら、それでいいかな」
 バッグに付いたキーホルダー。本に差し込まれたブックイヤー。
羽垣M「どうかずっと、覚えていてくれるように」
タイトル
8事務所
 有希(28)、資料をまとめるためにパソコンを開いている。
 周りでは、パソコンのタイピング音が響いている。各々がそれぞれの企画や業務をこなし、電話なども多い。パソコンには、映画のチラシ、広告の文章、WEB記事などの業務が映し出されている。
 部屋には数台の扇風機が起動していて、細かい振動を鳴らしている。同僚の相生(32)が、何度もエアコンのスイッチを押しているが、なんの反応も示さない。
相生「あーもう。綿毛さん、また壊れましたよこれ」
 綿毛(34)が団扇片手に話す。
綿毛「またー? もう一回業者呼ばなきゃ(スマホを手に取る)」
 鷺沼(27)が話す。
鷺沼「また高いお金ふんだくられますよ。(台をおいて)自分で直した方が早いです」
相生「まーそうだな。鷺沼ちゃん良いよ。有希、やってくれよ」
 有希、タイピングを止め、パソコンの画面から振り返る。
有希「また僕か。前は直したんだからお前やれよ」
相生「ったく、しょうがねえな」
 有希、再びデスクに向き直り、ペン回しをしながら文面を修正していく。カリカリと鉛筆の音を立てながら書いている。
 祐(60)が全員を呼ぶ。
祐「お昼にしましょう」
9定食屋・昼・中
祐「ライター足るもの、どんなものからでも言葉を摂取しとかなければなりません」
 有希を含めた事務所の人間が、広いテーブルをみんなで輪を囲って小説、ライトノベル、詩集、辞書、パンフレットなどそれぞれで開いて読んでいる。気になった言葉を、各々手帳やスマホに書き込んでいる。有希は、高村光太郎の智恵子抄の一節『人と』を書き写している。(著作権消滅済み、青空文庫より引用 https://www.aozora.gr.jp/cards/001168/card46669.html
『遊びぢやない暇つぶしぢやないあなたが私に会ひに来る』
食事がやってきて、位置を調節し、食べながら作業を進める男子勢。綿毛と鷺沼だけが、食べる体制に入る。
綿毛「食ってからやりな!」
 有希はいまだに手を止めない。
有希M「文字を扱う仕事として、僕らはこれを欠かさない。例えどんな小説でも、雑誌でも、そこからだけでは知ることのできない知識がある」
10有希宅・夜・外
 有希、アパートの玄関の鍵を開ける。
11同・中
 ビニール袋いっぱいに入った食品類を抱えて入ってくる。
 冷蔵庫に納めていると、スマホに通知が届く。
 メールフォームに寄せられたメールの一つには、『ずっと好きだったあの人が…』と書かれていたのを見て、手を止める。ため息をつく。
12事務所
 時計を確認して、ショルダーバッグに荷物をまとめてその場から立ち去ろうとすると、向いから社長の祐(60)がやってくる。
祐「有希くん、現場ですか」
有希「(頭を下げる)はい」
祐「オフィシャルライターは初めてでしたか」
有希「…頑張ります」
祐「緊張しなくても大丈夫です。いつも通り、相手のことをきちんと聞いて、粗相の無いようにお願いしますね。芸術家は大変です。まあ、君なら大丈夫だと思いますが」
 もう一度頭を下げる。少し離れてから、忘れていたことを思い出して有希が話始める。
有希「あ、社長。もう届けましたが、明日法事があるので、来れません」
祐「はい、わかっています。心配しなくて良いですよ」
 「失礼します」と言い、有希は廊下を歩いていく。眠そうに軽く目をかく。
外・昼
 『○○ライター事務所』という看板が小さく飾られた玄関を出ると、軽く手で顔を仰ぎながら歩く。セミの音が響いている。
13電車・中
 有希、電車に揺られながらイラスト雑誌を読んでいる。
14美術館・会議室
 一つの小さな部屋に、数人の関係者が集まっている。有希が部屋に入り会釈する。ホワイトボードには『立元イラストレーション個展』と書かれている。
 全員が揃うと、担当学芸員が話始める。 
大塚「それでは早速今回の個展について、本日、立元先生は御用事でいらっしゃいませんが、個展の内容を詰められたらと思います。なにぶん、うちは小さな美術館で狭い場所ではありますが、本日はよろしくお願い致します。企画担当の大塚と申します。(全員頭下げる)今回はイラストレーターの立元さんの個展を企画してまして……」
 有希、机上の資料に目を向けると、しばらくじっと見つめてしまう。説明が耳に入らないほどで、驚いたような様子。
大塚「…有希さん、どうかなさいましたか」
有希「いえ…(小さな声)」
大塚「今回有希さんには、パンフレットの執筆や作品説明の構成をお任せしています。大変若いのに真面目で、お持ちの語彙も素晴らしいと聞きました。今回の個展の話を館長に話たら、オフィシャルライターは有希さんに任せたほうがいいと直々におっしゃってくださったんですよ」
 関係者たち、柔らかな雰囲気で喜んでいる。その中で、有希は一人佇みながら、窓から外を見つめている。
有希M「ずっと、覚えてしまっているな」
15車内・昼
 有希、サービスエリアに車を止めて、資料を読みながらおにぎりを食べている。
 ため息をつき、助手席に資料を置く。そこには『立元古典企画書』と書かれている。
16有希実家・内・夕方
 親族が集まり、有希の父親の三回忌が執り行われる。
17同・夜
 全員で食事をしている。それほどに大きくもなく小さくもないほどの音量で会話が盛り上がっている。
 有希は母(63)と妹の朱音(25)の隣で、顔なじみのない親族たちに緊張していると、叔父の左伯(55)がそばに来て話しかけてくる。
左伯「お久しぶりです」
有希母「ああどうも」
有希「どうも」
左伯「何、兄も妹も随分大きくなったね」
有希「ありがとうございます(小声)」
左伯「うちのなんてまだ高校生だよ」
有希母「今は学校ですか」
左伯「うん。あの頃の女の子はわからないことが多くてね」
18同・トイレ
 有希がトイレから出てくる。大広間の方へ戻ろうとドアを掴むが、気が進まなくて廊下を歩く。
19同・廊下
 階段を登って昔の自分の部屋に行く。
20同・有希部屋
 昔読んでいた本や書類などが母親の手によって整理整頓されており、親族が止まる用に既に布団が敷かれている。
 有希、紙が雑多に並べられたところから一つ手にとって、布団を乗り越えて窓辺に立つ。それを少し読んでいると、窓から夕日が差し込む。
21図書館
 羽垣、本を手にとってめくる。それらを机の上において、また読み漁る。横にノートを置き、何かを書いている。
 夕日が差し込んできたあたりで、図書館にやってきた東に声をかけられる。
東「すごい本の量」
羽垣「あっ、いやこれは、なんでも無いよ(とっさにノートを隠す)」
東「ケータイ小説(を手に取る)」
羽垣「…東君は、そういうの、読まない?嫌い?」
東「読まないけど…きっとみんな、好きだから読んでるんだよね。なら、いいことなんだろうね」
 東、本を数ページめくる。
22朱音家マンション・中・深夜
 それなりに綺麗な部屋。ゴミが大量につまったゴミ袋が二つ置かれている。
 タンクトップ一枚に上着を羽織った朱音が着替えをしている。
有希「酒臭かったな」
朱音「平常心でいるの結構辛かった」
有希「(匂いをかぎ)ここもまあまあだけどな」
朱音「あんた来るって聞いて急いで片付けたんだから我慢しい!…ねえ、明日はどっか行く?」
有希「明日には仕事で帰らなくちゃいけない」
朱音「ゆっくりしていきゃいいのに。だからモテないんよ」
有希「関係無いだろ(ムッとした顔)」
 朱音、荷物を持って玄関を開ける。
朱音「ほんじゃ」
有希「夜勤気を付けろよ」
 バタンとドアが閉められる。ドリンクを飲んでいると、雷の音が小さく聞こえる。
 窓のそばまで来てみると、外には雨が降り始めている。振り向いて玄関の方をみると、水色の折り畳み傘が置きっぱなしになっている。
有希「あいつ…」
23同・外
 外に出ると雷が一度大きくなる。
有希「やば」
 階段を急いで降りる。
 雨の中、傘をさして走っていく有希。
24外・深夜・雨
 有希、砂利道を走っていると、道路のど真ん中で本を読んでいる女子高校生を発見する。雨にぬれてびしょびしょになっている。それを見ると同時に、昨日読んでいた智恵子抄の一節が頭に響く。
有希M「ありあまる雷霆(らいてい)や雨や水や世界にふき出る勢力を無駄づかいとどうして言へようあなたは私に躍り私はあなたにうたひ刻刻の生を一ぱいに歩むのだ」
 有希、横からやってくる車のライトに気が付き、とっさに羽垣の腕を掴む。そのまま歩道の方へと引きずっていく。
有希「(キョドリながら)あの…危ない、ですよ。だって、ここ、あの」
 ふと羽垣を見ると、月の光に照らされて、まぶたに浮かべた涙が光っている。
25朱音家・朝
 羽垣、目が覚めるとベッドに横になっている。有希はソファで寝ている。
 羽垣、自分の服装がパジャマになっていることに気がついて、頬を赤らめて大きな声を出す。
有希「な、なんですかちょっと」
 朱音、朝食を持って部屋に入ってくる。見ると、伸びた有希と、今にも泣きそうな羽垣がいる。
朱音「アハハ! 大丈夫。こいつにそんな神経ないから」
羽垣「なんだ、早く言ってよ朱音さん」
 朱音が二人にご飯を配る。有希は少し腫れた頬を気にしている。
羽垣「有希は知らないかもね。この子は左伯羽垣ちゃん」
有希、何かに気づいたように顔を上げる。
有希「えっ、もしかして叔父さんの?」
羽垣「はい」
朱音「にしても、傘忘れて飛んで帰ってきたら、濡れた女子高生担いで倒れてたんだから。全く。これだから童貞は怖いわ」
有希「違うって言ってるだろ。昨日、倒れちゃったんだって彼女が」
羽垣「あの、さっきは変な誤解してすいません」
有希「いえ……」
朱音「どうせやらしいことでも期待してたんでしょ」
有希「してないから!(羽垣の方を向いて)してませんよ!?」
朱音「どうして倒れちゃったの羽垣ちゃん?」
 羽垣、ハッとして、何かを探す。
有希「…これ?」
羽垣「あっ…」
 有希、手元に一つの書籍がある。皺皺になった本の表紙には、『若菜集』と書かれている。
朱音「なんでまたこれを」
 羽垣が一頻り説明をする。
朱音「なるほどね、それでとりあえずこれを買ってみたと」
羽垣「もう、何を選んだらいいのかわからなくて…」
 そこへ突然ピンポンが鳴る。朱音が防犯カメラをつけると、汗を垂らた左伯がいる。ドアを開ける。
左伯「朱音ちゃんごめんね、ここに娘がきてないかな」
 と言い、そこに羽垣の姿を確認すると勢いよくやってくる。
左伯「おい、探したぞ、もう恋愛は終わりしにておけ」
羽垣「嫌。私やるって言ったらやりたい。お父さんお願い」
叔父「いい加減にしたらどうだ」
朱音「(ニヤリと笑って)ここに言葉のプロフェッショナルならいるけどね」
 二人、狐に摘まれたようにぽかんと有希の方を見る。髪の毛をかく有希。
26公園
羽垣「プロフェッショナルって言っても、そんな小説とか」
羽垣「お兄さん。もし手伝ってくれたら」
有希「な、なんだよ」
羽垣「」
有希「恋愛とか苦手だし。しても、成功するビジョンが見えないっていうか」
有希「…わかった。やるよ。叔父さんにも釘刺されちゃったし」
羽垣「やった! さすがおじさん」
有希「おじさんじゃ無い、まだ20代!」
事務所
相生「映画のパンフって言っても、」
相生「隠し子!?(隠し子じゃない!)有希が子供を連れてきやがった」
綿毛「ハァーそんなわけないでしょ。あの陰な奴が子供なんて…子供!?」
 有希が事情を話した後。ソファに羽垣を座らせて相生たち向かい合う。相生はコーヒー(ミルク入り)を淹れて羽垣に出す。
相生「はー、なるほどね。好きな人のためにそこまでするのか、最近の子は」
綿毛「」
有希「結構特殊なタイプだと思うけどね(羽垣を指差しながら)」
羽垣「特殊って言わないでください!」
 相生が手を叩いて笑う。
相生「ごめんごめん。こいつ(有希)、真面目なくせして結構冷たいところあるからさ」
相生「それだと、」
 
羽垣「明日休みなんで、大丈夫です!」
有希家・夜
 狭いアパートの一室。原稿や本が山積みになっていて、ペンも散乱している。
 
 有希、叔父に電話をして、もう一日東京に滞在する日付を伸ばすことを伝える。
 机に向かって原稿を進めている有希だが、不意に羽垣の好きな相手のことを思い出す。頭の中に、「」と文字が浮かび上がる。
有希「それなら…」
 パソコンを開き、高村光太郎の智恵子抄やなどを開いて読み始める。しばらくすると夜が吹けており、有希が時計に目をやると既に夜中の1時を回っている。
有希「だめだ、原稿原稿」
羽垣「これにします。これで、伝えます」
学校・夕方・図書館
東「珍しいね、羽垣さんから呼び出されるなんて」
羽垣「いっつもここにいるもんね」
雨音が聞こえなくなる。羽垣の耳は赤い。
東「……それ、どういう意味?」
羽垣「えっ?(キョトンとした顔)」
東「あはは。それでわざわざ、素敵な言葉を選んでくれたんだ」
羽垣「そうだよ。だって東君、いろんなこと知ってるから、私の曖昧な言葉じゃ、気持ち、伝えられないと思ったから」
東「でも、羽垣の言葉で伝えてくれても全然嬉しかったよ」
相生「」
有希「大丈夫だよ、あのこだったらきっと」
相生「そうだな」
有希M「それに、僕は噂を聞いたんだ」
カフェ・内・昼
 有希と相生と部長が都内のカフェで座っている。有希はカフェラテ、相生と部長はブラック。少しボーッとするように有希は窓ガラスから見える街並みを見ている。
部長「いいんですか? 応援しに行かなくても」
有希「(うなづく)はい」
相生「ま、ああいう子は強いよ。やろうとしたことをちゃんと準備して、ちゃんとやれる子だから」
 部長、鞄から手帳を取り出して少しばかりページを捲る。
部長「ライターや文字を仕事にしている人にとって、言葉を知る、つまり食べることは生きがいです。もし彼女にとって、その相手にとって良い言葉が見つけられたということは、素晴らしいことですね」
有希と相生、お互いにうなづく。
部長「有希くん」
 有希、カップに口をつけてびくっとする。
有希「綿毛さんも言っていた様に、言葉は一つだけじゃありません」
回想
綿毛「紙に書くのが言葉なら、声だって言葉だよ」
有希宅・夜
 散乱した書類の真ん中で、有希は声を上げてみる。
有希「アー、アー」
 本を手にとって、ソフトカバーを触りながら「なめらか」と言う。
もういくつか例を上げる
 有希、書類の山に体を埋める。
有希「そうか、僕は、声を軽んじていた」
 今までの記憶が蘇る。うまく扱えなかった言葉たち。
 本棚の奥の方に閉まってあった『マナー言葉大全』を取り出して、そこに書かれた言葉をつらつらと声に出して読む。
有希「じゃあ、どうやって言えばよかったんだ、あの時」
 雨はいっそう強くなっていく。
事務所・朝・
 倉持が有希を探して歩き回っている。
倉持「おい、有希に連絡がつながらないぞ。また親族がらみかなんかか?」
相生「風邪らしいぞ」
倉持「風邪!? もう10月だぞ。あいつこの忙しい時に…」
 事務所中央のホワイトボードに、『立元個展11/30』と書かれている。その下に、『印刷依頼は1ヶ月前に』と書かれて、赤丸で囲われている。
有希宅・内・朝
 有希、目が覚めると体が重く感じる。
朱音宅・昼
 羽垣と朱音は家で食事をしている。
朱音「うわーすごい。ありがとう羽垣ちゃん。私料理とかできなくてさあ」
羽垣「うちは料理当番制なんで、任せてください(ガッツポーズ)」
朱音「なんか、すっごい思い当たるのがいたわ」
有希宅・内・昼
 有希、くしゃみをして毛布を被り直す。
有希「ダルっ(と言いかける)……すごく倦怠感を感じる…(寝返りをうつ)言葉を大切にって、これで良いのかな」
○○駅前・昼ごろ
 有希が駅から上がってくると、大塚が既に待機していた。
 大塚は有希を見つけると歩きながら「おはようございます」と言う。
有希「お、おはようございます。よろしくお願いします(軽く片言で)」
大塚「な、なんか気合、入ってますね。私、嫌いじゃないですよ」
萩原高校・美術部室
大塚「ここは、立元先生が昔通っていた部室です。有希さんには、ここの空気感を元に、パンフレットを作成していただきたいんです」
 木製の椅子と傷が目立つテーブルが三つほどある。テーブルには、ペンや鉛筆が入れられた筒がある。有希が軽く椅子を触ると、脚の高さの違いでガタガタと音が鳴る。
有希「随分と、古さが目立ちますね」
大塚「この頃から、ずっと絵を書いておられたそうです」
 有希、棚の引き出しを開けると、『平成〇〇年合同誌』と書かれた冊子がいくつも出てくる。開くと、学生が書いたと思われる絵がいくつも重ねられている。思わず「すごい」と呟く有希。
 しばらく冊子を読んでいると、一枚の絵を見て有希は手を止める。
有希宅・内
相生「開けな!」
 有希、ビクビクしている。
有希「なんだか怖いんだ。僕が言葉が下手なせいで、誰かが」
 コンビニ・外
 コンビニに入る有希
同・中
コンビニ店員「らっしゃいませーおはよーざいまーす(適当に)」
有希「おはようございます!」
 店員、驚いてこちらを見ている。
事務所・中
部長「有希くんおはようございます」
有希「おはようございます! 本日はお日柄もよく・・・」
部長「なんだか…まあいいです。もう風邪は大丈夫ですか?」
 有希、デスクに座って集中するために息を吸う。
 ぶつぶつと「言葉を大切に」と呟きながら
相生「なんだありゃ」
倉持「綿毛さんがストレートなこと言ったんだな多分」
有希「もう一度、うまく好きだって伝えられる様な気がしたんだ」
羽垣「…私もね、言葉の扱い方、全然わからなかったよ。だからお兄さんに頼んだの。ねえ、今度は、(手を握る)私が力にならせて」
 有希、涙を袖で拭きながら肯く。窓から夕日が差し込んでいる。
羽垣「きっとね、言葉は声だけじゃない。コミュニケーションだって言葉よ」
有希「どういうこと…?」
羽垣「例えばね、朝友達と会う時に、大きな声でおはようって言ったら、誰だって気持ちいいなーって感じるでしょ(うん)好きだって言う時も、なんで好きなのかもわからないんじゃ、好きってだけ言われてもわからないよ」  
アトリエ(立元宅)・中
 立元、一人でペンタブレットを動かしながら線を描いている。また一つ、また一つと描く。長い髪を耳にかける。
回想有希実家(10年前)・中
 有希、本を読んでいる。
学校・文芸部室・中
 有希、部室で
有希M「僕は文芸部だった。文芸部と美術部は、文化祭の時期に、小説にあったイラストを、イラストにあった文章を考えるというイベントがあった」
同・美術部・中
 立元、真剣な表情で有希が手渡した小説を読んでいる。夕日の中でも描いている。
 授業の最中も、休みの時間でも描いている。それを、有希が遠くの席から見つめている。
羽垣「できたよ」
 有希、嬉々とした表情でそのイラストを手にとって、「すごい」と呟く。
 立元、少し恥ずかしそうに笑った後、部室を後にする。
有希M「その優しさ、恥ずかしくて素っ気なくするところも」
朱音宅・中
有希「全部好きだったな〜〜(悲しげな表情で)」
 体育座りでコタツに入って落ち込んでいる有希の肩を、羽垣がポンとする。
羽垣「これからでしょ!」
 有希、羽垣のことを見つめる。
朱音「とりあえず、アタシの料理を褒めるとこからね(にやっ)」
回想・朱音宅・内・夜
朱音「そもそもなんだけどさ、有希は立元さんのことが好きだったわけで、振られてもいるわけじゃんね」
有希「うん。改めて言われると胃が痛いけど」
朱音「でもさ、立元さんからしてみれば、大昔にそういうことになっただけの相手なわけだよ。だからさ、あんまし気にする必要ないって」
バス内・昼
僕は、自分の言葉を磨きたいんじゃない。僕の言葉を使って、彼女のことを輝かせたいんだ。
 立元、入り口に設営された、展覧会説明文を読む。
立元「素敵」
 展示室のライト(ベージュの薄い光)が、輝いている。有希、うっとりとして立元を見つめる。
回想学校(10年前)・校門・外
有希「好きだ」
立元「…(驚いた表情)えっ」
有希「お、覚えていてくれたんですか」
羽垣「だって、あんまりにも突然だったから、むしろ忘れられなくて(笑う)…お久しぶりです」
有希「(笑みを浮かべながら)お久しぶりです(頭を下げる)
美術館廊下・夜
立元「有希くん、真面目だね」
有希「そ、そう?」
美術館会議室・
立元「もうあれから10年かー」
有希「あっという間ですね」
立元「うん」
 二人、
立元「君は苦戦したっていうけど、私だってそうだったよ。きっと君だけじゃない。みんな考えてる」
有希「いろんな人と出会えて、成長できた様な気がします」
 羽垣、朱音が運転する車に乗っている。
朱音「よかったの? 結果聞かなくて」
羽垣「いいんです」
有希「ありがとーー!! 言葉、言えたよ!」
羽垣「お疲れ。頑張ったじゃん。おじさんの割には」
有希「おじさんていうな(笑顔)…ありがとう」
有希宅
 時計は月曜日と表示している。
 有希、布団に潜って紙をペラペラとめくっている。
「何も言えないで、その日は別れた。明日から、なんでもない日々が始まる。二度目の春だ」
 有希は少し微笑んで「まだまだだな」と呟く。表紙に戻すと、『平成〇〇年合同誌』と書かれている。
 家に散らばっていた書類はすっかり片付いている。コーヒー牛乳を飲み、カバンを背負う。
玄関・中
 靴を履いてドアノブを閉めようとした時に、何かを思い出して部屋に戻る有希。
有希宅
 テーブルに置かれた手紙を封筒に入れ、カバンに仕舞う。
玄関・中
 立ち止まり、小さく「行ってきます」と声を出す有希。
手紙(羽垣)M「拝啓 有希様。お久しぶりです。立元です。文章は全くわからないですが、
 
手紙(有希)M「拝復 立元様。硬いですよね。今度、もう一度御宅のライター社に依頼する機会があります。私としては、もう一度有希さんにお願いしたいです。その時まで、しっかり考えていきますね」
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