黒紫 #4E4B3A 貯蓄・信念・慎ましさ 流行を追わない教養ある学者タイプ
『黒紫の怪』
「はぁ、黒紫の煙が夜な夜なついてくると」
 小笠原(おがさわら)探偵事務所に一件の相談依頼がやってきた。
 最近はなにかと依頼が少なく、嬉々として承った次第だが――所長である小笠原文則(ふみのり)は眉を顰めた。
 常備してあるカップ麺を箸で突きつつ、ため息交じりにカップ麺に吐息をかける。
「あのですね。うちは探偵であって拝み屋じゃないんですわ。他当たってくれません?」
「い、いや待ってください!その、それが霊媒師の方に頼んだらこれは生霊だとか言われまして。それも友人の」
「はぁ、生霊ねぇ」
「ええ。恨みを買ってるのではといわれて。心当たりはないんですが、その友人を調べてほしくて」
 友人の素行調査ということか。生霊だとか俺はわからないが人間相手ならやり方はある。
 おほんと一回大きく咳払いをして声色を一段高く見積もる。あーあー、こんな感じか。
「それなら我が探偵事務所にお任せください!腕利きの探偵と助手が勢力を上げて調査致しましょう!」
「本当ですか!?よろしくお願いします!」
「ええ、つきましてはお値段の方お送り致しますのでまた後日改めまして。それで友人の名前は――」
 ひとしきり内容を把握した後、電話を切って一息つく。カップ麺を啜ると、少しぬるくなってのびていた。
 嘆息するが久々の依頼だ。気合を入れて頑張らねば。依頼が終わればステーキとしゃれこもう。
 ぬるくなったカップ麺を啜りながら、助手にかける。
「ああ、カネコくんかい? 久々の依頼だよ」
 後日、日も暮れてきた頃合い。肌寒くなっていく中でコートを羽織り、寒さに耐えながら1人の人物を尾行していた。
 先日の依頼人と一緒に遊びに行くとあって、その道中から帰りまでを監視してほしいとのことだ。
 助手のカネコと共に二人して、朝から尾行し始めて早8時間ほど。
 疑い半分、といったところだが今のところ怪しいところは特にない。と、静かに息をひそめている中で背後で大きなくしゃみがした。
 ぼさぼさ頭を一つくくりにした体格の良い女性。空手の黒帯にして中国武術も修める民俗学専攻の大学生・天音兼子(アマネカネコ)だ。
 優秀な助手だが遊ぶ金欲しさにバイトしているだけあって気位は低い。――最も、能力は高いが。
 カネコ、と呼んで嗜めると彼女が眼光鋭くこちらをにらみつけてきた。
「カネコはやめろオッサン。ッチ。あの帰っていいスか? 見たい動画配信あるんスけど」
「おま、今さら何を……!今日一日尾行して収穫はゼロだぞ。バイト代も出さんからな」
「あん? 良いぜ。ならこっちも出るとこ出てやるわ。労基で泣き見ても知らんぞ」
「お、おま上司を脅すだなんてな……! ちょっと待て動きがあったぞ」
 助手への説教、もとい言い訳は後にするとしてだ。
 依頼人とターゲットが分かれるらしい。ここからが本番だ。
 俺はアンパンをかじりながら、真剣なまなざしでターゲットを見つめる。
 その人間が『普通』にしている時こそ最も人格が出る。表情、立ち振る舞いなど微細な変化が内面を映し出す。
 注意深く見ていると、表情の中に怒りのようなものが見えた。
「ふむ、ビンゴといったところかな」
「てかこれからどうするんスか? 二手に分かれます? それかここでターゲットとっちめます?」
 いや、と助手を制する。てかとっちめるってなんだ。やめろ、拳の空振り音鳴らすな。
 俺は帽子を目深にかぶりなおす。
 周りは既に暗くなりつつある。
「とりあえず今日のところは実情をみたいからな。依頼人には事務所へ泊ってもらうよう手配してある」
「え、妙齢の女性を……? マジ見損ないましたわ」
「バッカ! 相手の言うことを全部信じたわけじゃないが、本当だったとしたらやべーだろうが」
「ま、そっすねぇ……。で、んじゃうちらもここで解散すか?」
「いや、とりあえずは奴さんが家まで帰るのを見張る。俺の勘だと――来たぜ」
 ターゲットは別れた依頼人の方をじっと見つめている。
 そうしていると鞄から1つの小瓶を取り出して道にぶちまけた。
 ちょうど『四辻の真ん中に位置するところ』だ。
 小声で聞き取れないが、何かを呟くと帰路へと至る。
 立ち去ったのを見計らい、犯行現場に走り寄る。
 地面には毒虫の死体がうじゃうじゃと。なにやら怪しげな粉交じりに巻かれている。
 思わずさっき食べたパンを戻しそうになった。
「なんスかこれ」
「あー、確かアフリカかどっかの呪術とかじゃなかったか? なんか見た憶えがある」
「げ、まじかよ。こわ。つーか、このパターンってもしかして」
 にやり、と助手の方を向く。懐から一本の電子タバコを取り出して紫煙を吐き出す。
「それじゃ、バケモノ退治頼みますぜ。センセー」
 助手は嘆息1つした後、安全靴の調子を確かめて気合を入れなおした。
 依頼人の黒山恵美は指定されていた事務所へと向かっていた。
 ここに来れば安全、ということだったが――。
 人気のない路地を進んでいると、背筋を悪寒が走る。
 そうしてゆっくり振り向くとまた「あれ」がこちらへ来ていた。
 人型をした黒紫の煙。目も鼻も口もないが、視線だけを感じる。
「あ、ああああ!?」
 やっぱり来た。あの探偵たちしっかりやってくれているのだろうか。
 そう不安気にしていると、今日は様子が違った。
 いつもなら距離を保っているはずの煙が近づいてくる。
「え?」
 よくわからないが、触れたらヤバイということはわかる。
「い、いやぁ!」
 半狂乱となって走る。煙は距離を保ってついてくる。
 件の探偵事務所へ来るとちょうど鍵は開いていた。
 中へ入り、鍵を閉める。なんだったんだ。
 いつもなら中までは入ってこないが、今日は何か違う気がした。
「い、行ったかしら……?」
 恐る恐る窓の方をみてみる。
 息が詰まった。
 煙はちょうど目の前にまで迫っていた。
 そしてよく見ると煙の中で虫がうごめき、表情を形作っている。
 それも友人の顔を、くっきりと。
「い、いやぁああああああ!?」
 叫んだところでどうしようもない。都合のいいように失神もしてくれない。
 このままどうにかなってしまうんだろうかと、そう思っているとふいに煙の形が崩れだした。
 煙の中にいる友人の顔が歪み、断末魔と共に霧散した。
「え?」
 私はそこで立ち尽くすしかなかった。
「小笠原所長、ほんとにこんなんでいけるんスか?」
 俺はしずかにタバコをふかしながら助手の拳法型を見ている。
 なんてことはない。さっきの煙の上で安全靴を履いて踏み鳴らしているだけだ。
「ああ、魔踏みっていってな。日本古来からあるお祓いの一種だ。踏むことで相手を下にして調伏するとかなんとか」
「はぁ、てかきっしょ……。てかなんか暴走とかしたらやべーんじゃないんすか。ホラーでよく見るじゃないスか」
「お前それ映画の見過ぎ。目には目を、呪術には呪術をだ。最もお前がすることに意味があるんだけどな」
 助手は絶対バイト代2割増しにしてやるといいつつ、地面を踏み鳴らす。
 こいつを雇っているのは基本的にガッツがあるのともう1つ。なんか霊的な力が強いらしい。
 一時、幽霊屋敷の調査に入ったときのこと。やべーバケモノと遭遇したが、こいつが放った右手正拳突きがクリーンヒット。
 結果無事に帰ってこれたって寸法だ。
「あとはま、ターゲットにちょいと呪術犯行現場の写真をポストに入れたり、まぁ精神攻撃もしたけど」
「うわ、よっぽどやらしいわ。てかターゲット大丈夫なんすかねこれ」
「さぁな。ま、どうなろうと知ったこっちゃない。調査・解決がうちのモットー。ただの仕事だからな」
 煙を空に上げる。紫煙はゆるく、夜の空へと吸い込まれていく。
「よし、んじゃ帰るとするか。帰りにメシでもおごってやるよ」
「あ、マジ? うちトッピングマシマシね」
「足元みやがって……」
 ひとしきり吸い終わったところで腰を上げ、尋常ならざるその場から去っていった。
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初公開日: 2020年12月10日
最終更新日: 2020年12月10日
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