シトロングレイ #E5CC96 才気縦横・機知・母性愛 途方もない夢を抱く感性豊かな人
「シトロングレイの星」
今日も外は一面の吹雪だった。
どこもかしこも白一色。動物はおろか無機物すらも見通せない。
少年・シトロンは自分の名前の色が入ったマフラーを巻きなおして洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中では数十人の人々が寄り添って『村』を作っていた。
明りは洞窟を掘り進める機械を動かすための燃料コークスの火と、細かく砕いた石炭を使ったランプのみだけだ。
シトロンは洞窟を下っていき、石炭窟で鉱石を掘る老人のもとへ今日も駆けつけた。
「グレイ爺さん、今日も外は冬だったよ」
グレイと呼ばれた老人はランプを持ち上げ、シトロンを一瞥した。
白いひげに鉱石の塵埃をところどころつけて静かに笑う。
「そうか」
「ねぇ、いつになったら春ってのが来るのさ」
「さぁな。ワシが子供の時に大寒波が来たから、ざっと60年は冬かな」
シトロンは薄桃色に赤くなった頬を膨らませて大きくため息をついた。
ひとしきりそこら中をぶらぶらしているところをふと立ち止まる。
「爺さん」
「なんだ」
「友達がこの前また死んだよ。燃料の燃やし方が甘くて悪い空気を吸ったんだって」
「……そうか」
老人は静かに頷く。そうして話している間も、手は動かしている。しきりに鉱石を見ては右へ、左へ分けていく。
シトロンはこのもの好きな鉱石鑑定士の老人といるのが好きだった。
両親は既にいない。村の住人が親代わりだったが、一緒にいれば仕事のことばかり話す。
そうして残りどれだけ石炭が掘れるかという愚痴と八つ当たりだけが洞窟を木霊するのだ。
グレイはその点よかった。口数はあまり多くなく、鉱石は見ているだけで心の淀みが掬われるようだった。
今日もグレイは鉱石をまじまじ見つめる。
「グレイ爺さん、そういえば爺さんは何を探してるの?」
「何を、か。面白いことを言うなお前さん」
「え、そう? だってそんな石っころを見ても何も変わらないでしょう。石炭の方がよっぽどいい。暖かいし」
「ほう、お前はこれがただの石ころに見えるか」
そういうと爺さんは石の1つを見せてきた。ランプの光を当てるときらりと光る。
どこかランプの光に似ていた。
「きれい」
「ああ、この宝石はシトリンという名前だ。お前さんにやろう」
「ほんと!?」
シトロンとシトリン。似た者同士な名前だ。シトロンは飛び上がるほどうれしかった。
「ああ、それとオホッ。それを見て願ってればいつか晴れるかもな。太陽とそっくりなんだ。うえっほ!」
ゴホゴホとせき込む爺さんの背中をさすってやる。
今にもひび割れてしまいそうな肌をしているな、とシトロンは心配そうな目で見つめる。
グレイはにやりと笑ってシトロンの頭をひとなですると、鉱石掘りに戻った。
なんと言葉をかけていいか迷っていると、洞窟内に甲高い音が響いた。夕食の時間だ。
もらった宝石を大事にポケットに入れて走る。
「グレイ爺さん、また明日ね!」
「おう、また明日な」
そう話す爺さんの言葉はわずかに反響し、洞窟へと沈んでいった。
村では一同を介して食事をとる決まりだった。仕事の人を除いて。
村の大人たちが簡単に仕事の成果や収穫について話していると、村長がシトロンの方を向いた。
「おい、明日からお前も石炭掘りに参加だ」
「え、でもまだ俺」
「年齢は気にしなくていい。友達の分までしっかりな」
周りの大人がまだ幼いのに、だが人手が、彼は体が弱いしいつまで持つか、などめいめいに話す。
洞窟は音が響く。怒りも不安もすべてがないまぜになって体に響く。
徐々にそれらは大きくなり、あわや乱闘かと思われた。
「いいよ!俺、やるよ!」
シトロンはそこを割って入るように声を大にした。
大人たちはそれならばと納得し、食事へと戻っていった。
翌日、シトロンは石炭掘りのためにツルハシを振っていた。
ツルハシは重く、時折バランスを崩して倒れてしまう。そのたびに体が痛み、土ぼこりや灰で咳が止まらなかった。
その次の日も、そのまた次の日もツルハシを振るう。
グレイ爺さんのところへ遊びに行く時間はすぐになくなり、気力も徐々に薄れていった。
そのたびにポケットに入れた宝石を握りしめる。
そうして何日経ったかわからなくなったころ合い。ツルハシを振るっていると大人たちの声を耳にした。
「グレイ爺さんが死んだそうだ」
シトロンの動きが止まった。体も、思考も、心でさえも。
近場にいた見張り役の大人に駆け寄る。
「あの!グレイ爺さん、ほんとに死んだの?」
「あ? ああ。まったく使える鉱石の選別はあの人だけなんだから困るよ」
「使える鉱石?」
「ああ、とはいっても俺たちにはなんの価値があるかわからないガラクタばかりだがな」
そういうと大人は爺さんは他と一緒で適当に埋められること、自分は気にせず持ち場へ戻るように言ってきた。
反論しようものなら棒でたたかれるのは目に見えている。
シトロンは静かに黙々と汗と水を垂らしながらツルハシを振るった。
その日からシトロンは仕事のあと爺さんのいた場所へ行き、鉱石を調べることにした。
石をたたくとバチリとしびれるもの、割れると鋭く尖るもの、ランプの光を当てると遠い線上に束ねるもの。
いろんな発見と輝きをみつけては喜びと活力を得た。
「爺さん、面白いよ」
来る日も来る日も鉱石で色々試す。
そうして爺さんが死んでから幾年経った後、外を見た。外は一面真っ白の世界。
しかし、外にはもっとたくさんの鉱石があるんじゃないか?
考えたときにはもう動き始めていた。間もなく洞窟を這い出た。
外はふぶいていたがありったけの石炭をランプに詰めて着こんで歩き出す。
シトロンはすっかり背丈が伸びて、大人たちの上着を使えるようになっていた。
肌さえも鉱石のように冷たく凍りそうになる。くじけそうになるたびにポケットの宝石を握りしめる。
どれだけ歩いただろうか。もう歩く気力も明りとなる燃料も尽きて倒れた。
最後に一目見ようとポケットからシトリンを取り出す。いつしか灰塗れになった宝石。
それを残った気力を使い、ゆっくりと拭く。はるか昔、爺さんがしていた様子を思い出しながら丁寧に。
そうして宝石が綺麗になり、眠りにつこうとしたとき、目になにかが飛び込んできた。
明りだ。それも、ランプよりも明るい。明りのもとは宝石だった。
首をひねり、上を見上げる。
そこにはトルマリンよりも鮮やかな色が一面に広がっていた。
ゆるゆると立ち上がる。
いつの間にか一面の吹雪は消え去っていた。
あたりは爺さんが話してくれていた空と、山と、大地が広がっている。
空には大きな、大きな明りがゆっくりと山の谷間から覗きだす。
目が開けられないくらい明るいそれを、手で日差しを作ってみる。
目からは涙がこぼれ落ち、膝も崩れ落ちた。
「ああ、ああ、爺さん。ほんとにきれいだよ。きれいだった」
宝石シトリンは空に昇る太陽を乱反射し、きらきらときらめく。
ししどに流れる涙が頬を伝い、シトロンはグレイを想って宝石を握りしめる。
頭上に昇る太陽に似て、とても暖かく、彼の心と体を温めていった。