一緒に暮らしてる氷と羽のおはなし
クリスマスツリーを飾りたい、と、一緒に買い物に行ったときに何となく話した。
彼は小さくため息をついて、何も言わずに先に歩いていってしまうものだから、やはりだめかとがっかりして、
やっぱりそういう反応をしたな、想像したとおりだ、とちょっと笑った。
そもそもツリーなんて飾る場所はない。テレビの横の棚に置いているどこかで買ったボトルシップや、寝室の棚を占めているアメコミヒーローのフィギュアなんかをどけてしまえば、小さなツリーを置ける場所は出来るだろう。寝室に置いて、きらきらと光る電飾なんかつけたら楽しそうだ。絶対に怒られるだろうけど。
だけど、そもそもクリスマスなんてものを氷月が楽しみにするのかなんてわからない。街中どこもかしこも浮かれていて気分が悪い、とか言い出しかねない。それよりも、僕が氷月とクリスマスを過ごせる保証がない。チキンもケーキも予約できない。プレゼントだけは、クリスマスの前日くらいには届くようにしておきたい。まだ決めあぐねているがそろそろ危険だ。クリスマス商戦を舐めてはいけない。
少し家から離れた大きなショッピングセンターに来たら、買うものは決まっているはずなのに無駄にうろうろと彷徨ってしまう。
慌てて氷月に追いついて、その上着の左のポケットに手を突っ込んだ。追い出されなかったので、機嫌は良さそうだな、と手を握る。
冬服が並ぶいくつかの服屋をまわって薄緑のセーターを選んでもらい、いくつかの靴を試し履きし、それから今着ているものよりもう少し暖かい部屋着を探した。どうせユニクロになるんだ。わかってはいても、いいのが無いな、と言いながらぐるぐると店を回るそれ自体が楽しい。
ピンクと白を基調とした可愛らしいブランドの、店頭にディスプレイされていたパジャマがこのうえなく心地よい触り心地だったので、メンズもあるんじゃないかと店の中に突入して探してみると端の方にそれは確かにあった。白と紺の太いボーダー、白とグレーの太いボーダー、色違いのメンズ部屋着は上下揃えるとなかなかのお値段になる。そうだとしても欲しい。この心地良い生地に包まれたいし、これを着た氷月のお腹辺りをずっと触っていたい。
「ねえ氷月」
「駄目ですよ、自分の年齢を考えてください」
「セーフでしょ」
「アウトですよ」
家の中で着るだけだからいいじゃないか。君以外には見せないし、僕以外が見ることもないよ。インスタに自撮りをあげるっていうなら別だけど。子どもみたいな駄々の捏ね方をしてみれば、ほんの少し笑った気がしたので一気に畳みかける。
「氷月、言ってよ。これが欲しいって。でも高いって」
「何ですか急に、欲しくないんですけど」
「同じ柄のもこもこ靴下と、もこもこ腹巻もつけると言ったら…?」
「いやだから欲しくないんですけど」
「待って?ルームシューズもある!君そろそろ買い替えたいって言ってたよね」
「それは言ってましたけど、それならルームシューズだけで」
「僕からのクリスマスプレゼント、これにさせてよ。ああ、お金なら気にしなくていいから」
「こうなると何にも話を聞かないところが貴方の悪いところですよ」
やいのやいのと騒ぎながら、入り口のとこに重ねられた籠を取って中に部屋着の上下と靴下、少し悩んで腹巻を、それからルームシューズを入れた。多分、氷月の身長だと少し短いだろう。でもそれはそれで可愛いから構わない。
「貴方ノリでこういうことしますよね」
「でも、氷月もこれ着た僕が見たいでしょ?僕はこれ着た氷月が見たい」
「…はぁ。はいはい、見たい見たい。写真集できるくらい、写真撮ってあげますよ」
店員のお姉さんは接客のプロなので、男二人が言い争いをしながらもこもこの色んなものをお揃いで大量に買っても、その笑顔を崩さずにラッピングまでしてくれた。
大きな包みを氷月に渡して、また眉間に皺を作らせてしまったが、悩んでいたクリスマスプレゼントを半ば強引にクリアできた事に満足したので、僕は機嫌よく袋を抱える氷月の左腕にするりと腕を絡ませた。今なら振り払われることもない。
お茶でもしてから帰ろうか、と併設のカフェに向かう途中、大型の雑貨屋の前でふと氷月が足を止めた。
緑に赤、それから白銀。クリスマスの華やかさがぎゅっとまとめられたディスプレイに、一瞬目を奪われる。クリスマスソングっていうのは、どうしてこんなに胸躍る旋律なのだろうか。サンタはいないと知ってからもう何年も経っているのに、やっぱりこの時期はそわそわしてしまう。
今年は、何とかしてこのそわそわを氷月に移してやりたいと思っていた。
「少し、入ってもいいですか」
「え、ここに?もちろん!」
およそ彼が足を踏み入れることの無さそうな場所だったので、一瞬驚いてしまう。しかし、よく見れば店の奥にはカントリー風の雑貨があったり、北欧風のデザインの食器が並んでいたり、広い店内はバラエティ豊かだ。そういえばスープの入る深皿が欲しいって言ってたっけ。どうせならあのクリーム色のお椀がいいけど、氷月の好みじゃなさそうだな。
初めて入る店内に僕自身も楽しくなってしまって、きょろきょろとあたりを見回す。ポップコーンを入れるための、映画館みたいな入れ物がある。あれを買えば家で映画を観る時も安心だ。真ん中がハートで、飲み口が二つに分かれたストローがある。あれでレモンハイを飲もう、って言ったら、怒られそうだな。いや、最近の氷月なら笑ってくれるかもしれない。
「どれにしますか」
よそ見していた目線を前に移して、一瞬口を馬鹿みたいに開けてしまった。てっきり食器のコーナーに行くんだと思っていた。驚きすぎて、掴んだままだった氷月の左腕を、ぶんぶんと揺らす。
「え、え、いいの?本当に?」
「あんまり大きいのは邪魔になるから駄目ですけど」
「うわ、どうしよ、普通のもいいけど、白いのも可愛いな」
店の真ん中に並べられていたのは、何種類ものクリスマスツリーと、何十種類ものオーナメント。肩くらいまである大きめのものもあれば、手のひらサイズのスノードームもあった。まさかOKが出るとは思わなくて一瞬躊躇ったが、じわじわと嬉しくなってその棚の一つを手に取る。
卓上サイズ、と言えばいいのだろうか。2リットルのペットボトルくらいの大きさで、シンプルに緑のもみの木。本物みたいなその枝ぶりが気に入って、いつの間にか氷月が持っていた籠にそれをそっと入れた。
サイズは大きくないので、オーナメントはそこまで沢山飾れない。厳選を重ね、トナカイやらサンタやら賑やかな登場人物たちの形に掘られた木のオーナメントの小さなセットを一つ選ぶ。電飾はあっけなく却下された。
ベッドサイドに置く小さなサンタとスノーマンのオブジェも籠に入れられた。ダイニングのテーブルに並べても邪魔にならないようなスノードームと、玄関に飾る小さなリースも選んだ。
「飾ったら、あなたが全部片づけてくださいね」
「…うん、うん。わかった。それまで絶対そのままにしておいてね」
もしクリスマス当日に僕がいなくても、帰ってくるまで家の中はクリスマスのままだ。やっぱり子どもみたいに僕は嬉しくなってしまったけれど、籠とさっきの部屋着の大きな包みで氷月の両腕は埋まっているので、ぎゅっと掴まることしかできなかった。
家に帰って、早速ツリーやスノードームを飾る。ツリーはテレビ横の棚を整理して、リビングにいる限りいつでも目に入る場所を定位置とした。畳まれた枝を丁寧に拡げ、オーナメントをそっと引っかける。ベッドサイドにはサンタとスノーマンを座らせた。動き出しそうなそのオブジェは、絵本の一ページのようで可愛らしい。
新しい部屋着は氷月が洗濯してくれているので、お風呂に入って、いつもの部屋着を着て、それから新しいお揃いのルームシューズを履いた。夕食はさっき買ってきたから並べるだけでいい。温めるのは氷月がお風呂から出た後で良いだろう。
コップに冷たい水を入れて、テレビでも見て待っていようかとソファに座る。画面を見ていても、堂々とツリーが目に入ってくるものだから頭に入らない。まさか、氷月とクリスマスの飾りを選べるだなんて思っていなかったので、口角が勝手に上がるのを止められなかった。
ふと、先ほどてっぺん近くにひっかけた、星の形のオーナメントが曲がっていることに気づいた。直そうと手を伸ばして、その異変に気付く。
オーナメントが、増えている。
正面から見えないような、ツリーの真裏。丸いボールみたいなオーナメントが、3つ引っかけられていた。落とさないようにそっと外す。見ると、薄いブルーに銀箔のかかった小さな球に、それぞれタツノオトシゴと、貝殻と、ヤシの木が描かれていた。真冬のクリスマスツリーに飾られるオーナメントにしては、季節外れに感じてしまう。
「南半球?ハワイアンな…いや、これ…海モチーフってことなのかな」
レジに行くまで僕が籠を持っていたので、こんなもの入っていなかった。少なくとも、今日の買い物では買わなかった。もちろん、僕の買ったものではない。じゃあ氷月が買っていた?ツリーもないのに、オーナメントだけ買うだろうか。
そもそも、氷月はツリーを買うのに反対していたはず…
ここまで考えて、そういえば最初から氷月はツリーに反対なんてしていなかったことを思い出した。そうだ、反対なんてしていない。彼はため息をついただけで、ダメだとは言わなかった。あの時先に歩き出したのも、じゃあ買いに行こうか、ということだったのか。
そもそも、今日買い物に行こうと言い出したのも氷月だった。食料品なら近所のスーパーに、と思っていたら、色々見たいものがあるからと少し離れたショッピングモールを指定したのは、果たして何故だったのか。
「ちょ、っとまって氷月、ねえ、まだお風呂入ってる?入浴剤入れた?僕ももう一回入る!」
どういうことかと氷月に聞いても絶対に答えてくれないだろう。でも、もしかしたら最近の氷月なら、呆れたようにため息をつきながら答えてくれるかもしれない。
図らずも一足先に訪れたクリスマスになのか、それとも想像以上にクリスマスを大切にしてくれる君になのか。
どちらにこんなに心躍らされているのかはもうわからなかったので、お風呂でもう一度しっかり温まってから考えようと思う。
おしまい
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聖夜にかこつけて
初公開日: 2020年12月02日
最終更新日: 2020年12月02日
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クリスマス前の氷羽氷