いただいたお題にお話をつけていく
1 「嫌いなものを食べる」
千ゲンというくくりはなかったのですが千ゲンで
食に関するたいていのリクエストに、フランソワは答えてくれた。
あの頃食べたあの味が忘れられない、実はこれが好きだから食べたい、これは今の時代にないが再現できるか…無理難題に思えるようなものでも、ある程度その希望を汲んで、フランソワは俺たちの空腹を満たし、心まで満足させてくれた。
だから全く気付かなかった。石の世界に来てから、生きるための取捨選択にそれは含まれなかったから。そう、食において、「嫌いなものを食べない」なんて選択肢は、どこにもなかった。
「俺ねえ、コーラが好き」
「知ってる」
「ジャンクフードも好き」
「予想がつく」
「割とワールドワイドに何でも食べられるよ、いろんなロケで食べさせられたからね」
フレンチ、イタリアン、スパニッシュ、アフリカとか南米の不思議なご飯も結構好きだし、エスニック系は最高だね。パクチーは追加で頼んじゃう。あとは自分で作るのも好きだよ、料理ってストレス解消になるよねー。俺の得意料理聞きたい?そうねー器用だから何でも作れちゃうけど、強いて言えば洋食!でも何から洋食っていうのかな?シチュー?ポトフ?ハンバーグ?
楽しそうに指折り数えるゲンの口から、懐かしくて耳馴染みの良いメニューの名前があふれ出る。無意識のうちに腹が鳴った。何千年経っても、なんとなくその香りは思い出せる気がする。明日はフランソワに何か肉料理をリクエストしてみようか。
「俺もフランソワちゃんに料理習おっかなぁ」
「あ゛ー?急だな」
「だって俺が作ったら食べれるかもしれないじゃん?」
「何を」
ゲンがそれはそれは嬉しそうに俺の食べているサンドイッチを指差した。本日のランチは焼き立てフランスパンにレバーパテと酢漬けの野菜を挟んだフランソワ特製ベトナム風サンドイッチのバインミー。食べながら作業ができるように二つに切り分けてくれたのに、後からやってきたゲンにその半分をかっさらわれたのだった。
「さっきからあんまり進んでないね、めずらしー」
「ンなこたねぇわ」
「だって今日朝食べてないでしょ?お腹空いてないはずないから進まない原因はバインミー。何度か食べてるのを見てるからレバーには苦手意識はないはず、それに酢漬けの玉ねぎと人参は好んでよく食べてた。言わずもがなフランスパンが固すぎるなんてことは無いだろうし…」
ゲンはぽかんとしているであろう俺の顔を見て、にぃ、と笑った。その細い指が、俺のバインミーから緑の葉っぱをずるりとつまみ出す。
「ってことは簡単、原因はこれかな」
「…パクチー?」
みたいなもん、に過ぎないけれど、限りなくパクチーと同じような香りと味の香草。その味を知らないわけがない。だって俺は誰よりも先にその草を嗅いで口にして、実験に使ったのだから。
「千空ちゃんパクチー苦手みたいね、気づかなかった?実はね、前出た時も無意識によけてたよ」
「…おい」
「ジーマーで愛感じちゃう」
「ちょ…っと、待てって」
「だって嫌いな草を俺のために取ってきて嫌いな匂いを嗅いで嫌いな味を確かめてくれたんでしょ?」
止まらない、止まるわけがない。だって俺が止めるための言葉を発せないほど動揺してしまっているからで、真っ赤になった顔を落ち着かせるのに集中したらもうメンタリストの独壇場だ。
「だからね、そのお礼に、千空ちゃんが嫌いを克服できるように美味しいご飯を作る花嫁修業でもしようかなって」
「…勝手にしろ」
「でもどうしよっかな、俺が代わりに食べてあげるっていう手もあるよね」
「コーラ、後で作ってやっから」
「千空ちゃんの嫌いなものは俺が食べて、千空ちゃんは大好きなあさぎりゲンだけ食べてればいいよ」
「あ゛ー、おありがてえこった…」
頭を抱えたくても、手元のバインミーがまだ3分の2残って俺を見ていた。パクチーが消えて食べやすくなったそれを思いっきり齧って、手渡されたコーラで無理やり流し込む。
3700年経つまで嫌いなことに気づかなかったなら、気づかないまま過ごしたかった。目の前でまた嬉しそうに笑う元凶の頭をくしゃくしゃに混ぜて、俺は大きくため息を吐いた。
おしまい
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おためし千ゲン
初公開日: 2020年04月14日
最終更新日: 2020年04月14日
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