この道で、良かったんだよな?
 伊奈帆は立ち止まり、スマートフォンの地図表示を確かめた。悴む指で地図を拡大、スクロール。極太の青色で縁どられた目的地への道のりに、現在地を示す矢印表示が重なっている。機械が言うには、このまま進めばあと八分で到着予定だ。
 伊奈帆は顔を上げ、だがしかし、と周囲の景色を三六〇度首を巡らせ検める。都心から少し離れた、だだっ広い、荒野と言っていいような、見晴らしの良さい場所である。でこぼことした畦道は確かに地図の形状と一致しているが、それにしたって、人けがないにも程がある。周囲は田んぼと畑と遠いところに点在する林しか視認できない。
 一言で分かりやすく形容すると、超のつくド田舎である。街灯一つありはしない。夜になれば、きっと素晴らしい星空が拝めることだろうけれ
ど。
 こんなところに、本当に住んでいるのだろうか。
「担がれたかな。いや、そんなことは無いと思いたい」
 伊奈帆はディバッグを背負い直し、ナイロン生地の上から中の荷物の一つの温度を探る。うん、まだ温かい。
「とりあえず、目的地まで歩いてみよう」
 そこに何も無かったら、明後日会って聞いてみよう。
 伊奈帆は道と呼ぶにはあまりに狭くて曲がった道をナビゲーションに従い歩き出した。
『一度、家に遊びに行ってもいい?』
 金曜日、大学構内ベンチの一つに並んで座っている時に、伊奈帆はスレインに聞いた。スレインは昼食のミックスサンドを咀嚼中。しばしの沈黙。ごくんと喉仏が上下して、眉をハの字に口を開いた。
「いいけど」
「いいの!?」
 出会って半年、数々のアタックを繰り返し、ようやく交際をスタートしたのがつい先週。これまでの経験則から、駄目元で言ったおねだりが予想外にあっさり受け入れられたので、伊奈帆は身を乗り出したボリューム大で聞き返し、膝の上ののり弁が傾き、バランがひらりと地面に落ちた。
「結構遠いし、何にもないぞ」
 そんなの全然気にしない。この機会を逃すものかとアドレスを聞き出して、次の日土曜の午前八時に、意気揚々と出かけたのだが。
 伊奈帆は端末の画面からピントをずらし、膝の高さのススキの列を見た。白い穂が道なりに続く様はなかなかに趣深い。昼間だが何かの鳥の鳴き声までも聞こえてくる。電車とバスを乗り継いで、移動時間は今現在で約二時間。この距離を毎日通っているのだとしたら、何というか、とても大変だろうと思う。自分だったら真似できない。スレインが住んでいなければ、こんな場所は一生知らずに終わっていたに違いない。
 もしも同じ大学に通っていなかったら、きっと出会うことも無かったろうな。
 学年も学部も所属サークルも異なる。スレインとの縁は奇跡的な確率だな、と伊奈帆は思い空を見た。
 たまたま、偶然。それを運命だと勘違いさせるのがきっと恋というやつなんだろう。
「あ、なんかある」
 林が近づき、その影に小さな建造物を発見。家と言うには小さく簡素なプレハブ小屋だ。壁面のトタンは錆が浮いて所々穴が開き、網戸も破損が目立ちとても開閉できそうにない。信じがたいが、しかしここしか人の住めそうな場所は辺りに一つもありはしない。
 伊奈帆は板目がくすんだドアの前でインターホンを探したが、予想通りそれもない。ノックをしようと右手を上げると、叩く前にドアが勝手に内側へと開いた。
 ドアの隙間から、スレインがひょっこり顔を出した。
「歩いてくるのが見えた。よく来られたな」
 笑顔を浮かべるスレインに、伊奈帆は心底ほっとした。ディバッグを肩から降ろし中の荷物、茶色の紙袋を取り出す。
「バターかマーガリンはある?」
「は?」
 しまった、あまりに唐突だった、と伊奈帆は自覚し袋を開けて中身を見せた。スレインが扉を開ききり、叩きに裸足でのぞき込む。
「焼きいも?」
 まだ温かい、駅で衝動買いをした石焼き芋を伊奈帆は突き出す。
「半分こしようと思って、買ってきた」
 スレインは肩を竦めてくしゃりと笑って受け取った。
「普通の男は、花とか持ってくるもんだけど」
 お前らしいか、と言葉が続く。
「バターがある。まあ上がれ」
 背を向け室内に向かうスレイン。伊奈帆はお邪魔します、と靴を脱いでその背に続いた。
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大学生パロ
初公開日: 2020年11月23日
最終更新日: 2020年11月23日
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コメント
大学生パロ伊奈スレです。
↓設定らしきもの
・伊奈帆(工学部1回生)×スレイン(人文学部2回生)
・伊奈帆はユキ姉と同居、スレインはアパートに下宿で一人暮らし。
・交際スタートしたばかり。