ニューアスガルドにも秋が来る、日は短くなり、風が冷たくなって、木々の葉は色づき落ちていき。
「とりっく・おあ・とりーと!」
可愛い魔女やらカボチャのお化けやらがソーの家の戸を叩き、お菓子をよこせと言ってくる。
今から、そう、十数前だろう、アスガルドから長い宇宙の旅の果てに地球に降り立ったアスガルドの民たち。最初は戸惑うことばかりだった、それもそうだろう、文化も何もかも違うし、何より彼らは無一文であった。
大人たちが東奔西走し、なんとか生きる糧を、仕事を、生活をしようと苦心している間、子供たちは不安そうにそれを眺めていたかといえばそうではなくて。
「おかしくれなきゃイタズラするぞー!」
「おお、ちょっと待っててくれ、今お菓子を持ってくるからな」
「トリック・オア・トリート!」
「とりーと!」
「はは、いっぱい来たな!盛況盛況!」
案外地球に馴染んでいた。
子供たちは馴染みのない文化でも、聞いたことの無いお祭りでも、みんなで集まり騒いで楽しいことなら、対して抵抗もなく受け入れている。あくせくしている大人たちよりもよっぽど馴染んでいるようだ。
「わー!お菓子だー!」
「ありがとー!」
「気をつけろよー」
ソーからお菓子を受け取った子供はみな嬉しそうにしており、それを見ているソーもなんだか嬉しくなってくる。やはり子供の喜ぶ顔は幸せを呼び込むようだ。
「それで?」
「なんだ?」
「トリック・オア・トリート、いやお酒かな」
「これは子供たちのお祭りだろ……」
子供たちの中に混じって、ブリュンヒルデが片手を突き出し酒を求めている。
ソーは思わず顔をしかめる。ブリュンヒルデはハロウィンに乗じて家々を尋ねては、酒を巻き上げようとしているのかもしれない。
「ちょっと、冗談だからそんな顔しないの」
「冗談だとしても、なんでお前まで来るんだ」
「保護者としてだよ、暗くなってから子供たちだけで歩かせるのは危ないでしょ」
「ああ、それは確かにな」
アスガルドの子供たちは強い、そこいらへんの地球の大人たちと戦っても勝てるくらいには体が強い、力が強い。だがそうは言っても不審者に遭遇したらショックを受けるし、怪しい者に危害を加えられそうになれば傷つく。
悲しいかな、昨今のニューアスガルドにも不審者や変質者が現れているらしく、大人たちで見回りをしてはいるものの、夜中に子供が歩き回るのは不安が残るのだ。
「子供たちは家の近く同士でグループを作って、グループ事に保護者が付くことになってんの、それに知らない人の家には絶対行かないことにもしてる」
「知らない人って、ここら辺はみんな顔見知りだろ?」
「この近くはね、少し離れたところは新しい宅地じゃない」
「ああ、新しく移住した人達のことか」
喜ばしいことに、ニューアスガルドへ移住したいという人は少なからず居る。漁業と宇宙人しかない寂しい所だが、近隣の町や、遠くの国からも移住者がチラホラやってくる。彼等はほとんどが善良で好意的な人達だが、見知らぬ子供たちが押しかけては菓子をねだるには、まだ交流が深まっていないようだ。
「トラブルになってからだと大変だしね、あっ!コラ!勝手に遠くに行くんじゃない!まったく!」
「はは、大変だな」
「本当にね」
ブリュンヒルデの静止を振り切って次々と家の戸を叩く子供たちに、彼女も深いため息をつく。そんなブリュンヒルデの姿に、ソーもちょっぴり同情心が湧く。
「終わったら一杯くらい奢るか?」
「一杯?樽一杯ってことならありがたくいただくけどね!」
「おい!」
期待してるよ、とソーに声をかけ、ブリュンヒルデは子供たちの所へと駆けていった。
「まったく、樽一杯で済めばいいな……」
家の中に戻ったソーはひとりごちる。ハロウィンが終われば、ブリュンヒルデに連れ出され、酒場でひと騒動くらいは起きそうだ。
そんな予感にソーが肩を竦めていると、家の戸を控えめノックする音が聞こえる。
「……まだ子供たちが居たのか?」
ソーが扉を開けると、そこにはちいさなシーツおばけが。今は夕方を過ぎ夜に差しかかる時刻、辺りは薄闇に包まれている。ソーは思わず周囲を見渡すが、このシーツおばけ以外に、大人も、子供も、誰もいない。
「……お前、ひとりで来たのか?」
ソーの言葉に、こっくりと頷いたシーツおばけは、片手に持ったカボチャのバスケットを突き出し、小さな声で言う。
「トリック・オア・トリート」
「……」
空っぽなカボチャのバスケットを、その少し低い落ち着いた声を、そして、シーツおばけに空いた穴、その向こうの緑の瞳を目にしたソーは、思わず息を呑む。
お決まりの言葉をかけても、うんともすんとも言わないソーに、シーツおばけは不満そうにお決まりのセリフを繰り返す。
「トリック・オア・トリート?」
「あ、ああ、お菓子か、お菓子なら……」
そこでソーは考えた、ここでお菓子を渡してしまえば、シーツおばけはそのままどこかへと行ってしまうのだろう。
「お菓子は、すまない、もう全部ほかの子供たちに渡してしまったんだ」
「……本当に?」
シーツおばけは楽しそうにソーに聞く。
「ああ、お菓子は渡せない」
「じゃあ、イタズラされてもいいんだね?」
「……ああ」
シーツの奥の瞳が、にんまり嬉しそうに細まると、シーツおばけは遠慮もなしにソーの家へと上がり込む。
「なんて狭い家だ!オマケに汚い!掃除くらいしたらどうだ!」
「……これがイタズラか?」
突然家に上がり込んではダメ出しをする、確かにイタズラというか、嫌がらせに近いものがある。
「そんな訳ないだろ、イタズラするならもっと派手で、スマートで、優雅で、遊び心があって、その上ずーっと続くようなものがいい、そうだろ?」
「あんまり周りに迷惑がかかるようなものなら困るけどな」
「つまらない男だ、でもそうだな、まずは手始めに……」
シーツおばけがそう言うと、被っていたシーツをソーの顔に放り投げた。ばさりと頭からシーツを被ったソーは、突然のことに驚いてはたたらを踏んで、シーツを失ったシーツおばけにケラケラと笑われてしまった。
ソーはもがいてシーツを剥ぎ取り、いきなり投げるなとシーツおばけを叱ろうと口を開いた。けれどシーツおばけの、シーツの下のその姿を目にしたソーは、何も言えなかった。
白い肌に黒い髪、薔薇色の頬は同じ年頃の少年と比べれば少々シャープな印象で、大きな緑の瞳はイタズラっぽく笑っている。
「驚いた?といっても、あなたは私に気づいていたみたいだけど」
「……ロキ」
ソーの言葉に、ロキの楽しげな顔は益々笑顔になっていき、くすくすと声を上げて笑っている。
「私だって気がついてたのに、そんな間抜けな顔するだなんて、何年経ってもソーはソーだね」
「お前は、相変わらずだな」
「それよりいつから私だって気がついてたの?」
「お前が家の前に立ってた時から、夜に子供ひとりでうろついてるだなんて、さすがに怪しすぎるだろ、最近不審者がうろついてるっていうのに」
「はぁ、子供のひとり歩きにも厳しくなったなんて、世知辛い世の中になったものだな」
「お前が世の中を語るか?」
ソーの言葉に顔を見合せたふたりは、そろって吹き出した。ひとしきりケラケラと笑いあったふたりは、じっとお互いの顔を見つめ、そしてふっと力を抜き。
「おかえり、ロキ」
「ただいま、兄上」
まずはハグでもしてみようか。