魔女にょたやしさんと使い魔下さんのお話。(仮題)
九条正宗。それが、つい……数日前まで俺が名乗っていた名前だ。それが、目の前で葬られるのを……ただ茫然と眺めていた。
あの日、父から聞かされた言葉は今でも租借出来ていない。あんなもの、どうやって飲み込めというのだ、それでも実の父親か。
『お前は生まれついての女だ。正宗。今は儂の魔法により、お前自身も周りもお前を男だと思っているだろうが、その実は女だ。そして、お前ではこの九条家を継ぐ事は出来ん。理由は、言わずとも解るな?』
名だたる魔法使い、魔女を輩出してきた名家たる九条家。その次期当主として生まれ、育てられた九条正宗。それが男でなく、長男でもなく、女? つまり、長女だと? そしてその長女には、家を継ぐ権利が無い、と。
『お前よりも、さやの方が優れた魔女だ。長男だというだけで、妹に劣るものを家長には出来ん。それよりも何よりも、お前は女なのだ』
思い起こすだけでも頭に痛みが走る。目の前でつらつらと言葉を並べる男が、父親であると認識できなくなっていく。こんな事を平然と言うものが、こんなものが、この俺の父親だというのか。無論、それは間違いなく……この九条正宗の父親だ。間違いない。だが……では、自分は?
『よって正宗。お前には死んだ事になってもらわなければならない』
あまりにも身勝手な事を並べられると、怒りや困惑が無限に積み上がり、結果として俺の胸中は完全なる凪となった。これは、諦めだ。この男が、一度こうと決めた事をひっくり返すのを嫌うのはよくよく知っているし、その男が断言する事なのだ、こちらの意見や要望など聞き入れる気は最初から無いのは目に見えている。要するにこれは、最終通達……否、宣告。既に決まったことを、ただ伝えられているに過ぎず、そして俺はそれに従う以外の道は無い、という事だ。
『自害せよ、と仰るのですか』
自然と、声は震えなかった。諦めの境地にあるからだろうか。それとも、もう……心が死んだか。九条家の当主になるべく、必要な知識・技能だけを叩きこまれ、その他の一切を与えられず、その状況に疑問すら抱かず今まで生きてきた俺には、似合いの結末だ……そう、感じていたのかも知れない。変わらぬなら、変えられぬなら、無駄に足掻く事もない、と。
『それも考えたが、流石にそれは忍びない』
何処まで本心なのか解りかねる言葉が右から左へ抜けていく。死んだ事にすると言われ、だが死なずともよいと言う。この矛盾の先に何があるのか、興味はないが……自らの行く末にいかなる画を描いたのか、ただそれだけが知りたかった。
『正宗。お前にかけた術を解く。お前は九条でも正宗でもない、ただの女として自由に生きよ』
厄介払い。つまりそういう事だと、俺は理解した。否の言葉を口にする気にもならず、ただ了と伝えれば、背後の扉が乱暴に開かれ……飛び込んできた妹が、父の顔面を全力で引っ叩いた。
その先、どんな言葉が交わされたのか……俺は知らない。知りたくもなかった、さやが何と言おうとあの男は変わらないのだ。ならば、泣き叫ぶ妹と聞く耳を持たぬ男の不毛な会話など、聞く意味も無い。静かに退室する俺の後ろで、もう一度……乾いた音が響いた。
……あれから数日。突然の訃報、葬儀と家中が慌ただしくする中、俺は自室すら取り上げられて……いや、俺、はもうおかしいのか、私は自室すら取り上げられ、屋敷の奥の方にある物置に身を寄せていた。突然現れた名もない私が、九条正宗の変わり果てた姿……もとい、本来の姿であると知っているのは父と母、そしてさやの三名だけ。他の使用人達は、誰一人として私などという女を知らないし、知る由もない。そんな私に、さやは毎日食べ物や飲み物、湯浴みの手助け……と、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。きっとそれは、勝手なことをした父親への全力の当てつけだったのだと思う。……さやは、私が兄であった時と同じように、変わらぬ様子で接してくれた。むしろ同性となったからなのか、より優しくしてくれたようにも思う。とはいえ、いつまでも……この屋敷に留まることは出来ない。いずれ、ここを出なければならない……それは変更不可の現実だ。
「…………」
父親だったものに与えられた猶予は一週間。その間に、ここを出なければならない。あと二、三日もすれば……この屋敷とも、さやとも、他の全てを捨てて旅立たなければならない。……宛てのない、いつ終わるとも知れない旅に。
あの男は、最後の温情だとばかりに、まとまった金をこちらに寄越した。受け取らないという選択肢もあったが、現状……こちらは何もかもを取り上げられた身だ、それに金は幾らあっても困る事は無い。その金で、旅に必要そうなものを少しばかり買い集め、後は後々の為に取っておく事にした。
……で、だ。女の一人旅、道中何があるか解ったものではない。付添人でも用意出来ればいいが、金以外何もない自分にそれは難しい相談だ。だが、幸運なことに私は魔法使い……否、魔女だ。使い魔の一匹や二匹呼び出して連れ歩けば、妙な連中を寄せ付けない事くらい造作もない。……ハズ、なの、だが。
「……ぅぅ……」
その使い魔の召喚こそ、私が不得手とする事だ。薬品の調合や護符の製作、彫像辺りは得意だと考えているし、周りも一定以上の評価をしてくれていた。だが、こと召喚については……全くと言っていいほど、それこそ魔法など扱えぬ一般人と何ら変わりない程に、成功した例すらない体たらくのまま、今に至っている。……父は恐らく、この召喚が出来ない、という点から九条正宗に見切りをつけたのだろう……さやは非常に強い魔物も自由に呼び出していたからな……。
魔法使い、魔女にとって、使い魔の召喚は初歩の初歩、基本のキだ。動物や位の低い悪魔であれば使役する為に、位の高い悪魔であれば契約を結ぶ為に呼び出し、その力を我が物として扱う……それこそが魔法使いを魔法使いたらしめる、魔女を魔女たらしめる絶対要素だ。それが出来ないという時点で……どんなに調合の知識を積み上げても、芸術品に準えられさえもする彫像を作り出すことが出来たとしても、一人前の魔法使い、魔女とは呼べない。……そんなこと、言われなくたって解っているし、散々努力してきた。だが、コウモリの一羽、ネコ一匹たりとも呼び出せず、魂に悪い呪いでもかかっているのではないかと疑われた事すらもある。そんな私が名も地位も居場所も家族も全てを失うのは、当然……なのかも、知れない。
「はぁ……」
一字一句全てを暗記するほどに読み込んだ召喚の導書を手に、目の前の魔方陣を乱暴に消す。薄暗く、無駄に広い倉庫の床に座り込んで、白い蝋石で床板に魔法陣を描いては、召喚を試し、消してはまた呪文を唱え……この場所に隠れてから、何度試しただろう。床板の傷に構うことなく蝋石を動かすのも、段々と飽きてきた……飽きている場合ではないが、こうも……何の進展も見られない事を延々繰り返すというのは、恐ろしく精神を摩耗させる。ほんの少しでも、希望の光……否、一瞬のちらつきでも見られれば違うのだが、ものの見事に……ウンともスンともいわぬ魔法陣を前に、あと何回……溜息を吐けばいいのだろうか。
こうなったら最終手段、危険を承知で一人旅に出るしかない。位が高かろうが低かろうが、悪魔は呼び出した者にしか従わない。他人に呼び出してもらう、等という都合のいい事は出来ないのだ、ならば仕方が無いではないか。
「あーもう……」
今だ聞き慣れない己の声に眉を寄せ、手のひらで魔法陣を消す。あまりにも繰り返しすぎて、床が白く染まり始めている……こんな所に魔法陣を描いても大丈夫だろうか。……否、別にどうという事もないだろう、ネコやイヌを呼ぼうとしているだけなのだ、手違いがあった所で……ドラゴンが出てくる訳がない。
「今日はもうこれで最後にするか……」
天窓から覗く満月を力なく見上げ、その目を閉じると私は最後の詠唱に入る。どうせ今回も失敗する、もう分かり切っているのに……今、召喚が成功したところで、自分はもう……。
「我が前に在りし扉に導かれしものよ、その姿、我に晒せ!」
投げやりな詠唱は、日も落ち冷たさを孕み始めた空気に溶けて消える。知っていた、知っていたと繰り返す脳裏に首を左右へと振り、魔法陣を消そうと、目を見開いて――
「……ぇ?」
光。黄色、否、金色の光。それは間違いなく、魔法陣から……真っすぐ天井へと放たれている。これは、何だ、これは、一体? 一体、じゃない、これは、これは魔法陣が反応している証拠だ、魔法陣とは扉、あちらとこちらを繋ぐ扉だ、そして呪文は扉を開く鍵、と、いうことは、まさか、そんな、ついに、遂に、遂に!?
37年生きてきて、初めて目にするその光に、思わず涙が溢れた。ずっと、ずっと見たかった光、本当なら……もっと早くに目にしたかった光が、確かに目の前に存在している。思わず身を乗り出し、扉を通り抜けてくるものの来着を待つ。自然と顔が綻び、心臓がばくばくと早鐘を打った。
「来たれ!」
一刻も早く、一瞬でも早く会いたい。その一心で呼びかければ、ついに……それが、姿を、現した。
「……………………」
光が、消える。役目を果たした扉はただの文様に戻り、その上に……私が召喚んだものが、鎮座している。だが、それは……私の想像よりも遥かに大きく、遥かに……おぞましい、見た目を、していた。
「…………貴様が俺を召喚んだのか」
“それ”が語り掛けてくる。明らかに人の言葉で。声質からして、男性……のようだが、その見た目は人のそれとはあまりにもかけ離れている。高さ2メートル、幅3メートルを優に超す巨体は、寄り集まった無数の触手で構成されている。それらはぬらぬらと蠢きながら、まるでこちらの様子を窺うかのように揺れている。目、鼻、口といった器官は見当たらず、一体これがどうやって先の言葉を発したのか全く見当もつかない。おかしい、私は、私は……イヌを呼びつけようとして……いたの、だが……こんな巨大な、どう見ても犬には見えない、しかも人の言葉で喋るモノなど、召喚んだ覚えはない!
「おい、どうした」
“それ”が再び声を発する。それは実に聞き取りやすく、その内容も簡潔で受け止めるのに苦労するようなものでは無い。だが、状況が……状況があまりにも異様かつ異質すぎて、とても素直には受け止められなかった。
「……あ、の」
見た事も無ければ聞いた事もない、未知の化け物を前に、私は何とか口を開いた。相手が何者か分からない以上、危険であるか否かも判断がつかない。とりあえず、会話自体は成立しそうだが……自分は一体全体、何を召喚んでしまったのだろうか。
「わた、しは、その……大型犬を召喚ぼうと思って……その……」
「は? 犬? そんな訳あるか、この俺を召喚ぶ魔法陣と、犬ッコロを召喚ぶ魔法陣が同じわけ無いだろうが」
私の言葉に少し苛立ったのか、化け物はずるりと全身を引きずるようにして後ろへと下がった。そこには……白く擦れた汚れが残っているだけで、魔法陣と視認できるものは残されていなかった。……そうだ、召喚に成功したら、魔法陣は……消えるのだ。呼び出したものが、勝手に帰らぬように。
「……まあ、何の手違いか知らんが、お呼びでないならとっとと帰してくれ」
産まれて初めて成功した召喚が、訳の分からない化け物だった……その事実に打ちひしがれる猶予も与えられず、私は“それ”を帰すべく……
「わか、らない」
「は?」
そうだ。私は、私は確かに犬を呼び出す魔法陣を描いたのだ、なのに……何故か、この化け物が召喚されてしまったのだ。まさか、犬の魔方陣を描いて……帰せるとは、思えない。それを素直に伝えると、相手は無数とある触手の動きを全て止め、深い、深い溜息を吐いた。……少し、いらっとする。
「魔法陣に定義されてない別物を召喚び出すとか、貴様本気で言ってるのか?」
ずい、とこちらへ身(?)を乗り出してくる相手に、私は思わず後ずさりながら何度も頷く。だって本当なのだ、犬を召喚する魔法陣を私は描いた、絶対にそれは間違いない。そして呪文を唱えたのだ、そうしたら――
「……姉さん?」
「!」
背後から、怪訝そうな声が聞こえて背筋が凍った。これは……これは、さやの声だ。まさか、そんな、もう眠っていると思ったのに、起きていたのか? ひょっとして、もう間もなく発たなければならない私の為に、何か用意して……?
「た、頼む、姿を隠してくれないか」
「は?」
「いいから早く!」
こんな得体の知れない巨大な化け物と一緒に居る所を見られたら、何と言われるか分かったものじゃない。相手の正体は解らずとも、私が召喚んだのであれば私の命令には従うはずだと、祈るような気持ちで命ずると……盛大な溜息の後、それは一瞬で闇に消えた。
「……」
巨体が、視界内に存在しない。あんなにも大きくて、あんなにもおぞましいものが、一瞬で……消えた。何故? そんな、馬鹿な?
「姉さん?」
すぐ後ろから声を掛けられ、私は慌てて振り向いた。そこには、毛布を手にしたさやの不安げな顔があった。
「ど、どうした?」
「今夜は冷えるから、これがあった方がいいかなって」
こちらの様子に違和感を覚えているのか、さやはいつもの笑顔ではなく、少し曇った表情を浮かべていた。手渡された毛布は、彼女の温もりを蓄えていて……じんわりと、温かかった。
「ありがとう、さや」
こうして顔を合わせて話が出来るのも、あと数日と思うと……胸が苦しい。だが、これはもう……変えられないのだ。
「……あら? ……姉さん、ひょっとして、召喚に成功したの!?」
「え」
きょうは ここまで つづきは また こんど
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魔女と使い魔のお話(仮題)
初公開日: 2020年10月16日
最終更新日: 2020年10月16日
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コメント
魔女にょたやしさんと使い魔下さんのお話。
タイトル?一話出来てから考えるタチなんだ、すまない。
なお 長編です。長編です。
ついでに 途中でR18展開になるので その場合は閲覧制限かけます。