『今日は夜空がきれいだねぇ』
「...そう?いつもと変わんないけど」
『ちげぇよ、ぜんぜん。お前ど近眼だもん、わかんねぇの』
「んなっ、眼鏡つけてますぅ!」
『もーちっと、心で感じるんだよ』
そういって、心臓のあたりを指さす。
そんなこと言ったって、分からないものはわからないのだ。
『よし、散歩行こ』
「は、え、今から?」
『おん、カメラ持ってくる』
こういう時だけ動きが早い。
いつもねみぃだりぃねみぃ、しか言わないくせに。
でもカメラを構えて楽しそうにしている彼を想像すると、それを隣で見れるのだと思うとわくわくしてきてしまったので「仕方なく」私も靴下をはいてパーカーを羽織り、玄関で靴を履いた。
すぐに、レンズの部分が長い、大きなカメラを持ってきてそれからサンダルをつっかける。
夜の散歩が始まった。
*
いつも買い物の帰りに休憩する高台にある公園に到着。
ここからの夜の景色は初めて見た。家の光がきらきらして綺麗だ。
星は辛うじて一つ二つしか見えなかったけど、隣の彼が楽しそうにシャッターを切っているから収穫があるみたいで良かった。
夜景が特別好きなわけではないけど、面白いなと思う。見るたびに少しずつ違う表情になる感じがして楽しい。
しばらく、ぼぅっと景色を見ていると、不意に智くんの腕が私の肩に当たった。
「さむい?」
『ん、ちょっとね』
「くっついていーよ」
そういって腕に抱きつくと大きな手で頭を撫でられる。
ふわふわした声が耳を擽ってなんだかうれしい。
『...ね、こっち向いて』
「ん?」
キス、をするのかな。
ゆっくりを目を閉じる。
だんだんと彼の匂いがちかづいて、それから
かしゃん、と眼鏡が鼻に当たる音がした。
『.....これ邪魔だな』
顔をうっとおしそうにしかめ、私の顔に手を伸ばす。
「あ、とらないで。」
『なんでや』
「さとしくんの顔、見えなくなっちゃう...」
『...なんそれ、かわいーなお前』
私が眼鏡をかけなおすと嬉しそうな顔がはっきり見える。
それなのに、はっきり見えていたのに、彼はまた眼鏡を取ってしまった。
「え、ちょ、なん...っ」
そうしてまたいきなり唇を押し付ける。
はむ、とその柔らかさを堪能してから顔を離した。
『ん...眼鏡あっと近づけねぇの、俺それやなの』
「いや、だって見えない」
『近づけば見えるでしょ』
ちゅーするとき近くなんでしょ、っていやまぁそうなんだけどさぁ。
返して欲しくて彼の手元にある眼鏡に手を伸ばすとひょいと交わされてしまった。
『眼鏡の隙間いらねぇの、ちゅーするときは禁止。ぼっしゅー』
「もう!わがまま!」
『んふふ、おこっててもかわいーね』
「かわいくないっ、こら、指紋つくから!ぎゅーって握っちゃだめ!」
とれるもんなら取ってみろ。そうやって高いところに手を伸ばして、背が小さな私は取り返そうと手を伸ばした。
私の手のひらは何度か宙を掻いて、それからバランスを崩して彼の腕の中に飛び込んだ。
『うわ....っぶね、』
「もーーー、こけそうなった」
『ごめんごめん、ちゅーするから許して』
それ智くんがしたいだけでしょ。
キスをするとき、少し目を細めて私の唇を見るあなたの顔が好きなのに。ぶつかる少し前に小さく開く唇が見たいのに。
今日はその武器がないからぼやけてしまってよく見えない。いつもと同じ、愛おしい顔をしてるだろうか。
見えないから、でも仕方ないから。温もりだけはちゃんと感じたくて頬に手を伸ばす。
ゆっくり近づいてくる彼の顔が、ぼやけて、それから少し鮮明になってくる。目が合って、鼻が触れて、いつもと違う、隔たりがない世界はいつもよりも温かい気がして。あぁ、悪くないかも、なんて内緒だけど。
掠れる唇が好きだよとつぶやいて、いつもより温かなくちづけをした。