階段教室の東側、後ろから二番目の列の端っこ。木曜の午前の最後の授業、私は決まってこの席に座る。学年問わず履修できるこの科目の先生は試験で結果を出せばいいという主義で、授業態度を注意されることはあまりない。今日も今日とて、教室には淡々とした説明と黒板にチョークが走る音、そして隣の席で身体を丸めて眠るグリムの寝息が響いている。
(今日は間食してなかったな)
西側、真ん中辺りに座るジェイド先輩を視界の端に留めながら、ノートにペンを走らせる。燃費が悪いと自称するだけあって、先輩はよく休み時間にビスケットやキャンディを摘んでいたりする。小さく開いた口に素早く放り込んではもぐもぐと咀嚼しては、何事もなかったかのように授業の準備をするのだから面白い。背が高い先輩の顔をじっくりと眺める機会はなかなかないから、この時間はとても貴重なのだ。
左手で軽く机に添え、右手に握られたペンはさらさらと文字を綴っていく。その淀みない動きは海の中を泳ぐよう。何か気になることがあったのか、つり目気味の瞳を軽く瞬かせた先輩は、教科書を数ページ捲っては黒板とその視線を行き来させ、やがて納得したようにノートの端へ矢印を伸ばした。
(綺麗だなぁ)
いつも浮かべている笑みを少しだけ控えたその静かな表情。凛と伸びた背筋とお手本のようなペンの持ち方。艶やかに光るターコイズ。この時間帯、窓から差し込む光はまるでスポットライトのように先輩を照らし出す。そして、興味深そうに黒板の白字を追いかける金とオリーブ。
(あ、この話、ジェイド先輩好きそう……やっぱり)
特にそれが輝く瞬間を、段々予想できるようになってきた。
壁の時計に目をやれば、残り時間はあと五分。待ちに待ったランチタイムだと教室のあちこちで気の早い生徒が片付け始めている。
(今日もあっという間に終わっちゃった)
毎週木曜四時限目。今度はどんなジェイド先輩が見れるかな、なんて、もう来週のことを考え始めてしまう。
(ジェイド先輩、またお昼ご飯山盛りなんだろうなぁ)
そう思いながら彼へと視線を戻すと、涼しげなオッドアイと目が合った。……目が合った?
(えっ)
ごりっ、とペン先がひしゃげる音。広がっていく真っ黒な染みに意識を向ける余裕なんてない、瞬きも忘れて呆然とする私はどんな間の抜けた顔をしていたのだろう。西側の数段下の席で、ジェイド先輩は口元に手をくすくすと小さく笑っていた。