「お酌が上手になりましたね」
アルコールのたっぷりと含まれた呼気が、頬と耳のあたりをふうわり撫でていく。部屋の灯りは既に弁解のできないほど湿っているくせ、学園長は不自然なほどいつも通りの声色をしていた。酒に強いのだと本人が言っていた。それが嘘ではないのは、もうかなり前に確信できていたし。
そりゃ、おっかなびっくりボトルを傾けて大笑いされていた頃に比べれば少しは良くなっているだろう。嫌味かとも思ったのに(だって、彼はよく含みのある物言いをするし)、学園長があんまりにも優しく、ふっくら笑っているものだから、スッカリ毒気も抜かれてしまった。
冷静になってみれば、大部分が仮面に隠された彼の頬や、きっちり着込んだその服の隙間からほんのわずかだけ覗く肌は軒並み血色(ちいろ)のピンクでいる。それに気づいてしまったから、もう、どうしようもなくそわそわとして、腹の上底が焼かれたみたいにあつくて、ちょっぴり結露に濡れたボトルを取り落とさないようにするので精一杯になってしまった。ソファの軋む音がやけに耳へこびり付く。
あたたかな光を反射した仮面は濡羽色を一層濃くして、蓄音機からささやかに吐き出されるピアノが形を持って、足元から動きを絡め取っていくような錯覚さえ覚えた。
たがのたった一つだけ外れた、かわいいひとが笑っている。
視界の端で、ちいさな水溜まりがこの理性を侵略している。
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初公開日: 2020年09月26日
最終更新日: 2020年09月26日
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