「はい、オレの勝ち」
場に出されたダイヤのキングにハートのクイーンが重ねられ、勝敗がつく。次いですぐさま告げられた勝ち誇った宣言にデュースは低く唸り声をあげた。
エースにポーカーやダウトでは全く歯が立たないので速さ勝負であるスピードで挑んだのだが、結局ストレートで二敗してしまった。
トランプを集めてシャッフルするエースは見るからに上機嫌で。悔しげなデュースを見てニヤニヤと意地悪く笑っている。
「次で三回目でしょ。負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞くってのはどお?」
勝つ自信があるのだろう。自分の勝利を前提に賭けを持ち出してくるのに腹が立つが、デュースよりはエースの方に勝つ見込みがあるのは確かだ。エースは二つに分けたトランプの片方をデュースに差し出してくる。
こんなトランプゲームでエースの言いなりになるのは癪だ。束を赤と黒のスートに分別しながら、デュースはじとりとエースを睨みつけた。
しかしエースは相変わらず食えない笑みを浮かべているのみだ。その余裕の表情を崩してやりたくて、デュースは思考を巡らせる。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「僕はそんなに安くないぞ」
「はぁ?」
「エース、今バスケ部の大会中だろう。準決で勝ったら、何でも一つ言うことを聞いてやる」
ふん、と鼻を鳴らす。エースはデュースの思惑通りぽかんと間抜け面を晒したが、すぐに目を眇めて口角を上げた。
「言ったな?」
「二言は無い」
「首洗って待ってろよ」
「上等だ」
挑発的なエースにきっぱりと言い切って胸を張る。
──ちなみにデュースはそのあと三敗した。
***
大会前のため陸上部は休日も変わりなく活動している。計ったタイムをノートに記録して、クールダウンのストレッチまできちんと終えてから、夕方頃デュースはハーツラビュル寮に帰ってきた。汗を流すのにシャワーを浴びながら、そういえば今日はバスケ部の準決勝の日だったことを思い出す。
賭け云々の前に、勝てるといいなとぼんやり思う。負けて落ち込むエースなんか見たくない。いやアイツのことだから落ち込んでいるのを隠してへらへら笑うだろうが、デュースはそれすら痛々しくて見ていられない自信があった。
きちんとスキンケアをしろと口酸っぱく言われているので浴室で済ませてから部屋に戻る。試供品で貰ったバラの香りのヘアオイルをつけてから、風邪を引かないようにドライヤーでしっかり髪を乾かした。
ほかほかと身体が温まったせいで瞼が重くなってくるが、今日はエースが帰ってくるまで待っているつもりなので、途中まで終わらせた課題を持って男女共用の談話室へ向かう。
魔法解析学のやや難易度の高い問題を前にウンウン唸りながらノートにペンを滑らせていると、暫くしてバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。
「勝った!」
ばん、とドアに手をついて中を覗き込んでくるのは待ち人であるエース。珍しく毒気のない笑みできらきらと瞳を輝かせている。
「本当か!?」
デュースはああ言ったが準決勝まで上り詰めた相手だ、相当強敵だったろうに。勝率は半分ほどを見ていたので、素直に驚く。
運動着姿のままのエースはソファーに座っているデュースにぺたぺたと近づいてきた。エースもシャワーを浴びてきたのか、頬が紅潮している。
「ね、勝ったら何でもしてくれるって言ったよね」
うぐ、とデュースは言葉に詰まった。勝ってほしいと思ってはいたが、エースの言うことを聞きたかったわけではない。一体どんな無理難題を押し付けてくるのかと身構えた先、エースは溜息をついて肩の力を抜いた。
「……課題、写さして」
「は? いやでも課題は自分でやらないと意味が……」
「何でも、でしょ?」
にんまりと目を細めたエースはデュースの隣に腰掛ける。テーブルをちらと見て、来週までの課題を終えていないのが分かっているくせに、嫌味ったらしく言葉を連ねた。
「優等生のデュースくんなら、もうとっくのとうに全部終わらせてるんだろうなぁ」
「……あと二問」
「じゃあ待ってる」
エースが膝に頬杖をついて、大人しくデュースの動くペンに視線を注ぐ。そう黙って見ていられると些か居心地が悪いが、待たせている以上早く終わらせなければならない。何分か沈黙が流れて、ふとエースがデュースを窺い見た。
「デュース、シャンプー変えた?」
「ん?」
「なんか違うにおいする」
いつも近くにいるのでデュースのシャンプーの香りもすっかり覚えてしまったのだろう。しかしデュースは首をかしげた。シャンプーは変えていない。何か特別なことをした覚えも……ある。
「ヘアオイルの試供品を貰ったんだ。それの匂いかもしれない」
「へー、ローズ?」
「うん」
へえ、ともう一度呟いたエースは、突然デュースの肩に頭を預けた。首筋に鼻を埋められて、未知の感触に飛び上がる。
「うわっ」
「いーにおい……癒される……」
「嗅ぐな!」
デュースは自分の体温がぶわりと上がるのがわかった。シャワーを浴びてきたばかりとは言え、変な臭いがしないだろうかと不安になる。
なんとかエースを引き剥がそうとするも、腰に手まで回されてしまった。てこでも動かないつもりだ。
「いいじゃん、いま制汗剤の臭いで鼻ツーンってしてんの」
「あー……」
その強烈な臭いにはデュースも覚えがある。
「塗っても塗っても身体冷えないんだよな」
「そーそー、汗で流れるから余計ドバドバつけて」
「わかる。更衣室がすごい臭いになる」
「キッツイよねアレ」
エースが喋るたびにもごもごとくすぐったいが、運動部によくある辛さは分かるので、デュースは気にしないことにした。とりあえず邪魔されない限りは実害が無い。
ぐりぐりと頭を押し付けてくるエースを無視して課題に向き直る。ええと、確かこの事象にはマーカーを引いたはずだ。少し時間を置いたからか、解方が浮かび上がりほっと安堵の息をついた。ぺらぺらと教科書をめくり、内容を噛み砕いて自分の言葉で説明を書き綴る。よし、あと一問。
気合を入れてペンを握り直したところで、エースがやけに静かなのに気が付いた。
「エース?」
「……」
すやすやと安らかな呼吸が返ってくる。寝てしまったようだ。よくデュースの肩の上だなんて不安定なところで寝られるな、と逆に感心してしまう。
ソファーの背もたれに寄りかからせてやった方が熟睡できるだろうが、移動させるとその振動で起こしてしまうかもしれない。試合で疲れたのだろうし、ほんの少しでも休息をとらせてやりたいと思うので迷う。
ロクに身動きも取れないままデュースが困っていると、丁度いいところにバスケ部の先輩が談話室に顔を出した。エースより遅れて、たった今帰ってきたらしい。
「お疲れ様です」
「おー、お疲れさん。エース寝落ちてんの?」
「は、はい」
「そいつ、今日めちゃくちゃ頑張ってたから、労ってやって」
「そうなんですか?」
先輩の言葉にぱちくりと目を瞬かせる。難敵相手に部員全員が頑張っていただろうにわざわざ言及されるくらい、今日のエースは頑張ったらしい。いつも飄々とした態度のエースばかり見ているので新鮮な気分で、エースに視線を向ける。稼働範囲が狭いせいでだらんと垂れ下がった腕しか見えない。
「リーチの次に得点獲ったんだぜ」
それはすごい。バスケ部のフロイド・リーチといえば校内でも有数の長身で身軽だと有名だ。そんな人物とタメ張るなんてやるじゃないか。
じゃあな、と去っていく先輩に再び挨拶を返し、デュースはぽかぽかとした気持ちで頰を緩ませる。ペンをテーブルに置いてそっと頭を傾けるとふわふわの頭の上に乗せた。
「がんばったな」
熱い手の甲に手のひらを重ねる。エースの体温で散らした睡魔にまた襲われそうだ。課題があと一問残っているが、それはエースが起きてから一緒に解けばいい。魔法解析学はエースの得意教科だし、やはり課題は自分で解くべきだと思うので。それが例え一問限りであっても。
「……しかし、そこまでしてサボりたかったのか」
相変わらず不真面目な奴だな、と溢すと夢の中にいるエースが抗議するように小さく呻き声をあげた。