お題:熱帯夜、コンタクト
 子供の元気は無尽蔵で敵わない。夏の休暇も始まってから一週間は経ったというのに、歳の離れた弟と妹は飽きもせずあれやこれやと遊びの相手をせがむ。今日もやっと寝かしつけて、ようやく自分の時間ができた。明日も朝からケーキ作りの手伝いがある。実家だというのに、いや、実家だからこそ、仕事が多い。副寮長の仕事もそれなりだが、あれらは半分趣味のようなものだ。癖のあるやつらでも幼い子供よりは話が通じるし、ケーキ作りも自分のペースでのびのび作ることができる。
 休暇中の課題をこなして、時計を見ればもう悠長に構えてはいられない頃合いだった。寝ると決めた時刻まであと15分。課題をもっと進めてしまうほどの余裕は無いし、そんな気分でもない。早めに寝るしかないか、と考えた後に、ふとケイトの顔が浮かんだ。
 念のためマジカメを開いて、最後の投稿を見る。汗だくの顔の横にアイスを並べた写真。その下には暑い、という趣旨を伝えるためだけに、やたらと派手な文と絵文字が並んでいる。部屋のエアコンが壊れたらしい。メッセージ欄を開いて、一言投げる。
 〔まだ起きてるか?〕
 投稿とほぼ同時に既読のマークがついて、入力中の表示が浮かぶ。驚き終わる前に、返事が届いた。
 〔起きてるよ! どうしたの?〕
 〔いや、とくに用は無いんだが〕
 文字を打ちながら、どうして俺はケイトにメッセージを送ったのかと考える。ただ、顔が浮かんで、まだ起きているかもしれないと思った。その予想と行動は、あまり直接結びつかないように思う。というか、結び付けたくない。なんだか気恥ずかしかった。続ける言葉を考えているうちに、ケイトから追加のメッセージが届く。
〔電話でもする?〕
〔ああ、そうだな〕
 お互い起きているなら、文字を打つよりも話してしまった方が
速い。ケイトは変わらないかもしれないが。すぐに着信が入る。
『もしもーし』
「やあケイト」
『やっほートレイくん。話すの久しぶりだね』
「そうだな」
 休暇に入ってから、メッセージのやり取りだけで直接声を聞くことは無かった。自分よりわずかに高い声が、体の防御を剝がしていくような気がする。なんとなくそんな様子を悟られたくなくて、努めて普段通りを装った。
『てかもっと早く電話すればよかったな』
「そうか?」
『そうだよ! 恋人なんだもん』
「メッセージのやり取りはしてただろ」
『そうだけどさ~。なんか、声聞いたらちょっとほっとした』
「そうだな」
『あ、トレイくんも?』
「んー、まあ」
『そっかあ』
 にやにや笑っているような声色に、諦めて溜息をついてしまう。こちらの様子なんて、繕ったところで筒抜けだったのだろう。
『どうしたの溜息なんてついちゃって』
「なんでもない」
『でたまたそれ、思っても言わないやつ。そういうの良くないと思うな!』
「ったく……お前には敵わないなって思っただけだよ」
『ふふ、そっか』
 短い返事が、妙に気持ちをざわつかせた。甘くて柔らかい音だった。咄嗟に話題を変えた。
「そっちは暑いのか」
『暑いも暑い、ていうかエアコン壊れちゃってホント勘弁って感じー!』
「それは災難だな」
『今日は熱帯夜らしいのに、マジで困る。絶対寝れない』
「はは、ご愁傷様」
『他人事だと思って~!』
 ケイトの睨む顔を思い浮かべて、今度はこちらが笑ってやる。睡眠不足は体力を削る。体力勝負の我が家は空調も万全だ、俺は今日も快眠だろう。
『あ、わかった。トレイくんも道連れにしてやる』
「ええ?」
『いまってさ、スマホ、ハンズフリーとかにしてる?』
「いや、普通に持ち上げて通話してるが」
『オッケー、じゃあトレイくん』
 一呼吸置いて、ケイトがさっきの声を出した。
『愛してるよ』
 甘くて柔らかい。たっぷり情がこもっていると、嫌でも分かる声だ。
『トレイくんもう寝る時間だよね! おやすみ!』
「なっ……」
 次にはもう、無慈悲な機械音が鳴っている。時計の長針は12を過ぎていた。今日は薔薇の国も熱帯夜だったかもしれない。暑くて仕方がない。
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