お題:お菓子、特別な日
『とびきり甘くて特別』
「半年間、『なんでもない日』のケーキを俺の代わりに作ってくれ」、なんて冗談を言ってみれば、あからさまに動揺したケイトが神妙な顔で承諾してしまうものだから、思わず噴き出してしまった。それからかれこれ三十分は経過している。
「悪かったってケイト、そろそろ機嫌直してくれ」
「どうせオレは軽い冗談も真に受けちゃう男ですよ」
「参ったなあ」
「笑いながら言っても説得力無いぞ」
「ははは」
恋人の誕生日くらいはちゃんと用意しよう、ハロウィーンウィークに被って忙しい時期だから、早めに準備も進めよう、なんて考えてくれたらしい。恋人にそんないじらしい態度を取られて、嬉しくない人間はいないだろう。ついからかってしまうのは照れ隠しだ。
「もういいよ、トレイくんには聞かない。こうなったら、とびっきりのプレゼント用意してやるから覚悟しておいてねっ!」
「はいはい、楽しみにしてるよ」
そんなやり取りをしたのが一ヶ月前で、今年の十月二十五日もそろそろ終わろうとしている。いつでも騒ぐ理由を探しているようなやつらをあしらって、談話室の片付けを手伝おうとすれば、リドルに見つかり、エースとデュースに追い出された。静かな廊下を歩いていると、一日中喧噪に飲まれていたのだと改めて感じる。肩の荷が下りた、と表現するのもおかしな気がするが、他に適切な言葉が浮かばない。
自室のドアを、開けようとした。ドアノブへ触れる前に、内開きのそれが動く。そういえばケイトの姿が見えなかったことに気付いたのは、同じタイミングだった。
「おかえり、トレイくん」
自分の部屋は様変わりしていた。普段使っている家具に変化があるわけではない。天井のライトの代わりに、そこかしこに置かれたキャンドルが暖かな光が浮かべている。これもどこから持ってきたのか、ベッドサイドには小さなテーブルとティーセットが用意されていた。
「マイディアー、とっておきのナイトキャップティーをご用意いたしました」
目を丸くしていると、ケイトがずいぶんと慇懃な礼をする。
「驚いたよ」
「どうぞ、ごゆっくり」
促されるままベッドに腰掛けた。ケイトは流れるような所作で、カップに紅茶を注いでいく。フレーバーティーの豊かな香りがもう届いている。
「お熱いですから、お気をつけて」
「ケイトも飲めばいいじゃないか」
「あなたのための紅茶ですから」
聞いたことも無い口調と、見たことも無い微笑みで、迂闊に軽口も叩けない。素直にカップを持ち上げれば、より一層、スミレの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「美味しいよ、ありがとう」
「お気に召していただけたなら、何よりです」
ケイトはどこまでも態度を崩さない。いたたまれなくなって、一口、また一口と紅茶を含む。大した量は入っていなかったから、すぐに飲み干してしまった。仕方なくカップをソーサーに戻すと、それが合図のように、ケイトは俺の前で跪いた。
「お手をよろしいですか」
「ええ?」
ケイトは相変わらず、よそゆきの微笑みを絶やさない。左手は背に回して、恭しく右手を差し出している。
「ケイト……流石にちょっと、恥ずかしいんだが」
「どうか、さあ」
大袈裟な身振りや言葉は、ルークのお陰で慣れていたつもりだった。それがどうだ、鏡を見なくとも、赤くなっている自分の顔を容易く想像できる。照明が控えめで助かった。対するケイトは恥じらいの欠片も見せない。根負けして、怖々と自分の手を、ケイトのそれに重ねた。
笑みを深めたケイトは、ゆっくりとその手を口元に近づけた。そして緩やかに、指先へ口づけられる。
「トレイ、生まれてきてくれてありがとう。今夜はこの身を、あなたに捧げます。あなたの望みはなんでも叶えましょう。どうぞ、なんなりと」
「なんでも?」
「はい」
「じゃあ……その態度をやめてくれ」
「ええ~、せっかく頑張ったのに~」
普段の声色が戻って、思わず息をつく。
「こっちが恥ずかしくてしょうがない」
「ダメだった?」
悲しげな顔で、ケイトは尋ねる。答えを考えあぐねていれば、段々とケイトの表情が崩れていく。
「……分かってるなら聞くなよ」
ケイトはとうとうにやりと笑って、勢いよく抱きつかれる。
「トレイくん顔真っ赤!」
「言うなよ」
「ふふ、喜んでもらえてよかった。愛してるよマイハニー! 誕生日おめでと!」
「ありがとうケイト、俺も愛してるよ」
起き上がったケイトが、俺を見下ろす。薄暗い照明の中でも、鮮やかなリーフグリーンはいつも通りに輝いていた。