お題:看病、海
 海は嫌いだ。体調を崩して寝込むと、昔から海の夢を見る。
 オレは浅瀬で遊んでいる。周りには友達もいて、遠くの防波堤では両親がこちらへ手を振っている。ビーチボールを投げあうだけのささやかな遊びが、信じられないほど楽しい。オレは笑いすぎで頬が痛いくらいだった。高く上がったボールをキャッチして、尻もちをつく。息を切らしながら立ち上がったオレの上空で、瞬く間に黒い雲が押し寄せる。気づけば周りには誰もいない。防波堤の両親も消えている。はっと意識を下に向ければ、腰のあたりまで海に浸かっている。あ、と声をこぼした口に、海水が流れ込む。ざぶんと音がして、オレは海に沈んでいく。足首を誰かに引っ張られているように、体はどんどん沈む。暗くて、冷たくて、静かな海の底へ、どんどんどんどん沈んでいく。ビーチボールはとっくに失くしてしまって、すがるものはなにも無い。もがいても苦しくなるだけだった。怖い、寒い、いやだ、
 ひとりにしないで
「ケイト?」
 声をかけても返事は無い。苦しそうな寝顔だ。聞き間違いでなければ、随分さみしい寝言をつぶやいていた気がする。起こしてやった方がいいのだろうか。病人の睡眠を妨げるのは気が引けた。冷やしたタオルも、今しがた替えてやったばかりだ。やや逡巡して、ケイトの手を握る。いつもより熱い。弟たちの手を思い出す。恋人にそんな感想を抱くのはおかしいだろうか。でも、普段は俺の体温の方が高くて、ケイトの手は冷たかった。
「ん……」
「起きたか、ケイト」
「トレイ」
 掠れた声が痛ましい。虚ろな目が、どうにか俺を見ているようだった。
「まだ寝てろ」
「海で」
「海?」
 ケイトが手を持ち上げる。もちろん握っていたままだった俺の手も巻き込んで、そこに頬を寄せ目を閉じる。
「引き上げてくれて、ありがとう」
 荒い呼吸の合間に、そんな言葉を発した。夢でも見ていたのだろうか。珍しく始終無防備だった。頭を撫でてやれば、満足そうに深く息をつく。子供扱いされてるみたいでヤダ、と言われたのはいつだったろうか。
「普段から、これくらい甘えてくれてもいいんだけどな」
 返事は無い。先ほどより幾分和らいだ表情に、俺の気も抜けた。待つのは得意だ。いつか、お前の悪夢に、初めから俺がいてやれたら嬉しい。
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