その日、俺たちは阿弥陀ヶ峰に出陣していたんだ。
 俺が隊長でな。隊員は、薬研藤四郎、蛍丸、小狐丸、今剣、同田貫正国。この六振りだ。
 別に、いつもの面子ってわけじゃない。うちの本丸じゃあ決まった編成ってのは特になくてな。実力や適性に応じて、その時出陣できる奴が、出陣できる戦場へ行くのさ。隊長役も決まった刀ばかりがやるってわけじゃなく、日によって変わる。全部主の采配だ。適当なのか、それとも緻密に計算されてるのかは分からんが、まぁ、それでいつも上手くいっている。
 阿弥陀ヶ峰での戦闘じゃあ、特に驚くようなことは起きなかったな。退屈するほどいつも通りさ。俺も、他の連中も何度か出陣したことがある戦場だったしな。だからといって、手を抜いたり油断したりってことはないぜ? さすがに敵大将は手強いもんな。それでも皆手傷を負うことなく、無事に遡行軍の野望を阻止することができた。普段からしっかり鍛えている成果が出たってわけだ。
 驚きの事件が起きたのはその後さ。敵の親玉をかっさばいて、遡行軍の気配も消えて、さて本丸へ戻ろうかって時だ。
 今剣が急に言うんだよ。「まだ、なにかがいますよ」ってな。薬研のやつもすぐに気づいたらしい。ふたりして刀を構えて近くの茂みを睨むんだ。俺たちが遅れてそっちへ意識を向けると、なるほど、たしかに微かだが何者かの気配がある。まったく、あいつらの索敵能力にゃあ頭が上がらねえよな。
 柄に手をかけ姿勢を低くして警戒しながらも、皆すぐには動かなかった。まぁ、指揮をとるのは隊長の俺だからな。どう行動すべきか考えたさ。
 奇襲もできただろうが、結局俺が行って様子を見てみることにしたんだ。待機を命じると皆意外そうな顔をしたが、俺の行動を止める奴はいなかった。恐らく、他の連中も俺と同じようなことを感じていたんだろうな。つまりだ。茂みの向こうに居る「何者か」はどうやら敵じゃなさそうだ、って俺も皆も直感していたんだ。
 俺は足音を潜めるでもなく堂々とその「何者か」に近づいて行ったんだが、そいつの気配は特に揺らがなかった。こちらに気づいて逃げたり、警戒したりする様子が全くみられないんだ。草木で隔てられているんだから、相手の正体が分からないのは向こうにしたって同じはずだろう? ガサゴソいって何かが近づいて来りゃあ、普通ちっとは驚くもんだと思うが……そんな気配すら見せないんだ。
 それで、茂みの先には何が居たと思う?
 ははっ、想像もつかないってか。そうだろうそうだろう。なんせ俺たちも驚いたんだ。
 そこに居たのはな……ひとりの刀剣男士だったんだよ。
 見たことのない顔だった。衣服や防具は汚れていて、おまけに刀を持っていなかったな。そんな状態で、そいつはぼんやり地面に座り込んでいたんだよ。
 ……え? 見たことのない顔で、刀も持っていなかったのに、なぜそいつが刀剣男士だと分かったのかって?
 さぁ、なぜなんだろうな。俺にも理由はよく分からない。だが、見た瞬間に感じたのさ。こいつは俺たちと同じ、刀剣男士だってな。
「おーい、どうしたんだ。どこか怪我でもしているのか?」
 俺がそう声をかけても、その刀剣男士はこっちを向かなかった。まるで俺の声なんて聞こえてないみたいに、胡坐をかいてぼうっと虚空を見つめてるんだ。どうしたもんかと首を傾げていたら、後ろで待機していたはずの他の連中がやって来た。俺の様子を見て、警戒する必要はないって判断したんだろうな。
「なんだ、どこの本丸の刀剣男士だ?」
「ほかのなかまはちかくにいないんでしょうか」
「うちの本丸では見ない顔だな」
「珍しいね、出陣先で他の本丸のひとと出くわすなんて」
 皆口々にそんなことを言った。
 確かに、出陣した先で他の本丸の刀剣男士と出くわすようなことってまず無いよな。俺もその時が初めてだったぜ。本丸は無数に存在していて、出陣先の時代や場所は限られてるっていうのに、他の本丸の出陣部隊と出会わないってのはよく考えたら奇妙な話だ。
 なぁ、きみはパラレルワールドって知ってるかい? この世界には、よく似通った別の世界が並行して存在する……ってやつさ。映画や漫画なんかでよくあるだろう。主人公がある行動をして、それがきっかけで何かが起きる。そこで過去へ戻って行動をやり直すと、また別の展開になるんだ。だけどそれは最初の時間軸での運命を変えたってわけじゃなく、行動を変えたことによって新しい別の世界が派生したんだって考え方だ。何度もやり直せば、その分世界は派生していく。あるいは可能性の数だけパラレルワールドがあるって考えることもできるかもしれないな。
 普通の人間は過去に戻ったりなんてできないから、自分の起こした行動の先にある一つの結末にしか出会えないわけだが……今は時間遡行軍って連中が居るだろう。そいつらが過去へ戻って暴れまわった数だけパラレルワールドってやつが生まれるとしたら、今頃その数は膨大に膨れ上がっていて、本丸の数なんてとっくに超えちまっているのかもな。出陣先で他の本丸の刀剣男士に出くわさないのはそのせいだったりしてな。
 話が逸れたな。
 とにかく、俺たちはその刀剣男士のことを放っておけなかったんだ。
 きみも知っているだろう? 阿弥陀ヶ峰はとてもじゃないが一振りっきりで出陣してくるような生ぬるい場所じゃない。こんなところへ一振りで居て、おまけに刀も持っていないなんて、はっきり言って異常だ。何か事情があるに決まっているじゃないか。見ず知らずの刀剣男士とはいえ、他所の本丸で歴史を守っているって点では俺たちと同じだろう? 困っているなら力になってやりたいって思うのが人情ってもんだ。いや、この場合は刃情とでも言うべきなのかな。
「なぁ、きみ。しっかりしろよ」
 俺が肩をゆすると、そいつはようやくこちらへ気づいたようだった。ゆっくりとまばたきをして、不思議そうに俺のことを見上げていたな。
「きみも刀剣男士だろう? どうしてこんなところへ一振りで居るんだ? 一緒に出陣してきた仲間はどこへ行った?」
 そう聞くんだが、俺の言葉が届いているのかいないのか、そいつはきょとんとした顔で黙っているだけなんだ。ずいぶん無口なやつだなって俺が少々呆れていると、横から薬研が口を挟んだ。
「もしかして、記憶が無いんじゃねぇか?」
 言われてみると、そいつは単に黙っているっていうよりも、言葉を探している風に見えた。だとしたらアレコレ畳みかけるのは酷ってもんだ。だから俺たちはそいつの周りに腰をおろして、根気よく話を聞き出すことにしたんだ。そいつも初めの内はうまく言葉が出てこないようだったが、徐々に口を開くようになったよ。それで少しずつ、そいつのことが分かってきた。
 その刀剣男士は、仲間と一緒に出陣してきたが、どうやら途中ではぐれてしまったらしい。なぜそうなったのか、はぐれてからどれくらい経つのかは覚えていないようだった。ただ、ずいぶん長い間一振りで辺りをさまよっていたんだろうってことは想像できたな。ほら、そいつの衣類や防具が汚れてたって言っただろ? それがどう見ても、激しい闘いの末にそうなったって感じじゃないんだよ。どちらかというと、何百年も雨風に晒された経年劣化だって捉えた方がしっくりくる傷み方なんだよな。となるとそいつは、俺たちと同じ時代に出陣してきたってわけじゃなく、もっと古い時代に出陣していて、こうして俺たちと出会うまでの間ずっと一振りきりでここらさまよい続けていたって可能性だってある。つまりは迷子ってわけだ。
 迷子の刀剣男士は、自分の名前も思い出せないようだった。だが、それも無理からぬ話だって思わないか? なんせ、そいつは自分の本体である刀を持っていなかったんだからな。どういう事情で無くしたのかは分からんが、刀を失い主の元を離れて長い年月あてもなくさまよい続けてたんだとしたら、我を忘れちまったって不思議じゃないだろう。俺たちはそう思ったよ。
 ひとしきり話を聞いた俺たちは、一旦この件を主に報告することにした。
 気持ちの上ではそいつをそのまま本丸へ連れて帰ってやりたいところだったが、さすがに主に無断じゃまずいだろう。それに、そもそも時空転移装置の数が足りないからな。
 ほら、時空転移装置って二種類あるだろう。出陣する刀剣男士たちがそれぞれ個別に持って使う「一振り用」と、最大六振りまで一緒に転送できる「一部隊用」だ。うちの本丸じゃあ、遠征では「一部隊用」のものを使っていたが、出陣の場合はそれぞれが「一振り用」を持つようにしていたんだ。
 だから、一振りが一度本丸へ戻って主に事情を説明し、指示を仰ぐことにしたんだ。出陣中、主とは陣形の指示や負傷者の報告くらいの連絡は取り合えるが、あまりこみいった会話まではできないからな。事情を説明するには誰かが一度戻るしかなかった。
 もし俺たちが「一部隊用」の転移装置を使っていたら、そいつとはそれっきりになってたかもな。一度本丸へ戻っちまうと、普通は同じ時間の同じ場所へ正確に飛ぶなんてことはまず不可能だ。だが誰かが残っていれば、主が位置を特定して、もう一度そこへ送り込むことができるだろうと踏んだんだ。
 主への説明役は小狐丸に頼んだよ。待ってる間俺たちは、座り込んだまま色々な話をした。といっても、そんなに実のある内容じゃなかったがな。俺たちで代わる代わる、迷子の刀剣男士に質問を投げかけてみるんだが、そいつは本当に何も覚えちゃいないんだ。生まれた時代、ゆかりの土地、どんな主の元を渡り歩いてきたのか……。あまりに何も分からないもんだから、結局、最後は俺たちで推理し合ったぜ。出陣した面子は誰もそいつのことを知らなかったから、消去法で絞れるんじゃないかとか言ってな。まぁ、結論は出なかったんだが。
 そうこうする内に、小狐丸が戻ってきた。一振りだったが、今度は「一部隊用」の転移装置を使って出陣してきたらしい。主の許可を無事に得られたってわけだ。
 良かった良かったと胸をなでおろしていたんだが、そこへ小狐丸がそっと俺に耳打ちをしに来たんだよ。その内容は驚きに満ちあふれていたよ。なんて言ったかって? 気になるだろ? まぁ、そう慌てるなって。小狐丸はこう言ったんだ。
「ぬしさまにかのものの特徴を説明したのだが、我らが本丸へおらぬ刀剣男士の中にも、その特徴に当てはまるものは居ないそうです」
 つまりだ。俺たちはその迷子の刀剣男士がたまたまうちの本丸へ顕現していない奴で、だから知らない顔なんだろうと思っていたんだが、どうもそうじゃないらしいんだ。
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本丸であったら怖い話
初公開日: 2020年09月12日
最終更新日: 2020年09月13日
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迷子の刀剣男士 鶴丸さん なんちゃってホラー
原稿
※二次創作 ※刀×審神者
もなこ
×××がいない本丸3
刀の二次創作・恋愛要素無し・オリジナル審神者が出る
もなこ
【紘と臣と善】夏の隙間で食べ比べ ★
臣しかいないMANKAI寮に紘がやってきて唐揚げを食べる話。善も来るよ。
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