パッショーネのボスはジョルノ・ジョバァーナという少年である――という噂を組織内に流せば、必然的に街にすらその情報は流出する。街中で彼が『ジョジョ』と呼ばれ、声を掛けられるようになるまでに、そう時間はかからなかった。
 噂が流れていく早さは、光のように速い。
 とはいえ、顔や名前が割れたとしても、流せない事情、悟られてはいけない情報は無数にある。本来ボスと呼ばれる者が表に出ないのは、そういった事情が最大の理由である。
 そのリスクを冒してでも、トップの存在を公開したまでは良い――が、それでもあまり大々的な外出はできなくなった。まるで超人気のハリウッドスターにでもなった気分だ。あまり良い気はしなかったが、反面、これも夢のためならばと諦めがついた部分もある。
 最も情報が盗られない方法は、姿を隠すことである。古典的ではあるが、これが一番、全てから逃れられる。『先代』がそうしていたように。
 ジョルノは立ち寄るアジトも、信用のおける構成員が居る場所に限るようにしている。ジョルノが暮らす屋敷に至っては、カメラや防犯セキュリティ装置こそ無いものの、聴覚や視覚がとても敏感な吸血鬼が住み着いており、正直、アジトや牢獄以上に安全な場所だった。
 先代が身を潜めていたのは、臆病者であるわけでも、存在しているだけで何もしていなかったわけでもない。違法なことをする身分には、違法なリスクが付き纏う。身を隠すのは賢明で適切な判断だと、ジョルノは身を持って理解していた。
 常に『死』とも隣り合わせの毎日を送ることになるとも、自分の存在を公表する以前からわかっていた。実際、何度か自宅へ、侵入者という名の見知らぬ来客が訪ねてきたこともある。ただし、その程度で洩れるような秘密は存在していない。何も盗まれていないため、殺すこともなく逃してやったり――もちろん、二度と侵入の意思が湧かないよう散々脅したが――、吸血鬼が見つけた盗聴器に向かって、デタラメな情報を吹き込んでから破壊したこともあった――そのせいで一時(いっとき)、幹部のグイード・ミスタがパパラッチに追い回されたのも、記憶に新しい――。
「オレが組織の真のトップだってどういうことだッ!?」と抗議の電話が鳴る日々も、この頃は落ち着いていた。仕方がなかったのだ。盗聴器が屋敷に計『四つ』仕組まれていたと気づいたのは、盗聴器を全て破壊した後だったのだから。
 最近はその幹部からも、電話ではなく、メールで報告が届く。ボスの肩書きにも慣れてきたジョルノは、この街において、おそらく最強クラスの護衛が住み着いている自宅で、仲間への指示と今後の動きを考えていた。ソファに座り、ローテーブルに置かれたノート型のパソコンと向き合ってから、もう何時間過ぎたかわからない。
 送信先は幹部のみ。それも、毎回アドレスや経由する回線を変えながらの作業。その手間が面倒この上ないが、これをしないと、すぐに足がつく。
 怖いのは記者や警察ではなく、漏れた情報を裏でやりとりされることだ。ボスの個人情報以上に、組織の動向や目的が漏洩するのを防ぐ必要がある。情報とは、時に薬よりも莫大な金になるのだ。
 自身の油断のせいで自分の『夢』が遠退くような事態は、避けなくてはならない。
『送信』と書かれたボタンをクリックしたジョルノは、前屈みに掛けていたソファへ深く座り直し、背もたれに身を委ねると、ハア――と大きく溜息を吐いた。
 ――しまった。冷蔵庫のチョコレート、もうないんだった……。
 頭を使いすぎたのか、体が糖分を欲していた。つい昨日完食してしまったチョコレートは諦めるにしても、ホットチョコレートならすぐにできるかもしれない。たしかまだ粉が残っていたはずだと、記憶の中のキッチンの戸棚を必死で呼び起こす。
 さて、“いくつ”淹れようかと、ランプが乗ったチェストを挟んだ、ソファの左にあるベッドを窺った。
 ベッドに横たわる巨体は、あれでもジョルノの父親だ。本を読むことの多いはずの彼が、今日は妙な物を手にしていた。
 薄い緑色をしたあれは、先日ジョルノが紙の資料をまとめ縛るために使った、帯状になった紙のテープだ。三十センチほどの長さで切り分けられた紙帯テープが何本か、彼の傍らに散っている。
 一体何をしているのかと、立ち上がったジョルノが傍まで寄ると、父親であるDIOの周囲には、『宇宙』が広がっていた。
「……何してるんだ?」
「嫌いなものを作っている」
「暇なのか?」
「そう言い表すのも不正解ではないが、わたしにとっては『忙しい』とも言うかもしれない」
 嫌いなもの、と表現するわりに、一体いつからこれを作っているのか、おびただしい数の『完成品』がベッドを占領していた。
 緑の紙を両端をクロスさせ、輪になった部分に片側の端を通し、結ぶ。結んだ部分は隙間なく折り目を付け、結び目の形に合わせて順に折りたたんでいく。最後に端が折りたたまれた紙の隙間に差し込まれ、整った『五角形』が完成した。
 五角形の辺部分をそれぞれ指で摘まんだDIOは、中心部に向かって均等に軽く力を込める。膨らんだ五角形が、あっという間に立体の『星形』に変化した。
 何十個目かもわからない星が、DIOの手からシーツへと放たれ、彼の傍らにまたひとつ転がり落ちていった。
 何の意味も功績にもならない、『無駄』な作業に熱中している父に対し、呆れの感情しか湧き上がらない。大袈裟に溜息を吐いてみせたジョルノは、ベッドを汚す星をひとつ摘み上げ、目の前に掲げた。
「こんなに作ってどうするつもりだ?」
「燃やす」
「は?」
「全部燃やして、ケシズミにしてやる。……ああ、いや、そうだな……」
 言葉を詰まらせたDIOの手がジョルノへと伸ばされ、摘まんでいた星は大きな手に奪われてしまう。宙を流れていく星の行方を目で追っていると、チェストの上、ランプの横へとそれは落下した。
「“ひとつ”は……残しておこう」
 特別何かあるわけでもない。無数に転がる他の星と同じ形をしたそれは、煌々と輝くランプに照らされ、明るく鮮やかな色に見えるものの――ジョルノは、星によってできた星型の濃い『影』の方に、目が奪われた。
「頼むから、ゴミを増やさないでくれ」
「処分までやると言っているのだ。放っておけ」
「ひとつ残すんだろう?」
「欲しいならやるぞ」
「いらない」
 冷たく言い残し、星からも目を背けたジョルノは、再びソファへと戻っていった。開きっぱなしだったパソコンをパタンと閉じ、ホットチョコレートは一杯でいいや、という気分になる。
 ――本を読むのはわかる。知識や知恵を他人から得られるからだ。だが……。
「……帆船模型とか、星とか作る暇があるなら……もっと時間を有効活用すればいいのに」
 小さく呟いたつもりが、自分の父の聴覚の鋭さを忘れていた。ジョルノには目もくれず、相変わらず緑色の星を量産しながら、フッ――と鼻で嘲笑う。
 厭味ったらしい笑みに煽られ、腕を組んでベッドの上を睨みつけた。
「『無駄な時間』が『有益』であることもあるんだぞ……少年」
 今し方できたばかりの新しい星を、幾多の人間を殺めてきた手で摘み、ゆらゆらと揺らしながら、見るからに余裕を持て余している穏やかな表情で、DIOは笑っていた。
 それがどうも癪に障る。眉間に力が入るのが、自分でもよくわかった。
「おまえのそれはまるで『生き急いでいる』ようだ。いつ死んでもいいように生きているのだろうが、それがむしろ自分の首を絞めて、寿命を縮めていると考えたことはないか?」
「…………」
 ジョルノが初めて人を殺したのは、十五の時だった。
 今でこそ『ボス』という立場にいるものの、そこに至るまでの道筋は、奇妙な運命によるものだった。正規ルートとでも言うのか、『入団テスト』を受験し、当時の幹部に認められた上で、『新人』として入団している。
 その幹部だ。ジョルノの入団資格を試すだけのはずが、無関係な一般人までも巻き込み、あまつさえ命までも奪った。
 “人を侮辱する者に、我々ギャングは容赦しない”。
 それが、彼からの最初の教えだった。最初にして、最後となった。
 人の命を侮辱した彼に、ジョルノは制裁を加えた。自分の手を汚すことなく、自分に現れた『スタンド能力』を『利用』して、人を、殺した。
 迷いも、後悔も、罪悪感すらなかった。室内に湧いた害虫を殺した時と、何ら変わりない気分だった。
 しかし一方で、その訃報を噂で聞いた時――否、もしかするともっと以前、明確な殺意とその決意が芽生えた瞬間だったかもしれない。ジョルノの心中に、新たな『覚悟』が生じた。
 ――『人を始末するということは、常に自分が始末されるかもしれないという危険を、常に覚悟しなくてはならない』。
 覚悟ならあった。いつ死んでも構わないほどの気高い覚悟。どんなものを犠牲にしたとしても、必ず叶えてみせると決めた、『夢』への希望と野望。
 生き急いでいるわけではない。死と隣り合わせであることを、胸に刻みながら生きているだけだ。喩え目標を達成できなくとも、世代を超えて『受け継いで』もらうことはできる。物質ではないそれを受け継いでもらうためには、自分に誇れる生き方で示し続ける必要がある。
 ――『受け継ぐ』ことが選択肢にない、一世代だけの頂点を目指したものに、これは永遠に解らないのだろう。
 そう思うと、煮え立っていた苛立ちは治まっていき、哀れみすら湧いてくる。不老不死とは魅力的ではあるかもしれないが、やはり『永遠』に魅了される人の気持ちはわからない。
「寿命を引き換えにしてでも、やりたいことがあるんだ。ぼくだけでそれを達成するつもりも、ぼくが死ぬことで途絶えさせるつもりもない。……それで、何が言いたいんだい? 吸血鬼さん」
「むやみやたらと甘い物を摂取しても、疲労回復にはならないぞ」
 皮肉を交えて答えてみても、DIOの機嫌が揺れることはなかった。今し方できたばかりの星をまたベッドの上に落としたおかげで空いた指が、メールを送信する仕事を終えたパソコンを指す。しばらく放置していたせいで、画面には黒一色が表示され、スリープモードに入っていた。
「機械にすら休息は必要なのだ。なぜ人間になった途端、不要になる?」
 またか――と言葉が出るよりも前に、溜息が漏れていた。
 この男は、執拗にジョルノへ休息や規則正しい生活、食生活にまで口を挟んでくる。それが親心から来るものならば、まだ聞いてやろうという気にもなるが、それともまた違う。
 以前に一度、ジョルノは過労により倒れたことがあった。それからだ。それからずっと、口酸っぱく何度も注意される。
 暗殺や事故で死ぬならまだしも、自分の体調管理がなっていないせいで命を落としたり、病に倒れたりするのは限りある時間の無駄遣いだと、ジョルノ自身十分理解していた。DIOは『むやみやたらと』と言うが、これでも以前よりは野菜や肉もちゃんと食べるようになった。やること優先し食事を抜いて、飲み物だけで済ますことも減った。
 たまにおやつを挟むくらい、許してほしい。百年以上の時を生きてきた者からすれば、『たまに』が『頻繁』に見えてしまうのかもしれないが、煩わしいと思わずにはいられなかった。
「……休むことが無駄だとは言ってない。やりたいことに向けて今できることを、早く済ませたいだけだ」
 メール一通で全て済むのならば、誰にだってボスは務まる。今後の動きをどうするべきか、次に報告が来るよりも前に、今しておくべきことは他にないか、常に考えなくてはならない。
 休んでいる間にも、事態は刻一刻と進んでいる。“止まっている時間なんてないのだ”。
 時間を無駄にしているつもりもなければ、急いでいるわけでもない。時間を持て余した吸血鬼とは違い、有限を有効活用しなくてはならない人間の生き方として、常に最善を尽くしている。それだけだった。
 とはいえ、リフレッシュは必要であることも間違ってはいない。こんな無駄なやりとりをしている間にも、とっととホットチョコレートを淹れて、彼の言う通り少し休もうと、ジョルノは踵を返した。一歩目を踏み出そうとしたところで、背後から伸びてきた手によって強めに腕を掴まれ、歩幅ほども進むことは許されなかった。いい加減にしろと憤慨を込めて、首を回しDIOを睨みつける。
 相変わらず気分良さげに、DIOは手に持った緑の帯テープを一本差し出してきた。
「優先順位を付けるのは大いに結構。……しかしだ、少年。『脳』というのは、“一度そのことを忘れた頃に、新たな視点が思いついたりもする”。機械と人間の最大の違いだ。わかるか? 初流乃……『無駄』が『有益』を生み出す……そういう風にできているのだ。奇妙なものだろう。……吸血鬼ですらそうなのだからな」
 ジョルノは何も、答えられなかった。人の行動を邪魔してくるわりに、理に適った説教をしてくるのも、DIOという男の特徴であった。言い返してやりたい気持ちはあったが、それよりも、こんな簡単に気分を変えられてしまうことの方が不服だった。
 ――思えば、ギャングスターに憧れるようになったのも、真剣に人生設計を考えた末に導き出した答えではない。人を見て、与えられたことを実感して生き始めた中で、ふとした時に思い浮かんだ結論だった。
 休めと言うのも、『むやみやたらと』言っているわけではないようだ。
 大人しく緑の帯テープを持ったジョルノは、部屋から出ていくのをやめた。靴を履いたままベッドへ登り、大量に散らばっている星を掻き分けスペースを作ると、父親の隣へぽふんと寝転ぶ。
「これ、ぼくも作るの手伝った方がいい?」
「好きにしろ」
「じゃあ、パソコンに習って『スリープモード』にさせてもらうよ」
 帯テープを傍らにはらりと落とし、ジョルノはゆっくりと瞼を閉じた。自分でも気づかないうちに、相当頭を使っていたらしい。脱力した途端、額に氷嚢でも当てられたように、脳の奥がスッと冷めていくのがわかった。
 隣から、「安直なやり方だな」と呆れた声が聞こえた気がしたが、紙テープのノイズだと思うことにした。
 一時的に考えることを止めたからといって、必ずしも良い考えが閃くわけではない。体調こそ良くなるだろうが、結果的に無駄な時間を過ごすことになってしまう可能性は、十分にある。
 カサカサと、途絶えることなく星を折る音が聞こえてくる。それによって、まだほんの少しの迷いが消えないジョルノの思考は、停止するのを阻まれ続けた。パソコンのように常に計算を続けていたジョルノの頭は、目を閉じたことで靄がかかり、しかし消えるにはノイズが気になって、中途半端に彷徨わされる。それはまた、違う方向への思考を働かせる引き金にもなってしまった。
 仰向けに寝転んでいたジョルノは、DIOがいる方へ寝返りを打ち、伏せていた瞼を開く。
「……困った」
「どうした?」
 多少は気に掛けているのか、反射的にこちらを見たDIOと目が合った。ついでに彼が持っている、半端に折られた帯テープを取り上げて捨ててやれば、たくさんの星の中にひとつだけ、未完成品が混じった。
「頭から離れない」
「仕事か? まあ、気持ちはわからんでもない。シャワーでも浴びれば――」
「いや、違う」
 ジョルノは体を起こし、仰向けのまま体勢を変えようともしないDIOに跨り、覆い被さる。
 見下ろす景色に気分が良くなり、僅かに胸が高鳴った。
「――“父さんのことが”、頭から離れない……と言ったんだ」
 つい一年ほど前まで、ジョルノの人生の中心は、ギャングに関わっていくためのものだった。目を付けられるために違法なバイトをし、金を盗み、警備員には賄賂を渡す。日々それを繰り返し、足がつくのをひたすら待っていた。いずれ昇り詰めるつもりではいたが、入団して間もなく組織を乗っ取れたというのは、嬉しい誤算ではあった。
 しかし同時に、夢への道のりの遠さも痛感していた。目的地とは、ときに見えてしまった方がより遠く感じることもあるのだ。
 途方に暮れる、と言ってしまえば大袈裟かもしれないが、改めて『覚悟』を決めなくてはならないと腹を括ったのだった。
 そんな時に現れ、組織にとって面倒な仕事をひとつ増やしたのが、DIOだった。ただでさえ遠い夢までの道のりを、運命の女神はどれだけ遠ざけさせたいのだろうか。DIOの実態を、SPW財団を通じて知ってしまった以上、実父だ何だと感傷に浸っている余裕はなかった。なるべく早く片を付けようと足掻いているうちに――自分とどこか似ていたこの男を、手に入れたくなった。
 正義を信じ、多くを幸福へ導くことこそ真の幸福だと信じていたジョルノの盲信は、ひとりの男によって、亀裂を入れられる。『自分だけの幸福』は、“彼が持っているかもしれない”と、漠然とした確信を抱いた。
 ――『夢』しか見えていなかったぼくに、『欲しい』ものができた。
 その欲望の向く先が『実父』であったとしても、大した罪悪感は感じなかった。夢のためならば犯罪も厭わないジョルノにとって、その程度、あって無いような問題に過ぎないのだ。
 どんなに思考を停止させようとしても、決して消えることがない信念。叶えたい夢と、それから――。
 帯テープを奪われ自由になったDIOの手は、ジョルノの首の後ろへと回され、緩く引き寄せられる。その意思に従い顔を近づけたというのに、肝心な箇所は避けるように彼の顎が持ち上がり、口付けられたのは額だった。
 力む眉間を見たDIOは、ニヒルに笑う。
「自分の血を忘れることはできない。記憶から消せたとしても、肉体からは決して消えないからな」
 低く掠れた声は、ずいぶんと満足気だった。
「これは『無駄』になるんじゃあないのか?」
「なるものか……『忘れられない』。それ自体が『有益』ではないか……最高の“嫌がらせ”になる」
「……最高にイイ性格してるな、あんた」
 頬が裂けていくように、弧を描きながら吊り上がったDIOの口角を、ついつい目で追ってしまう。唇同士が今にも触れそうな距離だというのに、一切の動揺を見せない彼を、憎たらしくも思った。
「最高の父親で幸せだろう」
「最低だよ。最低なはずのあんたを、参るよなあ、好きになってしまったんだから……」
 仕返しだと、首を伸ばしてDIOの額へとキスをした。
 項を包むその手首を捕えて枕へと押し付け、手首から順に上へと辿る。手のひらに指を這わせ、それぞれの隙間に指を差し込んで絡ませて、父親の手を握った。応じるように握り返されただけで、胸の奥がじわりと熱く昂るのがわかる。
 額に触れた唇は、次に眉頭を、そして瞼へ、鼻筋へ、鼻先へと下りて、右の頬に幾度か口付ける。吊り上がったままのDIOの口が、誘惑するように薄く開いたのもわかったが、あえてそれには乗らなかった。左の頬にも、同じように一度では済まないキスを降らせていく。DIOが呼吸する度、ジョルノの頬と髪を吐息が掠めた。
 十分だとは思わなかったが、執拗くしたからといってどうにかなるような相手でもない。目を合わせられるまでジョルノが離れると、もういいのかい――とでも言いたげな眼差しが向けられた。
 繋いでいない方の肘をDIOの頭上に付いて、首を少し傾かせ、ゆっくりと、一瞬一瞬の感触を逃さないように唇を触れ合わせていく。押し付けることはせず、スポイトから水滴でも垂らすようにそっと、焦れったくなるほどゆっくり動いた。それで辛抱たまらなくなって、縋り付きにでも来てくれば、まだ愛おしく感じそうだというのに。DIOは全てを投げ出すように脱力し、ただ目を伏せるだけだった。
 ――こんな男に、どうしてこんなにも感情を乱されるのだろうか。乱してやっているのは、こちらだったはずなのに。
 DIOの片手が、ジョルノの腰を抱き寄せる。まるで、優勢なのはこちらだとでも言われているようにも感じる、さり気ない手付きだった。
 上下それぞれの唇を、歯を立てないように食んでいると、また口唇が緩み開かれる。誘導されているのはわかっていたが、今度は便乗してやり、舌を伸ばして咥内へと沈んでいった。
 迎え入れられたそれを、すぐに絡めるようなことはしてこない。頭でも撫でられているように、優しく舌が擦れ合い、同じ場所を往復しては時々先端で擽られる。目を閉じたからといって、身を委ねてくれたわけではないらしい。DIOのペースに呑まれたジョルノの背は、不規則な動きをされる度にゾクリと粟立ち、身体が撥ねそうになる。指を絡め父の手を握る力を強くすれば、自由にさせていた反対の手が腰を抱いてきた。
「んっ……!」
 追い詰められつつあることを悟られないように強張れば、代わりに小さく声が洩れた。それでさらに機嫌を良くしたのか、弱々しく弄ぶだけだった舌は根元から絡み取られ、瞬間的に息が詰まる。短時間に酸欠にされた身体を、腰から這い上がってくる手が指先で愛撫し、堪えるためではない声が出そうになる。
 このままでは流される、と察したジョルノが顔を上げようとすると、肩甲骨の辺りにまで迫っていたDIOの手によって後頭部が抑え込まれ、逃げようとしていた動きは封じられてしまった。
「っ、ンン……ッ」
 言葉すら、飲み込まれる。
 塞いだはずの口は“塞がれて”、鼻でするしかない息が乱れていく。せめてもの抵抗に髪を掴んでぐしゃりと握ってみても、なんの効果も表れはしなかった。
 舌先を小突かれ擽られると、脳髄まで溶けていく気がした。DIO相手には、無駄に抵抗しても意味がないと知っている。彼と同じように、なるべく身体から力を抜き、瞼を下ろした。
 見計らっていたのだろうか。目を瞑ったのとほとんど同時にDIOの膝が曲げられ、無意識のうちに熱を孕んでいた、上に跨るジョルノの体の中心部が刺激された。さすがに体は跳ね上がり、閉じたばかりの目は見開くことになった。
 力任せに口付けから逃れ、肘をついていた手で口を拭いながら、調子に乗り始めた父を上から見下す。今にも声を上げて笑いだしそうな、憎たらしい顔をしていた。
「……そういうのは、あとにしてくれ」
「おまえの都合など知らんなあ。あとでならいいのか?」
「…………」
 ジョルノはDIOの上から退くと、星が避けられた元のスペースへと崩れ落ちた。反動で、ふたりを囲む大量の星のいくつかが宙を舞う。
 DIOの肩に額を寄せながら、そのうちのひとつを摘み上げて、目の前に掲げた。
「なあ、この星、やっぱり全部燃やしてくれよ」
「ひとつは残す」
「だめだ。全部燃やせ。あんたが処分しないと言うのなら、ぼくがカエルに変えて、探す気すら起きなくなるほど遠くへ逃がしてやる」
 星の角を指の腹に刺して、微弱な痛みを堪能していると、伸びてきた手によって星は奪われてしまう。
 空になった手のすぐ隣で、DIOは同じように星の角を挟んで持つと、そちらには興味なさげに目を向けず、ジョルノの方を凝視してきた。
「自分には好きにさせろと言うくせに、ずいぶんワガママを言うじゃあないか……初流乃。どうしていやなのだ?」
「……“ぼくの方が焼かれそうだ”……いいか、父さん。あなたの色に染まった星は『緑』じゃあない」
 肩に手を添え顔を寄せると、DIOは目を細め、身を寄せてくる息子の行方を見守っていた。声よりも呼吸で、そして眼で意志を伝えるため、ジョルノは肩を浮かせ、もう一度キスができるそうな距離まで近づく。
 触れてしまいそうで、決して触れさせはしない、極限の距離を保っていた。
「『金の星』だ」
 瞬きをしたDIOの睫毛が、ジョルノを顔を掠めていった。持ち上がった彼の手がジョルノの髪に触れ、絡まっていた緑色の星を摘み上げ、ベッドに捨てた。
「……愛してるよ、初流乃」
「ぼくもだ。父さん。……今度は黄色の紙帯買ってくるよ」
「いや、必要ない」
 大きく開いたジョルノの胸元から、DIOの手が潜り込んで来ようとする。止めるわけではなく、むしろ促す気持ちで手首を軽く握ると、気づかないうちに、上半身に纏う服のファスナーが下されていた。露わになる素肌に、実父の指が這って伝い、左肩を撫でてくる。
 彼の意図を察したジョルノは、手首よりさらに先、DIOの手の甲に手のひらを重ねて添えた。
「充分すぎるほど明るい星がもう、ここにある。これでいい――“これがいい”……」
 ――ジョルノ・ジョバァーナは、ディオ・ブランド―の息子である。本来ならば、どこにもこの『星の痣』は現れるはずのない血をもって、生まれるはずだった。
 しかし現実は、DIOの左肩にも、ジョルノと同じ『星の痣』が存在している。赤の他人であるはずの星を持つ血筋、『ジョースター』の血統によって、もしかしたら、親子は奇跡的に出会うことができたのかもしれない。百年前にはいなかった女の腹から、生まれるはずのなかった命が生まれたのは、『星』が招いた運命のおかげである。『星』のせい、とも言うのかもしれない。
 導かれたのだとしても、選び取ったのだとしても、この運命に悔いはない。正しかろうと、間違っていようと、信じる道をふたりで歩もうと決めたその日から、出会えたことに喜びすら覚えていた。
 これがいい、と呟くDIOの手を持ち上げたジョルノは、その指先に口付ける。星よりも鋭く、闇よりも妖艶な眼が交わると、それを合図として、どちらからともなく唇を寄せ合った。
 ベッドに散らばった星が、ふたりが動く度にシーツから溢れて、床へと流れて落ちていく。それに気づいたジョルノはわざと、さらに大胆に動いてみせた。
 全ての星が床に落ちてしまえばいい。最後にここに残るのは、『金の星』がふたつだけでいい。
 そう強く願いながら、熱に浮かれしゃがれた声で、「父さん」と彼を呼ぶのだった。何も答えないDIOの両手が、そっと自分の背に回されたことを、秘かにほくそ笑みながら。
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ぽるぼろん
今日はそんな集中せずやるのでいつでもコメントどーぞ('ω')
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DioGio
初公開日: 2020年09月12日
最終更新日: 2020年09月15日
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CPとしての無駄親子書く久し振りかもしれない。