君を忘れない
 天気が良い日に行こうと、それだけは決めていた。当初の想像通りか、あるいはそれ以上の晴天となった今日。
 とある人に、逢いに来た。こうして逢うのは何ヶ月ぶりだろうか。来るのが遅いと文句を言う彼の姿を思い浮かべてしまうほど、ぼくの方もどうやら高揚していたようで、来る途中に立ち寄った花屋では、無駄に長く時間を過ごしてしまった。
 まったく、調子を狂わされる。
 辿り着いた小さな教会を見上げると、昼前の天高く昇った太陽に照らされた屋根の上の十字架が、輝いているように見えた。妙だな、あれは石でできているはずなのに。
 教会へ来たが、教会の神や神父様に用事があるわけではない。彼は、この教会の裏庭に、ぽつんと佇んでいるのだ。
 あいつひとり・・・で大丈夫か? ――などと心配する奴もいたが、ここは普段から近所の子供や、敬虔な信徒たちで、曜日を問わず賑わう場所だと知っている。神父様も信用のおけるいい人で、学校帰りの少年少女たちなんかがここで、今日習ったことを教え合っている姿も見られる。
 だからここで、これでいいのだと、念を押したのもぼくだ。
 なぜならぼくは、彼と、故郷が同じなんだ。この街のことは、彼もぼくもよく知っている。良いところも、……悪いところも。
 教会の裏へ回ると、五十人くらいならば余裕でピクニックができそうなくらいに広い庭がある。毎日近所の人々が交代で手入れをしているらしく、枯葉ひとつない、穏やかで温かい空間がぼくを出迎えてくれた。
 そう、彼はここにいる。人々の愛が作り出した、優しいこの場所に。
 いや、もしかしたらここにはいないかもしれない。彼のことだ。誰もいないここは退屈だと、その辺のレストランへピッツァを食べに行っていても、学校まで遠出をしていたとしても、不思議には思わない。
 だが今日は、このジョルノ・ジョバァーナがここに来たのだ。今日くらいは、退屈だろうとここに居てもらわなくては困る。ぼくは君に会いに来たのだから。
「お久しぶりです。元気でしたか? ――ナランチャ」
 白い大理石に刻まれた、『Narancia Ghirga』の文字に向かってそう声をかけると、とても生温くて強い風が庭に吹き荒れた。
 よかった。どうやら留守ではなかったようだ。
「ぼく、こないだ十七になったんです。君と同い年だ。なんだか変な感じがしますね……おっと、文句はぼくに言わないでくださいよ?」
 束ねた後ろ髪が揺らされるほどの強風が止まない中、地に広がる土の上へ、持ってきた花をそっと置いた。
 途端に、風はぴたりと止んでしまった。ピンクのカーネーションを選んでみたんだが、気に入ってくれるだろうか。
「さすがに瓢箪フィアスケッタはなかったので……今日はこれで」
 彼がまだ温かかった・・・・・時、彼の身を守るため咄嗟に植物を生み出した。今だから白状するが、どんな植物を、どうやって守るために生み出そうかなんて考えていられなかった。きっと冷静でいたら、植物なんかよりも、もっと攻撃力の高い動物でも生み出して、彼の番人をさせていたかもしれない。
 それほどまでに、いろんなことが一ペンに起こりすぎたんだ。あの時は――。
「…………」
 あっけなさすぎる――というくらいしか、何も出てこなかった。言葉とか、感情とか、敵だとか、スタンドだとか、考えることが多すぎた中で、本当に、何の前触れもなく、あるはずもなく、君は、ぼくたちの前からいなくなってしまった。
 君たちにとっては、最初の『犠牲者』はアバッキオだったんだろうか。ぼくにとってそれ・・の最初は、ブチャラティだった。動いていたし、話していた。何度もぼくたちを助けてくれていたが、彼は間違いなく、一番最初の『犠牲者』だった。
 そんな言い方したら、何かしらのクレームが聞こえてきそうだが……去ってしまった事実は、変わらない。護ることができなかった真実も、そこにある。
 無駄にしないためにも、悪い意味ではなく、ぼくが前へ進むための『礎』という意味で、あれは犠牲だったのだと、そう思っている。
 そして、君が最後だった。最後にしてやると、強く覚悟した。
 ちゃんとネアポリスへ連れて帰ると君に誓った時――これも、今更だから言えることですが、ぼくね、自分はいつ死んでもいいと思ってたんです。
 もちろん死にたかったわけじゃあない。ぼく自身が『礎』となって、誰かがぼくの夢を継いでくれるのならば、それが実現する瞬間にぼくが立ち会わなくても構わないと……そう思っていた。
 それが、あの時、あの瞬間、変わった。
 “ナランチャを故郷ネアポリスへ連れて帰る”と決めた時、ぼくは理解したんだ。生きなくてはならないのだ――と。
 アバッキオも、ナランチャも、そしてブチャラティも、ぼくたちのために――やめよう。ナランチャの前で綺麗事を言っても仕方がない。
 ぼくのために・・・・・・、戦ってくれた。いろんなものをぼくに与え、先へ進めと背を押してくれた。無責任に惨敗し、地獄で彼らに会うことはできないと思ったのだ。
 それに、同じく彼らの意志を継ぎ、先に進もうとしているミスタとトリッシュを、不利な状況で残していくわけにはいかなかった。ぼくは『百%』ってものを信じちゃいないが、覚悟の度合いという意味で言うのなら、『絶対に』勝利という結果を残せる状態にしない限り、ぼくはここに居座り続けてやると決めていた。
 それだけのものを、彼らはぼくに残してくれた、今のぼくがあるのは、間違いなく彼らのおかげであるし、彼らの意志はまだ、ぼくの中で生き続けている。
 もちろん、故郷に帰ってやりたいことが山ほどあると言っていた、ナランチャの意志も。子供が皆当たり前のように学校へ行ける環境、治安、金を、今整えている。
 ――という話は、前来た時に言ったんだったな。
「……今日は、ナランチャ、告白をしに来たんです。……あなたが神父でも、神すら信じているか微妙なことも承知の上で……聞いてくれますか?」
 そう問いかけても、もう実体のない彼の返事が聞こえることはない。それでもしばらく、沈黙に耐えて彼の返事を待ってみた。
 同い年になった、とさっき報告したが、すまない、前から君が年上だとあまり思えなかった。それでも稀に、やっぱりナランチャの方が年上なのだと実感させられる瞬間があった。ごく稀に、だが。
 小さく幼い子供を、力加減を間違えないように怯えながら、とても緩く我が子を両腕で抱き締める父親のような、柔らかくて少し不器用にも感じる風が、ぼくの持ってきたカーネーションの花びらを巻き込んで舞い上がった。
 しょーがねーなあ、聞いてやるよォ――なんて、言っているみたいに。
「ありがとう、ナランチャ」
 舞い上がったカーネーションが髪にぺたりと張り付いたが、あえてそのままにしておいた。
「自覚もあるし、これが正しいと信じていることは今でも変わらないのです。でもあの瞬間……ちょうど君が、いなくなってしまったあの時ですよ。あの時初めて、一瞬だけ、この言葉に疑問を抱いてしまったんです。……『無駄』って言葉に」
 あれから、丸二年ほどが過ぎたのだろうか。あの時の自分がどれほど幼かったか、今なら客観的に見ることができる。
 ぼくは、あまりに人生経験が少なすぎた。もっと詳細に表せば、ギャングの世界で生きていくということの意味が、実感として薄すぎた。覚悟することと、経験することは、あまりに違いすぎるのだ。
 哀しみの深さが、あまりにも。
 人の『死』というものを、ぼくはどこか俯瞰的に、自分にはまるで関係のない、小説か何かの世界で起こっている出来事のようにすら感じていた。命を軽んじていたなどということは決してないのだが、所謂『喪失感』というものを、知識としてしか知らなかったのだと、身に染みた。
 今は――そうだな。ぼくのいる部屋をノックする音の強弱だけで、仲間の死を察知できるようになってしまった。まったく、嫌な能力ばかり身についてしまったよ。
 慣れたから平気なんてことは、あってはならないし、あるはずもない。ただ、平静を保てるようになる技能くらいは、嫌でも、身についていく。
 あの頃はまだ、慣れていなかったはずなのに。大切な人の死を、酷く嘆き絶望した感情は、本物だったはずなのに。
「……アバッキオも、ブチャラティも……君も。仲間が目の前で死んでいったというのに――『泣けなかった』んだ、ぼくは。ミスタは『奇跡の人』を観たとき以上に泣いていたのに……ですよ?」
 俯いたぼくの髪に付いていた花びらが、弱々しい微風によって、ひとりでに地面へ落ちていった。
 泣けなかった。涙はたしかに込み上げたのに、流れなかった。
 我々はなにも劇団をやっている役者ってわけじゃあないので、悲しい顔ができれば良いというものではないが――どうしても、胸の奥にある何かの蟠りが邪魔をして、ぼくに本心を曝け出させないようにしていた。
 泣いても『無駄』だ。泣けばナランチャが戻るわけでもないのに――などと。あんな冷静でない状況の中ですら。
 あの瞬間は、それが大したことだとは思っていなかった。というか、思う余裕もなかったが、多少視野と経験値が増えた今なら、その奇妙さに気づく。
 ぼくは、人として何か大切なものを、封じ込めてしまっているのではないかと。いつか、仲間の死ですら解放されなかったそれらが、必要となる時が来るのではないかと。
 悔いる時が、いつか。それは一生来ないかもしれないし、今この瞬間なのかもしれない。
「いつかぼくも、今まで溜めに溜めた涙が溢れて止まらくなる日は……くるでしょうか?」
「――『無駄』話は済みましたか?」
 それは、聞こえるはずもなかった、明らかにぼくの話を聞いていた者の声。無論、ナランチャの声ではない。
 風のような無邪気さとは程遠い、大理石みたいに堅苦しい声音だった。
「盗み聞きか……フーゴ」
「人聞きの悪い……たまたまですよ。聞きたくて聞いてたわけじゃあない。忘れろとあなたに命じられれば、そういうスタンド使いを探してでも記憶を消す覚悟もあります」
「あ、それなら日本にいるよ。たしか漫画家で――」
 話題を変えてやり過ごしてやろうと考えていたぼくの目に、鮮やかな紫色の花束が写った。微かに漂うその花の匂いは、どことなく悲しげにも感じられる気がした。
 ぼくの隣まで進んできたフーゴは、ぼくが置いたカーネーションの隣に、抱えてきたラベンダーの花を添えるようにして置く。墓参りとしては見たことのない花の種類に、生前彼が好んでいたのだろうかとすら勘ぐってしまう。
 人にもよるのだろうが、フーゴのような知能指数の高い者は、先を読む能力に長けている。解ってしまうからこそ、時に臆病になってしまうのも欠点ではあるが、なんというか、適材適所というやつだ。使い方次第では、いくらでも生きる。
 ぼくの考えていることが、顔すら見なくとも解ってくれる察知能力の高さは、個人的には高く評価している。
「あたかが来るのなら、違う花を選びました。……調べないでくださいよ、恥ずかしいから」
「律儀だな。言わなければいいものを」
「ジョジョに隠し事? ぼくが? 皮肉ですか?」
「それくらいは隠されようとも、何とも思わないよ」
 立ち上がり、振り向いたフーゴは、おおよそ冗談を続けてくれそうな顔をしていなかった。
 最初の犠牲者は、ブチャラティ。その後に、ふたり。しかし途中で、『死』ではない形で去っていった者がいる。
 チームからの離脱。我々を裏切り、元の組織に忠誠を誓い続けた彼に、ぼくはそれから、チャンスを与えた。
 変わる気があるのなら、変わってみせろと、場を用意した。自分自身の弱い心に屈するような者は、ぼくの組織にはいらない。そのかわり、ほんの少しでも踏み出す勇気を持っているのなら、あとはぼくにすべて任せてくれれば、希望が現実になる未来を作ってやる。
 ぼくを信じることは、君自身を信じることなのだと、彼に選ばせた。不当な社会を信じるか、暗黒の未来を信じるのか。
 そうしてフーゴは、ぼくの手に、震える手を添えて、口付けたのだ。
 その彼が、今、ぼくを目の前にして、一切揺るぎのない決意のある表情を浮かべている。成長というよりこれは、『変化』だ。
 ナランチャたちの意志を受け継いだぼくの意志を、さらに彼が受け継いだという、ただそれだけのこと。
 ――ラベンダーの匂いが、ふわりと漂ってきた。
「ジョジョ。これは組織の外の話で、あなたより長くナランチャと一緒に居たものとして、たぶん彼ならこう言うだろうという意思も込めての話しですが……」
「…………」
「いいんしゃないですか、そのままで。悲しいと感じる感性があるのなら――」
 どうやらまだ、カーネーションの花びらは髪に残っていたらしい。伸びてきたフーゴの指が、ぼくの髪にそっと触れると、ピンク色をした蝶のようなものを指先で摘み上げていた。
 一体何枚付けられたのか、あまり興味を持たなかったことをほんの少し悔いた。
「――まったくもって、『無駄』だとは思いません。喩え涙が見えなくとも、『真実』が、そこにはある」
 ぼくは『フーゴ』を、不必要だと思ったことは、一度もない。彼の持つ能力は、必ずぼくの役に立つと、関わった時間は短いながらも、判断材料としては十分な情報を持っている自負があった。見極める必要があったのは、彼の内面。即ち――『真実に向かおうとする意志』だ。
 それに屈してしまうようなら、彼は危険因子に化ける。それは排除する必要があった。だけど今はもう、“彼はぼくの仲間だ”。
 あの時その場にいなかったはずのフーゴと、直前でいなくなってしまったはずのナランチャが見た、ジョルノ・ジョバァーナの『真実』とは、一体、どんなものなんだろうか。どれほどのもの、なのだろうか。
 ――君たちの言葉を、ぼくは、信じよう。
「……フーゴ」
「はい」
「――ピッツァ……食べに行きません? 奢りますよ、『新人』のぼくが」
「…………」
 硬直して、目を瞬かせているフーゴに、新人の余裕というやつを笑みに変えて見せつけてやる。
 ナランチャ、君からはいろんなものを貰いましたが、ジョークのセンスだけは、ぼくでもフーゴでもなく、ミスタだけが受け継いでしまったのかもしれない。残念だな、君が声を出せたなら、直接ご教授いただくというのに。
 迷いながらも言葉を探しているのかもしれない。彼はいつもナランチャの先生役だったが、なんだか今は、あの頃と逆に見える。下にナランチャが眠る大理石を数秒間、無言で見つめていたフーゴは、大袈裟に深呼吸してみせたかと思うと、大股で教会の外へ続く方向へと歩いて行った。
 ナランチャに何も言わないでいいのかな――と過ぎったぼくの浅はかな考えは、ぼくよりもナランチャと付き合いの長いフーゴのことだ。たぶん杞憂に終わるのだろう。
 離れていく背を見つめているばかりだったこちらを勢いよく振り返ったフーゴは、その勢いのまま、威勢よく声を飛ばしてきた。
「何してるんです!? ……行きますよ、ジョルノ・・・・
 思わす漏れた笑いを最小限にまで押し殺して、止まってくれた『先輩』の背を追った。
 遠くから、子供たちが楽しそうにはしゃいでいる甲高い声が聞こえてくる。その明るさに気を取られているうち、背後からまた、強めの風がぼくらを押してきた。
 庭の奥から吹いてきた追い風は、花の香りを大量に運んできたようで、後にしたはずの庭の鮮やかな風景が鮮明に浮かび上がる。前を行くフーゴもそれを感じ取ったらしく、ぼくらは同時に振り返った。
 ――そうだ。今日は彼に逢いに・・・・・来たのだ。勝手にふたりだけで盛り上がっていたら、そうだな、君は拗ねるよな。
「……また来ます。チャオ、ナランチャ!」
 おう、またな――と聞こえた気がするその音は、たぶん、風だろう。風に違いないというのに、数歩先のフーゴが泣きそうな顔で笑っていたので、追い抜くついでに肩に手を一瞬だけ乗せてから、真っ直ぐレストランへ向かった。
 さあ、行こう。『シンプルなマルガリータ』が、ぼくらを待っている。
2020.9.7
できた! グラッツェ!
カット
Latest / 248:18
カットモードOFF
126:36
ななし@75b0a2
ぽるぼろんさんがんばえー
127:09
ななし@75b0a2
↑ぽるぼろんより
127:10
ずいふう
お疲れ様でございます。
127:19
ななし@75b0a2
あ、お疲れさまですー!
128:00
ななし@75b0a2
アイコンが‪www例の牛乳‪www
128:33
ずいふう
気づいていただけましたか。
128:41
ななし@75b0a2
気づいちゃいました( ・∇・)
129:02
ななし@75b0a2
2000文字も書いてたのかそりゃ疲れるわ。
247:10
ずいふう
おめでとうございます!お疲れ様でございました!
247:40
ぽるぼろん
ありがとうございましたあ!
チャットコメント
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
リハビリするです
初公開日: 2020年09月06日
最終更新日: 2020年09月07日
ブックマーク
スキ!
コメント
ノープランで書くぞ
DioGio
CPとしての無駄親子書く久し振りかもしれない。
ぽるぼろん
【紘と臣と善】夏の隙間で食べ比べ ★
臣しかいないMANKAI寮に紘がやってきて唐揚げを食べる話。善も来るよ。
のーべる