(どうしたらいいんだ……)
学校一どころか、下手すると国一番を争う秀才高校生Kimは、珍しく答えの出ない問いを目の前に頭を抱えていた。
後輩と事故に遭って、入れ替わってる間にWayに告白されて、死ぬかと思ったら今度は「神の手違いであなた死ぬはずじゃなかったみたい」なんて軽く言われて追い返され、あんなに涙ながらに別れたWayとまた再会することになったのである。
最初は普通に過ごしていた。WayもWayであの告白が自分には伝わっていなかったのだと思っているようで、特に告白の返事を求めてきたりはしなかった。ただ、Kimを見るまなざしが少し今までと違って優しいものになった。
KimもKimで、今まで抑え込んでいた思いが爆発しかけているせいでWayを見る目が変わった。今まではそんなこと考える余裕もなかったが、一度死にかけたからかやはりWayと一緒にいたいという思いが強くなったし、Wayが今までどれほど自分を守ってくれていたかを改めて自覚してしまった。
Offとやり合う時、Offの退学を逆恨みしてきたOffの友人がKimに喧嘩を売った時、どんな時でもWayがそばに来て、殴られる前に助けてくれた。Kimが深刻な怪我をしないように、必ず守ってくれたのだ。その愛情の深さを自覚してしまったら、もうダメだった。
──気持ちを抑え込むなんてことは、できそうにない。
だが、今更どうすればいいのだとKimはベッドの上で頭を抱える。Khetに相談すれば「あんた意外とウブなんだな」と笑われるだろう。前より話すようになったとはいえ、弟に笑われるのはKimのプライドが許さなかった。だが、昨今のよく分からない情報も上位に出してくるGoogleに訊くのもアテになるとは思えなかったし、何よりその手のサイトは「男性を思う女性」の気持ちのサイトがほとんどなのだ。Kimのように「男性が男性を思う気持ち」について書かれているサイトは少ない。
かといって、男同士の恋愛を書いている後輩も正直頼りにならなかった。なんせ2人が書いているのはファンタジーだ。試しに作品を覗いてみたが、結果そこにあったのは『突然教室内で服を脱ぎ出したかと思えば宇宙人であることをカミングアウトしたWayがKimを押し倒す』という話だった。どういう状況だそれは。というか教室でそんなことをするなよという現実的なツッコミが先に来てしまい、これ以上本人たる自分が読むのはやめようとページを閉じてしまった。
とにかく、Kimの周りには有力な情報も、頼れる人もいなかった。素直になれない性格な上に恋愛経験も乏しいKimはそこまで思うなら告白すればいいのにという誰もが思う結論を導き出せなかったのだ。
結果、Wayへの気持ちを再度自覚してからは眠れない夜が続き、寝不足の1週間を過ごしていた。
流石の秀才も、寝不足が続けば判断を誤るのか、顔に出るのか、朝会う度にWayが「顔色悪くねえか?夜通しアニメでも見たのか?」と心配してきている。そしてその度に顔を近づけるものだからKimはここ最近Wayを避けて過ごすようになった。別にWayは悪くないが、顔を近づけられると心臓がバクバクして苦しいのだ。息がしたい。
「なあKim、何避けてんだよ。俺なんかしたか?おい、話し合おうぜって。なあ」
追うWayに「なんでもないから俺に近寄るな」と逃げるKim。喧嘩でもしたのかとTwitterでは今も大騒ぎだ。だが、2人を実際に見たシッパーは即座に認識を改める。
「あれ、P'Kimが照れてるだけよね」
「絶対そうよ!耳真っ赤だもの!」
SodaやPanのようにあけっぴろげに騒いでいなくても、鍵のついたTwitterアカウントではそれ以上にえげつない妄想ややりとりの空想が飛び交っていた。
「ついに初夜を迎えたのかしら?」
「おい〜!今夜はお祝いね!」
そんな噂を聞いたのかAngkanaの授業が自習になったりもした。
「P'Kimさ、マジで今日学校休んだ方がいいんじゃない?」
相変わらず寝不足な朝、食卓でパンを齧っているKimにKhetは声をかけた。
「おまえにはかんけーないだろ……」
「あんたの中にまたPanがいるの?」
「?」
「バナナミルク」
「あー……」
Panの置き土産のバナナミルクを無意識に飲んでいたらしい。アレルギーとはいえそんなにひどい症状が出ない体質の為すっかり忘れて飲んでしまったようだ。正直アレルギーと親から聞いただけで本当にそうなのかどうかはKimも知らない。
「きょうテストだし休まないよ」
「そんなヘロヘロなのに?テスト解けるの?」
「学校のテストくらい寝てても解ける」
「はぁ〜……分かったけど、バイクで行くのはやめなよ。絶対事故るから」
二度目の事故は流石に助からないよ、というKhetの忠告に素直に従うことにする。この状態で運転をするのは危険だというのは流石のKimにも分かっていた。ここ数日はバスで通学している。
「いってきます」
先に出たKimを見送って、Khetも荷物を持つ。
「大丈夫かよ……」
今日はサボる予定だったが、予定変更だ。Kimをちゃんと見張ってないとな、とKimの後ろから学校へと向かった。
「おはようKhet」
「おはよう、Pan」
「今日はちゃんと来たのね」
「まあね。兄貴が最近アレだから」
「大丈夫よ。狼男が吸血鬼の世話してくれるから!」
おはよ、と声をかけてきたのはSodaだ。
「そうね!P'Wayがいれば安心よね〜!」
「そういえば」
狼男と吸血鬼、というあだ名を聞いてKhetはずっと思っていた疑問を2人にぶつけた。
「どうしてKimのあだ名は吸血鬼なの?」
Kimは言うほど色白なわけではないし(WayやKhetに比べれば白いが)さして日光に弱いわけでもない。ましてや吸血欲求があるわけでもないし、犬歯も鋭くない。吸血鬼らしい要素は見当たらない。
「ああ、これは先輩に聞いた話なんだけど、うちらが4年生の校舎に上がる前に、屋外の運動でP'Kimが熱中症で倒れたんだって」
「そう!そしてそんなP'Kimを誰よりも心配して介抱したのがP'Wayなの!はぁ〜あの頃からやっぱり愛し合っているのね……!」
「それ以来吸血鬼をお世話する狼男の話は、WayKimのシッパーの間では王道の話よ!」
「はぁ〜うちらも見たかったな〜その現場。ね〜Pan」
「でも熱中症は心配だよね。誰か超上手い絵で漫画描いてくれればいいのに」
「それいい!天才!じゃあうちらはすっごいリアルな小説書こうよ!」
「今日のお題は決まったわね!」
いえ〜い!とハイタッチして教室へと駆け出して行くPanとSodaに、置いていかれたKhetは呆れ顔で見送る。2人が書いた小説が原因で一悶着あったのに、喉元過ぎればなんとやらである。
熱中症ね、とKhetは顎に手を当てる。そういえば確かにKimが4年生か5年生の頃にそんなことがあった気がする。その時は確か学術コンクールが近く、遅くまでKimが勉強していることが多かったはずだ。寝不足だったからか、愛車が置きっぱなしになっているのを目にした覚えがある。
「……まずいな」
完璧主義のKimは、体育を休んだことはない。そして体育館はお世辞にも冷房が効いているとは言えない。
今日のKimの荷物を思い出す。教科書の入ったリュックは、ぺちゃんこではなく、膨らんでいて──
「あいつ、今日体育あるんじゃ……!」
Khetが慌ててKimに電話をかけるが、既に更衣室で着替えているのか電話に出ない。Wayも同様だ。体育は1時間目だったらしい。
「マジかよ……」
今から帰って色々用意した方がいいかな、とKhetは少し途方に暮れた。
Khetの嫌な予想は当たっていた。
寝不足な上に朝ごはんはいつもの半分しか食べれていなかったKimは、1時間目の体育の授業中──バスケの試合中、頭痛に悩まされていた。
(頭、痛い……)
「Kim!ボール!」
「っああ」
仲間からのパスを受け取り、ドリブルする。相手チームにはバスケの経験者のWayがいる。勝負事はいつだって全力だ。Wayを躱すには、このコースを……と考えたところでKimの体は傾いた。足が思うように動かず躓いたのだ。
「わっ」
「Kim!」
「悪い!」
ボールが転がり、相手チームに渡る。
ゲームが動き、集団がKimから離れる。早く合流しないと、そう思って慌てて立ち上がったのがいけなかった。
くらっとする感覚がKimを襲う。視界が暗くなり、平衡感覚が鈍る。あ、やばいと思った時には再びKimの手は地面についていた。
「Kim?大丈夫か?Kim!」
異変に気づいたWayがKimに駆け寄り、ゲームが中断される。
「保健室に運んだ方がいいな」
「Kim、無理すんな」
クラスメートが口々に声をかけ、それにKimは力なく答える。一番近くにいたWayはそのままKimを横抱きにし、近くの男子生徒からペットボトルを受け取りKimに持たせる。
「おい、大丈夫だから……」
「大丈夫じゃねえだろ。つべこべ言わずにそれ飲んどけ」
じゃあせめておんぶにしろよ、と言う元気はなかった。おとなしく冷房のしっかり効いた保健室のベッドに寝かされ、Kimはしばらく涼む羽目になった。
「どうしたんだよ。最近変だぞ」
「何が」
自販機からスポーツドリンクを買って来たWayがKimにそれを押し付けながら訊く。
「何がじゃねえ。最近眠そうだったし、どう見ても寝不足だろ。何悩んでんだよ。ちゃんと言ってくれ」
お前の変化に気づけないの、もう嫌なんだよ。Wayが眉を下げてそう言えば、流石にKimも黙るわけにはいかなかった。
「……変なんだよ、最近」
「知ってるよ。その内容を」
「お前といると、変なんだよ!」
「……は?」
なんだそれ?とWayはぽかんと口を開ける。
「前はお前といたってこんなに胸がドキドキすることもなかったし、お前をかっこいいとか思ったこともなかったんだよ。なのに戻って来てからおかしいんだ。N'Panの名残が残ってて消えないんだ」
「いや待て、待て待て」
ちょっと待て、とWayは手を前に出し一旦Kimの発言を中断する。
「今までなかった?だってお前、俺のこと心から愛してるって言ったじゃねえか」
あれはなんだったんだよ?とごもっともな質問にKimは顔を赤くして「い、今際の際だから言えることってあるだろ……!」と言い返して来た。
「最近Wayおかしいだろ。前はそんな、Phingphingに向けるような目で俺を見て来なかったし、そんな優しい顔してなかった。だから俺の心臓も変になってるんだ!」
「は?彼氏なんだから当たり前だろ」
「は?」
「は?」
2人の間に沈黙が降りる。よく見るバラエティ番組ならここでカラスの鳴き声のSEが入ってそうだ。
「彼、氏?」
「そう」
「お前が、俺の」
「うん」
違うの?と大型犬みたいな表情で首をかしげるWayにKimの顔は更に真っ赤になる。
「マジで?」
「だって俺はお前に告白して、お前は俺に『心から愛してる』って言ったろ。WayKimForeverだって。両思いってことだろ、それ」
「…………ああああ〜〜〜!!」
顔を覆って今度こそKimは叫んだ。変にドキドキしていたのではない。ドキドキさせられていたのだ。WayはKimの彼氏だから、彼氏としてKimに接していたのだ。Kimが帰って来てから、ずっと。
「はぁ?お前逆に俺と付き合ってないと思ってたのか?普通あんなこと言われたらもう成立だろ」
「待てよ!お前と違って俺は経験が……!」
「俺もお前と同じだって!今までいた彼女は1人だけだ!」
「……」
黙ってしまったKimに、はぁ、とWayはため息をひとつ。本当は、Kimの気持ちが前を向くまで待っていたかったが、そうも言っていられなくなった。
「Kim」
「ん?」
なに、とKimがWayの方を向いたその隙に、WayはKimの唇に、自分の唇を落とした。
「……──!」
キスだ、これが、とKimは雷を打たれたような衝撃を受ける。生まれて初めて、キスをされた。ずっと、出会った時から大好きだった人に、今日。
「……これで分かった?」
俺たちが恋人同士だって。
こくこく、とKimがされるがまま頷くとWayはよかったと子犬のように笑った。
「生まれて初めてのキスだったんだ、これが」
「……」
まさか、お互いの初めてのキスを、この相手とできるなんて。
Kimはまた顔を赤らめて、少し笑みを浮かべた。
「……俺も、だよ」
「……ほんとか?」
熱中症になるほど悩んだけれど、結果、今日という日が特別な日になった。
初めてのキスは、保健室で。大人になっても、おじいさんになっても、今日という日を忘れられないだろう。
「もう一回やるか?」
「バーカ」
2人のやりとりを見ている人は、誰もいない。
「あのバカップル、殴っていい?」
たった1人の弟を除いては。
Latest / 60:26
07:50
ななし@12b12a
見てます❤
07:59
みつき
ありがとうございます!
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ワンライ0910
初公開日: 2020年09月10日
最終更新日: 2020年09月10日
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WayKim