「ゴジラ志願」
 痛っ、と、背後から低い声。部屋の入り口を振り返ると、東が足の裏に食い込んだレゴブロックを摘まみ上げているところだった。恐ろしい顰め面で、手元のブロックを睨み、次に俺を睨み、ずかずかと部屋に入ってきて威圧的に口を開く。
「なんでこんな入り口の方にまで転がってきてるんですか」
「だから、俺の家ではスリッパ必須だって言ってるだろ」
「こんなにも手触り気持ちいいラグ敷いてるのに?」
「手触り?」
「……足触り?」
 不機嫌な東は、らしくなく、わざと足音を立てようとしながら歩く。全部ラグに吸収されると知りながら。元々、「気が向いた時に衣装ケース引っ繰り返してブロックぶちまけて直感で遊びたい」などという雑な理由で設置されたものなので、階下の住民のためにそこそこの防音性能が備わっている。
 東は俺の隣に散らばっている色とりどりのブロックやプレート、ブラケットや何かを、黙って手で押し退けはじめた。久し振りの二連休に計画していたキャンプの予定が台風でまるごと潰れたせいで、朝からずっとむすっとしている。
 俺の方はといえば、「キャンプ場予約してるんで」と言われた瞬間から一緒に過ごせる休日を諦めていたので、むしろ、嬉しい。何をするでなくとも、そういう時間が不意にうまれたことが。
 ただ、東は昨日の時点で既にムキになっていた。退勤時にいよいよ台風が洒落にならない規模になっていることを察し、「どうせ出られないなら冬島さんの部屋で仕事をする」とか何とか言い張っていたが。しかし、この様子では、もう意地を張るのはやめたらしい。
 空けたスペースに、東が腰を下ろした。
「何つくってるんですか」
「城」
「へえ」
「仕事しないなら、お前も参加する?」
「いえ、いいです。俺は――」
 言いながら、東はさっき踏んで拾ったブロックを取り付けた。九割方完成している城の、俺が次にその色を置きたいと思っていた位置に。
「――壊す方をやるんで」
「いや、作らない方が壊す方とかいう分担、ねーからな」
「じゃあ一緒に壊しましょうよ」
 長い手足を折りたたみ、抱えた膝に口を寄せるようにしてぼそぼそと東は言った。未完成の城を見ながら、完成したあとの話をしている。俺のことは見ようともしていなかった。独り言みたいに東が言葉を連ねる。
「瓦礫の中でセックスしたい」
「なに、東お前、まだ拗ねてんの?」
 あんたも「痛っ」ってなってください。東は可愛いわがままを言いながら、次に取り付けるパーツを探す。
(了)
「後手の花金」
 東春秋はなかなかつかまらない。B級の防衛任務シフト表を確認しても、ランク戦や合同訓練があるときはそれを知っていても、だ。そういうときは大抵、誰かとの先約があったり、仕事を入れられて呼ばれていたり、はたまた研究室に顔を出していたり。
 東への恋愛感情を自覚する前から、そんなことには慣れ切っていたので、会いたいときには取りあえず直接連絡を入れておく習慣になった。
 一方東は、どこからか俺の居場所を聞きつけてきて、少しの空き時間に何気なく会いに来る。その何気なさときたら、会いに来たのだということも悟らせないくらいだ。たまたま行き会ったかのように声をかけられ、短い雑談をして「じゃあまた」と立ち去る。後で別の隊員から「東さんが探してるみたいでしたよ」なんて言われたりして初めて、さっきのは偶然じゃなかったのかと気づくことができる。どうすれば必要な情報が手に入るかよく知っている男に人脈と人徳が備わっていると、こうなるのか。そう思う。
「俺、明日東さんの代わりに防衛任務入るんですよ」
 隊長電話してみたらどうですか、と付け足してくる当真の、そのにやにや笑った顔が腹立たしい。その顔は、今まさに退勤せんとする俺が、明日非番だと知っている顔だった。なるべく呆れたように見えるまなざしを作って、向ける。
「変な気回そうとするな。お前も遅くなる前に帰れよ。寝とけ」
 駄目元で携帯電話を取り出しながら隊室のドアを開ける。と、そこに生身の東がいた。
「冬島さんちょうどよかった。一緒に出ませんか」
 以心伝心だとかなんとか囃したてる当真を無視して、後ろ手にドアを閉める。何となく、先手を取れないような予感があったので驚くことはしなかった。けれど、東が俺に会いたがることについては、毎度じわっとした感慨がある。俺には、「ついでに夕飯でも」とかなんとか言いながら、多分これも断られることはないという予感があった。
(了)
「あの子に言ったことない言葉」
 大学内の食堂に程近い、簡易的な喫茶スペースで、呑気に茶をしばいている。俺も東も自販機のコーヒー片手に、ほぼ満席の空間から二人掛けテーブルの空きを見つけ出し、そこにかけた。
「で、なんで冬島さんが来たんですか?」
 着席するやいなや東はそう訊いてきた。
「お前に会いたくてさあ」
「本部で会えるでしょ」
 茶をしばいているとはいえ仕事中だ、恋人からの返事はすげない。けれど正論だし、異論もない。
「そーなんだよな。なんで来たんだろう」
「ちゃんと寝てます?」
 確かに東に会いたかったのは本当だ。
 東が大学の研究室の方に顔を出している、という話を聞き、それならばとエンジニアが研究室に出向く野暮用を引き受けて、今ここにいる。貸し出していた試作品やら模型やらを引き上げてくる手筈になっていたけれど、手違いでまだ使用中だったり、検品や梱包が済んでいなかったり。そこで、本部に戻るところだという東をつかまえて、ささやかな――しかし一人で過ごすには長い――時間つぶしに付き合わせることにした。
「ここで動作確認するわけにも行かねえのにな。やっぱ頭働いてないわ俺」
 東から預かっていたトリガーを渡した。雪原迷彩を実装するついでに、前倒しにした定期点検が済ませてある。
「『会いたくて』って、これのために?」
「……期待させた?」
「かなり」
「すまん。ちゃんと好きだぞ」
「ありがとうございます」
 しれっとした顔で紙カップを口へ運ぶ東の手が一瞬止まった。視線の先に、あからさまに早足でこのテーブルを行き過ぎようとする女学生がいた。何故か分からないが東を避けているらしい。不自然に顔を逸らしている。
 コーヒーを一口飲んだ東は、彼女がちょうど横を通り過ぎるときに俺を見て言った。
「俺もあんたのこと好きですよ」
「そういうこと言っていいの?」
「何がですか?」
「べつにー」
 俺は、刺されないようにしろよ、とは言わなかった。たぶん東なら、そこら辺は言われるまでもなく巧くやっていることだろう。
(了)
「直視しすぎるな」
 アウトドア派のワーカホリックが自宅に籠りたがるとき、大抵ろくな精神状態ではない。誰にも悟らせないし、あまりにも表情を取り繕うのが上手いので、自宅の鍵を押しつける俺も、頭のどこかでは「実は東はそんなに落ち込んでなくて、俺のやってることはただの大きなお世話なんじゃないか」という疑惑を拭いきれない。
 けれど、ろくな精神状態でない東がいる自宅に帰るたび、躊躇わなくてよかった、と思う。
「東、ただいま」
 抱えたバスタオルに顔を埋めた東がぽてぽてと覚束ない足取りで寄ってきて、黙って俺の前に立つ。大きな子供を抱きしめてやる。ぐちゃぐちゃに泣き腫らした顔を見ないよう、バスタオルをとってすぐに首元へ顔をうずめるようにして抱く。とんとんと背中をたたいてあやしてやりさえする。
「冬島さん」
「うん」
「冬島さん」
「いるぞ」
「冬島さん……」
「誰も悪くない」
 東春秋も人間なので、時々自分の所業に迷う。言いはしないが、多分、今回もそういうことなんだろうと思う。
 命を数で計ってしまうのだと、
いつだったか、この男が吐露したことがある。
 そんなことをずっと抱え込んでいたらお前の方がつぶれるからほどほどにしろと、俺はそのときそう思って、でも言えなかった。あまりにも、東の瞳が暗く乾いていたので。
「俺のしていることは結局そういう子供を増やすだけなんじゃないかと嫌な気持ちになりました。そして、そういう子供ばかりを増やした人間の手元には温かさのあるものなんて何も残らないと、そんな気がしてきます」
 焦点を遠く遠くに結んだ東は、東にしか見えない何かを見ながら平坦に囁いた。二人きりの部屋なのに、東はその疑問を、正直を、誰かに聞き咎められないようにしているようだった。東の自罰を聞く俺だけが、それの存在を知り、それの存在を否定できる。
 俺は、隊長でも狙撃手でも大学院生でも同僚でもない、ただひとりの人間を、こんな日には抱きしめることにしていた。
 見ろ。感じろ。お前の元から離れようとしない他人の体温がお前に触れる。
 そして俺は、東が他人の匂いがする部屋で輪郭を取り戻すのを、俺は時間の許す限り待っている。
(了)
「アホは空気感染するとかなんとか」
 同じ職場に勤めているのにかれこれ二週間顔を合わせていない恋人は、製図台に向かっていた。整理されていてもなお物の多い開発室の、その片隅、入り口から遠い角にひっそりと置かれているアナログな製図台。ともすれば置物のようになっているそれに目を向ける理由なんてなかったはずが、知らず知らずのうちに冬島さんの姿を探してしまっていたらしい。
 当真から「隊長は開発室の方に詰めてる」と聞かされていた――廊下ですれ違いざま教えてくれただけで、俺が訊きだしたわけではない――ので、ひょっとしたら今日は……と期待する気持ちがないでもなかった。けれど、「会えるかも」から「後ろ姿くらいは見られるかも」まで、期待のハードルをこれでもかと下げていたところで、ほんとうに一目でも姿が見られるとは。
 顔色も、目の下の隈もそこそこに、真剣な表情で仕事をしている様を一方的に盗み見る。そして不覚にも、嬉しいような気持ちになってしまう。はしゃぐほどのことではないが、精神の渇いていた部分にじわりと水が染み込むような心地だ。満ちるには足りないが、しっとりと潤う。
 上司と話して、本来の用件を済ませた帰り際。もう一度冬島さんの方を見ると、俺に気付いてひらひらと手を振っている。こちらも片手を挙げようとしたとき、冬島さんは遊ばせていた手でキスを投げ寄越した。反射的に、挙げかけていた手の甲で払いのける。
「な」
 んのつもりですか、が危うく口から出そうになった。ぐっと口をつぐむ。
 なんなんだあの人、はしゃぎすぎじゃないのか。
 いい歳したおじさんは上機嫌のしたり顔だ。そんな冬島さんの傍を通りがかったエンジニアが、何事かと視線を追い、俺を見つけ、同情的なまなざしをくれた。「お騒がせしました」のつもりで会釈をし、開発室を後にする。
(華もなにもない男がひとり訪ねてきたくらいで、あんな風にされても)
 こっちが困る、恥ずかしい、居たたまれない……心の中で、そんな言葉たちを繰り返し唱えた。気を抜くと頬が緩んでしまいそうになる。キスしたのは二週間前どころじゃないし、などと考え始める頭を振って、口寂しさを体から追い払う。
(了)
「視線は奪うもの」
「あんなに普段『二人の愛の結晶』とか言ってるくせに、お前さあ、浮気だよそれ」
「言ったことないです」
 オペレーターのレーダーを攪乱させるビーコンのトリガーを開発してくれ、と開発室に持ち込んだのが昨日のこと。
 が、何故か今日の朝一番で、既に戦闘員へ転向して開発室に籍がないはずの冬島さんに「どうしてそんな発注をしたのか」といちゃもんをつけられている。
「しかも浮気って……転向するならともかく、オプショントリガーとしてつけるだけなのに何をぐずってるんですか」
 正直なところ、何がそんなに気に入らないのか判然としない。子供の駄々でもあんたよりは理屈が通っている、と、普段子供の世話をしている身としてはそんなことを思ってしまう。
「俺とお前で作った狙撃銃で全部射抜いていくのが東だろ、余所見するなよ」
「余所見とか言いますけど、そもそも冬島さん以外と隊組んでますからね」
「でも誰と組んでもお前は狙撃しかしないだろ」
「そうですよ。だから最終的には狙撃のためにつけるオプションです」
「そういうのってトラッパーの仕事じゃねえの? 惑わしたりとか」
「え? そっちですか?」
「どっち?」
「俺の隊でトラッパーやりたいんですか?」
「いや、全然」
「ですよね」
「でもさぁ」
「しつこいですよ何なんですか」
「東、……あんまり一人で何でもできるようになんないで」
「……は?」
「かっこいいから」
 なんだそれ。思わず笑ってしまう。と、冬島さんはわざとらしく下唇をつきだして拗ねたポーズをとる。むくれた冬島さんの顔の、つくりとその表情が不釣り合いに見えて、一頻り笑い倒した。息も絶え絶えになる。「笑いすぎ」と責めてくる間延びした口調すらも可笑しい。
「あんたが余所見しないようにしてるんですよ」
 そういうことにしておこう。何故だか今日のこの人は、そういうやりとりが楽しいようだから。
(了)
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ワ冬東の掌編六つ
初公開日: 2020年09月08日
最終更新日: 2020年09月12日
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