幸せってやつは、シャンプーに似ている。頭の隅に薄く笑うあいつの顔がチラついて、おれは洗面器に汲んだ湯をかぶった。最初は少し足りないように見えて、泡立てると案外多くて。少なすぎても頭は洗えないし、かと言って多すぎても、まぁ困りはしないけど、洗い流すしかない。つまるところ俺たちは、それを過剰に得ようとしても上手い具合には扱えないということで、何事も、丁度いいのが一番なんだろうっていう、それだけの話だ。
おれのはカシスアンドオレンジで、あいつのはピーチアンドプラム。匂いの違うシャンプーは、今日も行儀良く鎮座している。全然そういうのを気にする方ではないけれど、何となく気になってノズルの向きを揃えてから風呂場を出た。いい事をした気分になった。
「あがった」
「あら、早いじゃない」
ソファで雑誌を捲るお前が顔をあげる。高めに設定された冷房の吐き出す優しい風が気持ちよかった。
「うん、まあ」
首にかけてたタオルをハンガーに吊るして、ソファの後ろから、お前の薄い肩越しに雑誌を覗き込む。
「なぁに?」
「んー」
くしゃ、と頭に手を置いて、細い髪をワッと撫でた。ドライヤーは済んでいるんだろうけれど、それでもまだ少しだけ湿った髪の感触が心地いい。
「ちょ、ハハッ、やめてって」
「んー」
甘い匂いがうっすらと香って、おれはつむじに鼻を寄せた。
おれがノズル揃えた、ピーチアンドプラムの匂い。
「何?」
「んー?いい匂いだなって」
何それ、とお前は笑って、髪乾かしてきなさいよとおれの額を小突いた。大人しく離れて、洗面所に向かう。
「ねぇ」
「ん?」
後ろから声がかかって、振り向いた。机に片肘ついて、お前が笑う。
「いい匂いよね、あなたのシャンプー」
「ああ」
おれも好き。
ドライヤーをしながら、さっき揃えたノズルのことを考える。おれの好きなお前のピーチアンドプラムと、お前の好きなおれのカシスアンドオレンジ。匂いが違って、だけれど可愛く並んで鎮座する。
ああ、うん。やっぱり、幸せってやつはシャンプーに似ている。