きっかけは些細なことだった。
「おいKim、お前ピアスどうしたんだよ」
「え?」
放課後、帰ろうとしていたところにWayにそう指摘されたKimが左の耳たぶを触ると、そこにはいつもあるはずのフープピアスがなくなっていた。
「落としたのか?」
「ピアスだぞ。そんな簡単に落ちるかよ……あ」
1つだけ心当たりがあった。今日AngkanaがKimの頭を撫でる時にKimの耳も触れたのだ。
『Bii〜、このピアスも本当はお揃いにしたいわ〜』
『ダメですよ先生。学校にいられなくなります』
その時に落ちたか、取られたか、まあどちらでもいい。結果としてKimの耳からフープピアスがなくなっていたのは事実だ。
「くそ」
ないことに気づかなかったのに、いざなくなると落ち着かない。
そもそもあのフープピアスは4年生に進級したと同時にささやかな反抗心でつけたものだ。どいつもこいつも自分のことを可愛いだの子供扱いするのが嫌で、義務教育が終わった今なら文句言われないだろうと、男らしさをアピールする為に開けたのだ。フープピアスはファーストピアスの期間の次に本格的にピアスを選べる時になって選んだものだった。
「お前、ピアスがないと……」
「おい、なんか言ってみろ。殴るぞ」
「お前が俺を?」
は、と少し小馬鹿にしたような顔をした後、Wayは自分のカバンのポケットを漁り「ちょっと触るぞ」とKimの左耳に触れた。
「なにす」
「いいから……ん」
これでいいだろ、とWayが満足げに離れる。なんだよとKimがスマホのインカメラで自分の左耳を映すとそこにはいつもWayがつけている黒いフープピアスがついていた。
「俺の予備のだけど。とりあえず次の買うか前のが見つかるまではそれつけとけばいいだろ。黒も案外似合ってるぞ」
「……ああ」
さんきゅ、と独り言ちてKimがリュックを背負い駐車場へと歩き出す。もちろんWayも一緒だ。
そんなよくある日常の、ささやかな変化で、このピアスは一時的なもので、お互い特に気にも留めていなかったのだが。
翌朝やたらKhetがKimを見るのを見て問いただしておけばよかったと後悔したのは、翌日学校に行った時にやたら教室の入り口に下級生の女子がいることに気づいた時だった。
「ほんとだ!」
「ほんとにつけてるわ!」
「2人はRealだったのよ!」
なんの話だよと首を傾げながらいつもの席に座ると、それだけで歓声が上がった。隣のWayを見ると不機嫌顔だ。
「何があったんだよ?」
「さあな。なんでか知らねえけどPhingphingも不機嫌なんだよ」
なんなんだよ、とWayも呟いたところでいつも連絡もしてこないKhetが見かねたのかKimにLINEを送って来た。
「……そういうことかよ」
ほら、とKimがWayに送られて来たスクリーンショットを見せる。そこには
『WayKimがお揃いのピアスつけてる! #WayKim』という文章と共に2人のピアスが見える隠し撮り写真のツイートがあった。Khetがスクリーンショットを撮った時点で1000RTを超えている。なるほどこれでジロジロ見られるわけだ。
Twitterを確認すると、そのツイートには『やっぱり2人は付き合ってるのよ』だの『#WayKimIsReal ね!!』だのとリプライがついていた。これはWayが不機嫌になるわけだとKimがため息を吐くとWayがガタンと大きな音を立てて席を立ち荷物をまとめてカバンを背負った。
「サボんのか」
「こんなんじゃ集中なんて出来ないだろ。お前も行くぞ」
「は?」
ほら、と手を引かれて慌てて席を立つ。モーセのように人が避けるので、2人を隔てるものは何もない。
「おいWay」
「いいから、今からピアス買いに行くぞ」
ん、と駐車場に着いた途端ヘルメットが手渡される。2人乗りしろということかとKimがWayを見て目線で問いかける。
「バイク2台じゃエコじゃないだろ」
「どういう理屈だそれは」
「どうせ後で戻ってくるんだから」
行くぞ、とWayが自身の後ろを叩きKimを乗せる。
「しっかり掴まっとけよ」
その声を合図にWayの愛車は近場のモールへと走って行った。
(そんなにお揃いを嫌がらなくてもいいだろ……)
アクセサリー売り場に駆り出されたKimは少ししゅんとしながら自分の新しいピアスを選んでいた。
確かにお揃いになってこんな大騒ぎになる羽目になったのは少なからずKimのせいではある。そこは自覚しているし責任も感じている。嫌なら嫌でピアスを返却すればいいだけの話なのだが、何故わざわざ新しいピアスを買いに来たのかが分からずKimは困惑していた。
「フープピアスが好きなのか?」
「別になんでもいい。あんまり派手なのは好きじゃない」
「そうか」
まあお前に派手なのは似合わねえよな、OffじゃねえしとWayは笑う。てっきりお揃いが嫌で不機嫌になっているのかと思っていたので、この反応は意外だった。
「お前は黒好きだよな。赤とか黒とか。いつも着てるジャケットも黒だし」
俺があげたやつ、と顎で示せばWayはきょとんとした顔で「赤のジャケットだろ?」と首を傾げた。
「お前は何が好きなんだよ」
「特にねえよ。着れればなんでもいいし、こだわりもない」
「あっそ」
強いていうなら寒色が好きかな、と自分のことを思い出しながら考える。バイクの色も青だし、よく着る服も寒色が多い。
「お」
Wayが上機嫌な声を上げる。なんだと、目を動かすとWayはそれを隠した。
「なんだよ、俺のピアスだろ」
「ん〜、内緒。買ってやるからつけろよ」
「気に入らなかったらつけないからな」
「気に入ってつけ続けるに100バーツ」
「じゃあ気に入らないでお前のピアスつけ続ける方に100バーツだ」
「いや、返せよ」
「やだね。お前のチョイス次第だ」
さっさと会計してこいよとWayを送り、適当に物色する。メンズコーナーから出るとレディスアクセサリーも売っているらしく、Phingphingがよくつけているようなピアスも散見された。
(2人ともピアスしてるならあいつらこそお揃いにすればいいのにな)
まあ、2人の好みが違いすぎて無理かなとKimは笑う。あの2人はお似合いなようで、イマイチWayの気が乗っている気はしない。こっちも似たようなもので、教師と生徒という言い訳を武器にいつまでもキスの1つすらしていないのだ。
(Wayとお揃い出来るのは俺だけだ)
ほんの小さな独占欲は、出会ってから1年経った今、むくむくと大きくなっている。
周囲に期待することを諦めて、なんでも1人で解決しようと躍起になっていたのに、本当は寂しがっていたことをWayにあっさり見破られた挙句、Wayを心の拠り所ににして生きる羽目になっている。
(こんなんじゃ、Wayに何かあったら俺はどうするんだろうな)
明日もWayが友達でいてくれる保証はないし、なんなら生きている保証もない。
依存したらいけないとKimは頰を軽く叩く。卒業後はきっと別々の進路に行くし、行こう。Wayのことは高校時代の良き友人として思っていこうと決めたところで、会計を終えたWayが戻ってきた。
「ほら、やるよ」
台紙から片方のピアスを外し、Kimの左耳のピアスを入れ替える。もう1つセットになっていたはずだが、台紙のもう片方のピアスは既に取られていた。
「もう片方は?」
「俺が持ってる。お前が次なくした時の為に」
「なんだよそれ」
わけわかんね、とKimは笑い、2人は学校に戻る。やたら上機嫌なWayにKimは(そんなにお揃いが嫌かよ)と心の中で悪態をついた。ふと、Wayの左耳を見ると、今までつけていたフープピアスとは若干デザインが違う気がする。
「Wayもピアス買ったのか?」
「ああ、新しくした。お前のついでにな」
ふうん、とKimは前のピアスにデザインの近いシルバーのフープピアスを撫でながら頷く。新しいピアスを買ったから上機嫌なのか?Wayの考えることは正直分からない。Kimにとって、Wayという同い年の友達は初めての存在な上に、WayはKimとタイプがあまりにも違いすぎる。
「前のに似て、悪くないピアスだな」
「だな。じゃ、100バーツ払えよ」
「ちっ」
冗談を言い合いながら学校へ戻り、教室へ戻る。教室の前についたところにAngkanaが待ち構えていた。
「授業サボってどこに行ってたのかしら?」
「あー……」
Kimが口を開こうとした時、AngkanaはKimの耳を見て目を見開いた。
「Kim、そのピアスは……」
「え?」
「んんっ、なんでもありません。Watit、Kimを連れ回して一体どういうつもりですか!?あなたのお遊びにKimを巻き込むんじゃありません!」
「は?」
遊びじゃねえしとWayが凄みそうになっていたので、Kimが抑え「俺も同意の上で抜け出しました。減点するなら俺もしてください」と言った。
「Kim……はあ、本来10点の減点ですが、5点にしておきましょう。Kim、友達は選びなさい」
「失礼ながら、彼は俺の友人にふさわしいですよ、先生」
「Kim……!」
彼女としての顔が出そうになっているAngkanaを見てKimはWayの腕を引っ張り早々に彼女の前を通り過ぎる。チラリと後ろを見れば、Angkanaは教師の顔ではなく、1人の女としての顔でKimを見ていた。
(邪魔しないでくれKana)
授業中の教室に堂々と2人で戻り、どっかりと腰をかける。優等生のKimと睨まれたくない不良のWayに声をかける者は誰もいなかった。
「Way、この店に寄ってもいいかしら」
「ああ」
週末、WayとデートしていたPhingphingはモール内のアクセサリーショップを見つけ入店した。
最近のWayは機嫌がいいが、どこかPhingphingに対しておざなりだ。プレゼントの1つでもたまにはした方がいいと友人からの助言を受け、珍しくプレゼントをしてやろうと企んだのだ。できれば自分のピアスとお揃いがいい。
(ユニセックスなデザインがいいわ)
ピアスコーナーを物色していると、ふと、ある一点で目が止まった。
「これ……」
それは左右でデザインが異なるフープピアス。
片方は黒、もう一方はシルバーのデザインだ。
「どこかで……」
Phingphingは思考を巡らせ思い出す。このピアスはどこかで見た。どこだ、どこ……
(あっ)
食堂で並ぶWayとKim。その2人の左耳にぶら下がるピアスは、これと全く同じものだ。
「Way……」
ムクムクと嫉妬の炎が大きくなる。Kim相手に嫉妬したことなどなかったが、Wayが上機嫌な理由が自分じゃないのは許せなかった。
アクセサリーのプレゼントはやめだ。今日はたくさんワガママを言って困らせてやろう。そう決めたPhingphingのワガママにWayが一日中振り回されるまで、あと数秒。