【三題噺−クッション、飴、イベント】
 箱の蓋をそうっと持ち上げると、そこに横たわる「彼女」と目が合った。
 その箱はいわゆる棺というやつで、棺の中には当然ながら人が横たわっている。
 上等なクッション材を詰め込んだ棺の中に、彼女は横たわっている。
 白磁の肌。漆黒の髪。飴色の瞳。華奢な肢体をフリルとレースたっぷりのロリータファッションで飾り付けた彼女は、俺のいわゆる「ご主人様」だ。腹立たしいことに。
「……棺を開ける際には必ずノックをなさい、そして返事があるまで待ちなさいと、口が酸っぱくなるほど言っただろう。何度言ったらわかるんだ、駄犬」
「いや知りませんけど。ノックしたしLINEも入れただろうが」
「なんて?」
「イヤホンを外せ馬鹿」
 それすら聞こえなかったのか、彼女は首を傾げた。俺は彼女の耳からBluetoothイヤホンを引っこ抜く。
「おはようございます、アリス嬢。今日もご機嫌な夜ですよ」
「起こすのが早い。日が沈んで少ししか経っていないじゃないか、あと六時間は寝てられるだろう」
「お忘れですか、今日は親族会議の日ですよ?」
「はっ」
 アリスが棺の蓋を勢いよく閉めようとするのを、片足をねじ込んで止める。重たい棺の蓋が落ちてきてとんでもないダメージを受ける──などということはない。こんなこともあろうかと安全靴だ。
「いやだ、やめろ! 僕はここから出ないぞ!」
「いけませんよアリス嬢、あなた次期当主なんですから。出ないわけにはいきません」
「僕が次期当主だなんて誰が決めたんだ! 僕は了承した覚えなんてないぞ!」
「腹がたったあまりユリウス様をぶっ殺したのはどこの誰ですか、自業自得ですよ」
「三歳だったんだぞ? 仕方ないだろう!」
 幼さと仕方ないで殺人を肯定するのか、この娘は。それで許されるなら殺人の件数は飛躍的に跳ね上がるぞ。バカか。
「普通にダメです。起きてください、着替えますよ」
「いやだ! いやだ! 担当アイドルの上位イベント中なんだぞ、親族会議なんて出てたら一日丸々潰れるだろうが!」
「それで起きてたんですか」
「スタミナ消費しきったから寝直そうと思ったところだったんだ! なんで起こすんだ!」
「会議ですから」
「うぇ──んやだよぉ、絶対馬鹿にされるじゃんか! 怒られるじゃんか!」
「知るか」
「取りつく島もない! それでも僕の従者か!」
「そりゃあ、あなたのお母様に頼まれていますからね。『うちのバカ娘に規則正しい生活をさせてください』って。名門貴族の奥様がわざわざ頭を下げるんですよ、よっぽどのことですよ」
「お母様ひどい……この世に僕の味方はいないんだぁ……」
 しくしく、さめざめ。そんな形容が似合う表情で俯いているけれど、残念ながら嘘泣きだ。
「はい、起きて。その格好じゃテーブルにも着かせてもらえません」
「それで結構だよ! 顔出して帰る! つまみ出されちゃったら仕方ないもんね! そういうことで!」
「ダメです」
「なんでだよーう……」
「当たり前でしょう、今日はあなたの婚約者様もいらっしゃってるんですから」
「はぁー? それがなんで僕が出なきゃならない理由になるのさ、それ僕の婚約者じゃないだろう?」
「今はあなたの婚約者ですよ」
「違うね。あれはユリウス・シュトラウスの婚約者だ」
「ええ、そうです。だから、『今は』あなたの婚約者だと言っているのです」
「…………」
 アリス・シュトラウス。
 この少女は幼年の頃、双子の兄であるユリウス・シュトラウスを殺した。その心臓に杭を撃ち、太陽が照らす場所に磔にしたのである。
 灰になったユリウスを見て、彼女の親族は困り果てた。
 なぜなら、ユリウスは将来的に皇女と結婚することが決まっていたからである。皇族との婚約を反故にすることはできない。そこで思いついた苦肉の策が、アリス・シュトラウスを表向きには男として育てることであった。
 故に、アリスは人前に出ることを──ひいては、自らが殺した兄として生きることをとにかく嫌っている。
「今日だけは頑張ってみましょう、ね? イベントは人形に周回させておきますから」
 そう微笑みかけて見せれば、彼女はしぶしぶ、と言った調子でうなずいた。
「ほら、今日のお召し物は担当アイドル様の限定衣装と同じモチーフをあしらったものですよ」
「ほんとか……?」
「ええ。ご覧になりますか?」
「うん!」
 棺から飛び出したアリスは、近くのトルソーが着ている燕尾服を見て歓声をあげた。
「すごい! すごい! しゅがはのドレスと同じレースじゃないか! お前天才か?」
「お褒めに預かり恐縮です。……着て、いただけますよね?」
「もちろんだ! こんな素晴らしい服を着ないなんてあり得ない!」
 ぴょんぴょんするアリスを見て微笑ましく思いつつも、心の片隅にはほんの少しの罪悪感。
 こんな振る舞いができるからこそ、奥様は俺を選んだのだろう。
 燕尾服に身を包み、すっかり美しい青年のようになった彼女の前に跪いて、その白魚のような手をとる。
「さあ、参りましょうか。ユリウス様」
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20200903三題噺第2回
初公開日: 2020年09月03日
最終更新日: 2020年09月03日
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早川隣は「クッション」、「飴」、「イベント」をテーマに小説・漫画を創作しましょう。
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2020年8月27日 三題噺
早川隣は「ラグ」、「笹」、「傷」をテーマに小説・漫画を創作しましょう。#shindanmaker h…
早川隣
預け傘
梅雨入りしたから相合傘するゆう喜を書きます
篠畑