思考固めにつらつらと。
 一歩踏み越えれば世界が変わる。人間関係。職業。世界に当てはめられるモノは人によって様々だろう。本当に世界は――世界の次元は、僅かなズレがあれば常に入り乱れている。
 地方都市の繁華街から少し離れた商店街。アーケードの下をひしめき合うように店が建ち並んでいる。商店街はいくつもの通りで構成されており、どこも人で賑わっている。常に賑わっている大通りとは正反対に、常に影になるような立地の悪い路地にも店はあった。敷金の安さも魅力的であり、穴場や隠れ家のような雰囲気を出すにはもってこいの場所だった。
 件の喫茶店も、そんな路地に存在している。青と紫で構成されたトルコランプがひとつ、軒下に下がった喫茶店。ランプから放たれる青紫の輝きに、側で吊り下がった古めかしい看板も同じ色で微かに光る。下げられた焦げ茶色の木製看板にはレトロモダンな字体で『プレアデス』と書かれていた。茶褐色の煉瓦が醸し出す雰囲気は字体に恥じぬ店構えだろう。通りに面する店の正面には白い木枠の窓が木製のドアを挟み、両側にひとつずつ付いている。ドアには店の開店状態を表すプレートが掛けられていた。
 厚いドアを開けると、客の入店を報せるドアベルが頭上でまろやかに合図を送る。聞き覚えのあるようでない、懐かしい曲のクラシックアレンジが流れる店内は壁紙の白と床の木目が目に優しい。柔らかな色をした照明が下がり、所々に小さな卓上ランプも置かれている。ステンドグラス調のシェードは各自色合いは違っているが、内装を邪魔せずに彩りを持たせていた。広くもない店内は4人ずつ座れるボックス席と2名用のテーブル席が3つずつ並び、奥にはレジとカウンター席が見えた。
 ドアベルの音に反応して、カウンターの奥から一人の女性が顔を出した。白いシャツとループタイ、襟元で切りそろえられたショートボブは左耳に掛けられている。露わになった耳から下がる、細いチェーンピアスが動きに合わせてきらりと揺れた。彼女は客を確認して、これ以上細めることのできない糸目に弧を描かせて笑顔を作った。パーツの並びが整っているのか、開けているかわからない目でも滑稽な印象はなく、瑞々しい端正な印象を受けた。加えて笑顔で愛嬌が増し、人なつこさを感じさせる。喫茶店よりもバーや宝石店にいそうな風貌だった。
「いらっしゃいませ。一名様でしたら、こちらの席にどうぞ」
 手招かれた客は初めて来店するのか、周囲を見ながらおそるおそる着席する。女性は慣れた手つきでガラスのコップに水を注ぎ、おしぼりと揃えて相手の目の前に並べる。すかさず、側にあったメニュー表も差し出した。
「どうぞ。メニューが決まったら呼んでください。もしメニューになくても食べたいものがあれば、よかったら言ってくださいね。食材があればできる限り対応しますよ」
 穏やかでゆるいが、嫌みの無い接客だ。幾分か個性的であっても清潔感は同席している。にこにこと微笑む彼女に客はメニューを取らず、開口一番に食べたいものを発言した。
「なら、人魚の鱗を食べさせてください。貴方のような魔女なら作れるんですよね?」
 世界は、次元がずれた世界とゲートで繋がっていた。それは水や時間帯、または扉や魔法陣であったりと形は様々だ。自然に繋がったものから、人の手で繋いだものまである。存在は最低限の範囲でしか伝わらず、人を二分した。異世界や魔法が現実だと学び、恩恵を得ようと知る者。全ては空想や夢幻としか思わない、知らない者とに別れていた。
 しかし。ある時を境にして、双方の次元は一気に混ざり合うこととなった。時は1997年。後に『均衡の崩落』と呼ばれる、全てのゲートが開け放たれた災厄である。
 突如現れ始めた空想上の生き物たちに表層しか知らなかった者は怯え慌てふためき、深淵を知る者は策を打ち出し、対抗した。そのなかで知見は知らない者たちにも拡散し、積極的に関わろうとする人たちも増え始めた。区切られていた壁は崩落と共に瓦解し、互いに協力し合う体制が整えられていった。崩落した世界線から人間とは違う種族も時に迷い込むようになり、政府は内部に潜んでいた識者とともに異邦種族と協力関係を結んだ。世界は異種と共存する法を増やし、または改定をしていった。
 崩落から20年以上が経った現代日本ではごく一般的に過ごしていれば、異世界の生物や住人と不用意に相まみえることはなくなった。しかしゲート付近で決められたルートを通るか、特異的な紋章を持つ者は迷い込んだ彼らと遭遇することができる。
 崩落から数年して魔法や特別な力を得た者達はそれぞれが同盟を組み、異次元の動植物の討伐を始めた。生業にする者が増え始めた頃から、彼らは漁師や狩人と同じ意味合いで『勇者』と呼ばれ始めた。政府から認可された団体に所属して働く者、アルバイトのように参加する者。普通の仕事と兼業する者。戦闘には参加せずともサポートや協力に回る者から、果てには法の目を掻い潜って肉や素材を闇に売りさばく者まで出始める始末だった。
 蓋を失ったゲートの周辺が無法地帯になることを避けるため、古くからの魔法同盟が政府にかけ合った結果。いち早くゲートから迷い込む存在に気付き、討伐に参戦できる者を選び、邪魔を排除するほどの魔力を持つ管理者が各ゲートに配備された。管理者の多くは魔女や魔法使いが選出され、決められた年数で職を全うしなければならなかった。だが、それも数年前までの話。今では政府から民間企業が請け負ってセンサーでの反応管理、コンピューター演算での出現予測など、天気予報のように行われている。
 この喫茶店、プレアデスの店主である津村六連ツムラ・ムツラも管理職から離れた魔女のひとりであった。
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園葉凌
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初公開日: 2020年08月22日
最終更新日: 2020年08月23日
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コメント
モンスターとかを料理して食べる喫茶店の話。