C級モブの話
絶好の機会だと思ったんだ。
近界に行く。
ボーダーがそう発表したとき、世間が色めき立ったのを肌で感じた。新しいことが起こる。まだ見ぬ世界に手が届く。会えなくなった人にまた会えるかもしれない。いろんな期待がボーダーに集まり、どんどんと膨らんでいく。
その渦中に身を置きたいと考える人間が増えるのは当然の結果である、と僕は考える。なんせ、僕もその一人だからだ。だから、会見後直ちにボーダーに連絡したのだ。入隊したい、と。
そうして僕は、晴れてC級隊員として、ボーダーに身を置いたわけだ。ポジションはアタッカーだけれど、いずれはオールラウンダーになりたい。嵐山隊みたいに、三門の平和を守って、市民から羨望の目で見られたいという欲求も、ないわけではなかった。
まじめに訓練をこなし、コツコツとポイントを貯めた。同期入隊の中では優秀な方だったと自負しているし、このままいけばB級に上がる日もそう遠くはないだろう。
そんな、ある日のことだった。
うまくなるにはうまい人の行動をよく観察するといい、と教わった僕は、ふらりとロビーに立ち寄った。誰か強い人、できればA級のアタッカーなんかが個人ランク戦をやっていればいいな、と思っての行動だった。
ロビーにいるのはおおかたC級隊員だった。違う色の隊服を着ている人はちらほら見受けられる程度で、今日はハズレか、と踵を返そうとしたときだった。
急にロビー内がざわざわと騒がしくなった。それはどよめきとなり、感嘆の声に変わっていく。
みんなの視線は、一つの個人ランク戦に集まっていた。あとから聞いた話、あれはランク戦ではなく、ただの模擬戦のようなものだったという。見ただけでは、僕にはその違いはわからなかった。画面の中にいたのは二人の男。二人とも弧月を持っていたから、アタッカーのランク戦か、と、興味を持って、近付いた。
二人のうち一人には見覚えがあった。A級1位の太刀川隊の隊長だ。戦っている姿を見たことはまだないけれど、きっとべらぼうに強いに違いない。ランク1位は僕の憧れだ。いつかこの人に追いつこうと考えている。
もう一人は、見たことのない人だった。周りの話を聞くと、どうやらC級らしい。それも、まだ入りたてだという。
「あいつあれだろ、入隊試験でやべー成績残したやつ」
そんな会話がどこからか聞こえて来る。
入りたてのC級がA級1位と戦っている?なぜだ?実力が拮抗しているA級同士ならともかく、なぜこんな格下を1位が構うのか。相手になるのか?
悶々とした不満は、すぐに雲散霧消することになる。
速い。
強い。
なにが起きているのか、僕の目ではうまく置いきれない。
始まったと思ったら剣がぶつかり合い、斬ったと思ったら避けられ、避けたと思ったら斬られ。
一瞬一瞬の判断と、反射のように滑らかに動く身体。
一本終わっても、なんでもなかったかのように飄々と次を始めるその精神。
圧倒的だった。
A級1位だけじゃない、僕よりあとに入ったはずの、C級でさえ、僕とは天と地ほどの力の差がある。
この人たちは一体なんなんだ。
僕は一体どうやったらあんな風になれるのだろうか。
そもそも、訓練したところであの境地に辿り着けるのだろうか?
剣を振り、身体を鍛え、戦術を学び、トリガーに工夫をしたところで、果たしていつ、彼らに追いつけるのだろう。
それほどまでに僕と彼らの間にはとてつもない距離があるように感じた。
だって、想像できないのだ。
自分が、彼らのように剣を振る姿が。
B級に上がったからなんだっていうんだ?
その程度で、彼らに果たして何センチ近づけるのどろうか?
全身からどっと力が抜けるのを感じた。
少し人よりできるからって、調子に乗っていたみたいだ。
井の中の蛙大海を知らず。そんな言葉が脳裏に浮かんでは、やんややんやと僕を揶揄う。
それから、どうやって帰宅したのか、覚えていない。
次の日、ボーダーに向かう僕の鞄の中には、脱隊届が、入っていた。
「強烈な強さっていうのは、絶望を生むこともあるんだな」
興味深そうに呟いた隊員の名前は、最後までわからなかった。
おわり
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初公開日: 2020年08月20日
最終更新日: 2020年08月20日
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WT/ひゅすとたちかわをみたC級モブの話