30日CPチャレンジ 普独 8日目
8. 買い物 Shopping
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「ヴェストー! 買い物に行こうぜー!」
週末の家事を二人で終えたころ、兄さんが言った。手にはスマートフォン。表示されているのはこの一週間でおなじみになったページだ。
《30 Day OTP Challenge LIST!!!!》(30日チャレンジ)
二人一組で三十のお題を毎日一つずつクリアするというものだ。八月に入ってからの俺と兄さんはこのお題に挑戦していて、今日で八日目だった。
三十のお題が書かれたリストの八番目には《Shopping》と書かれている。なるほど、今日は兄さんと買い物に出掛けることになるらしい。
「ついでに昼飯外で食おうぜ!」
財布をズボンの後ろポケットに入れながら兄さんが言う。リビングの時計をちらりと見上げれば、時刻はちょうどお昼だ。たまには外で食べるのも良いだろう。
「どこか店に入るか?」
「久し振りにケバブ食いてぇんだよなー。ヴェストは?」
「なら、ムスタファに行こう」
ムスタファとは、メーリングダム駅の傍にあるケバブの屋台だ。トラムと地下鉄で二十分ほどだろうか。
「並ぶぜ?」
「だがあそこが一番美味いだろう?」
「まぁな!」
ムスタファはベルリンで一番有名なケバブ屋だ、と言っても過言では無い。そのため、ベルリンっ子たちと観光客たちで列が常に出来ている。
「話していればすぐだろう」
それに、何かを待ちながら兄さんとゆっくり待つ時間を、俺は結構気に入っている。兄さんに言うと調子に乗るので言わないが。
目的地も決まったところで玄関を出る。ムスタファに寄るので今日は車では無くトラムと地下鉄だ。
「ヴェストはなんか欲しいもんあるか?」
並んで歩きながら兄さんが言う。
「そうだな……」
俺は頭の中から買うものリストを呼び出した。
「ベルリッツたちの餌に、バスタオルだろう? あとは今晩の食材も――」
「おいおい、ヴェスト! 分かってんのか?」
兄さんがわざとらしく肩をすくめる。
何をだ?
無言のまま視線で先を促すと、兄さんは「はぁ」と大げさに息を吐いて見せてから続けた。
「この買い物は、恋人同士の買い物なんだゼ?」
「っ」
思わず道の段差に足を取られそうになる。無理に踏ん張って、なんとか誤魔化した。
「そ、うだな……」
そう、俺と兄さんは恋人同士なのだった。二週間前に俺が告白して、兄さんがそれに応じた。けれどいつまでたって恋人らしくなれないものだから、《30 Day OTP Challenge LIST!!!!》を始めたのだった。
開始から一週間が経過して少しは慣れたかと思ったが、気を抜くと再び《兄弟》の思考に戻ってしまう。
そうだ、俺は兄さんの恋人なんだった。
そう思うと同時に昨夜のことを思い出して、俺は顔が熱くなるのを感じた。昨夜のお題は《コスプレ》だったのだが、その時に俺は、その……初めて兄さんとそれらしい交流をしたのだった。
昨日の今日でなんで意識せずにいられたのだろう。思い出すと、不思議なくらいだ。
「ほら」
思考に夢中になった俺に、兄さんがトラムのチケットを手渡す。丁度来た黄色い車体に乗り込んで、車内の打刻機にチケットを通す。
「まだ慣れねぇ?」
「……う、うむ」
兄さんがにやにやとした笑みを浮かべて俺を見ている。恥ずかしさのあまり怒鳴りつけたいが、今は公共機関の中だ。俺は黙るしかなかった。
「あと二十二日な」
「ああ……」
二十二日。約三週間。それが過ぎ去ったら俺と兄さんは一体どうなっているのだろう。楽しみでもあるし、少し不安でもある。けれどやはり期待の方が大きかった。
問題は、俺の心臓が持つかどうかというところだが。
「ほら、乗り換え」
兄さんに促されてトラムを降りる。今度は地下鉄だ。下りのエスカレーターに乗りながら俺は兄さんに尋ねた。
「兄さんは、その……どうなんだ?」
「ん?」
「一週間経ったが、効果はありそうか……?」
前に立つ兄さんが振り返る。エスカレーターに乗っているせいでいつもより下に立つ兄さんが、こちらを見上げていた。
この一週間、俺は兄さんのかっこよさに翻弄されるばかりだが、兄さんはどうだろうか。俺を、恋人として見れているのだろうか。それともこの、ままごとじみた茶番劇に飽きたりしていないだろうか。
飽きる。
そうだ、なぜ気が付かなかったのだろう。
兄さんはよく「くしゃみをしたらソッコーで飽きたゼー!」と言う。なら、兄さんがこの三十日の挑戦に飽きていたっておかしくない。
そのことに今更ながら思い当たって、俺は狼狽した。飽きたと言われてしまったらどうしよう。恋人らしいことをほとんどできていないと言うのに、恋人期間は終わってしまうのだろうか。
俺が一人で思い悩んでいると、兄さんが照れくさそうに笑った。俺の手を取って、甲に一瞬だけ唇を寄せる。
「昨日の夜、俺がお前に何したか覚えてねぇの?」
ぼふん、と音を立てて頭が茹だった気がした。
覚えている。
兄さんの手が俺の下肢に触れて、忘れようもない感覚を俺は兄さんから受け取った。背筋を弱い電流が走って、下肢に重い熱が溜まった。
兄弟では絶対しないコトだ。
俺が顔を赤くしたのを見て、兄さんはもう一度照れくさそうに笑った。
「そういうコト」
「そう、か……」
前を向いてしまった兄さんの耳が、赤くなっているような気がする。が、地下鉄の明かりだけでは上手く見えなかった。なんとなく、俺も兄さんも無言のままエスカレーターを下っていく。
長いエスカレーターを降り切った時、兄さんは先ほどまでの雰囲気を脱ぎ去って、俺に満面の笑顔を向けた。
「買い物さ、KaDeWeでしようぜ!」
一九〇七年創業の、老舗のデパートのことだ。規模が大きく、数多の店舗が入っている。ケバブ屋のムスタファからは地下鉄で十五分ほど。日用品を買うときには、俺と兄さんは利用しないところだ。
「で、互いへのプレゼント選ばねぇ?」
プレゼントの交換。ほんのりと胸の内が温かくなる。
「良い案だな」
「だろ?」
兄さんが嬉しそうに笑う。
「あ、だが別行動は嫌だ」
せっかく兄さんと外へ出たのに、別々に行動するなんてとんでもない。もちろん、デパートに入ってすぐに解散して、時間を決めて再び集合して、そこでプレゼントを見せ合うというのも楽しいだろうが、今日は兄さんと一緒に見て回りたい。サプライズ感は無いが、互いの欲しいものを話し合いながら選んで贈るのだってきっと楽しいはずだ。
「おう! サプライズはまた今度な!」
俺の言いたいことは兄さんに無事に伝わったようだ。良かった。
ホームに滑り込んできた地下鉄に、兄さんと一緒に乗り込む。
さて、兄さんには何を勧めよう。そして兄さんは俺に何を勧めてくれるのだろう。
つい頬が緩みそうになるのを堪えながら、俺はこっそり兄さんの手を一瞬だけ握った。
ムスタファへの最寄駅まで、あと二分。
了
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