天国について3つの考察
フロイド
おれんち来る、と不意にそんな話が出たのは、フロイド先輩と所謂お付き合いというものを始めて二度目の春を迎えた頃だった。元の世界でもこちらでも、家に招かれるというのは相手のご家族に紹介をされるということで間違いない、のだろうか。訝しげに見つめ返した視線の先で、先輩の左右色違いの瞳が見た事ないほど心細げに揺れていたから、行こう、と思った。行こう。先輩の生まれた家へ。人間の常識が通用しない、海の底の人魚の世界へ。それで、きちんと、この人が好きなのだと言おう。この人を、不安にさせないように。
そんな秘めた決意もどこへやら、いざご実家に行くとなって、先輩が人間姿のまま海の底をすいすい泳ぐので驚いた。聞けば、人間の私が海で呼吸をするための薬を、先輩も飲んでいるのだという。いつぞやの、イソギンチャクたちをめぐる騒動を思い出す。海底で人魚に戻った先輩を見つめた時のことを、今も覚えている。巨大な蛇が長大な体をくねらせて水の中を泳いでいるような、自分の常識にない大きな生き物と目が合った時のような、体がすくんで、だけど目が離せなくて、あなたのことがもっと知りたい、と感じたあの時。先輩自身、海の中で人間という不便な体でいるのは嫌なのだと言っていた。自由に振る舞う、あなたが好き。だからこそ、私こそがあなたから自由を奪っているのではないかと、暗い心が頭をもたげる。
「小エビちゃん、いこ」
だけど、へらりと笑って彼は二本の『尾ひれ』で歩き始めるから、私は何も言えなくて、きゅっと唇を結んでしまう。「なんつー顔してんの。大丈夫だし」そう言って、私たちを包み込む海に紛れて見えっこない目の端の涙を拭ってくれる。陸の上で私を好きになってくれた先輩には、見えていたのかもしれない、と、そう自惚れるくらいには、繋いだ手が水の中でさえ暖かい。
ところが驚いたのはこの後だった。
私はお家にお伺いした途端、てっきりウツボの人魚の家族たちに出迎えられると思っていたし、彼ら人魚たちからすれば、あるべき姿を不自然に歪ませたとさえいえる先輩の姿を責められはしないかと思っていた。だというのに扉を開けた瞬間、いらっしゃい、こんな海の底まではるばるようこそ、そういった具合で出迎えに来る人来る人、全員が人間の姿をしているのだ。挙げ句の果てには当然のようにひょっこり出てきたジェイド先輩まで学園で見るのとまったく同じ姿で、とうとう私は頭を抱えてしまった。
「フロイドはね、ああ見えて気遣いが出来るんです。ウツボ姿の家族がああもぞろぞろ出てきてはあなたが気を揉む、と言って、聞かなかったんですよ」
余計なこと言うな、なんて声がどこかから聞こえてくる。心遣いが嬉しくて、私は人間の姿をした人魚たちと、可能な限り人間のものに寄せたと分かる食事を、テーブルを囲んで団欒と共に楽しんだ。海の底の晩餐会。一見普通で、だけどおかしな、団欒の風景。その違和感は、食事後に先輩が連れ出してくれたとある部屋で、確信に変わった。
壁に一面に飾られたのは、ごく普通の家族写真だ。ひと目で相当に昔のものだと分かる色褪せた写真もあれば、真新しくぴかぴかと光っているものもある。さっきまで一緒にテーブルを囲んでいた、先輩の家族。母親、父親、おじいさんにおばあさん、叔父に、叔母………。そのいずれも、よれて破れかけるくらい古い写真の中で笑っていた頃から、壁一枚向こうで食卓を囲んでいる今まで、歳を取らないでいる。
「人魚の寿命ってさ、300年あんの。海の底で300年、面白おかしく過ごして最後にパァっと弾けて海の泡ってのが、俺たち人魚にとっての『普通』」
海の、泡。そう聞き返せば、うん、と返事だけが返ってくる。私たちは、目を合わせなかった。人間である私の目には夥しい数に写る写真たちが、私たちの間にある断絶をより強く、深く、悪意などなく、ただ当然ものとして突きつけてくるようだった。
「人魚には魂ってのが無いんだ。だから最期はみんな海の泡で、なーんも考えられない、なーんも感じられないまま、ただ永遠と波に揺られるだけ。でもさ、人間は100年生きて、天国ってとこに行けるんでしょ」
おれはさぁ、呟かれた声が思っていたよりずっと切実で、今度は私から先輩の手を握っていた。
「おれ、100年ぽっち生きるだけでいいから。小エビちゃんと同じとこに、いきたいなぁ………」
迷子になった子供のような声に、とうとう私は先輩に抱きついた。海の底、私の目の前を横切ったおそろしくも心惹かれる人魚だった頃のこの人を、思い返す。あんなに自由だった人を、ここまで不自由にさせてしまったことが辛く、それ以上に好きで好きでたまらない。海に滲んで見えなくなってしまった涙を、大きな手が何度も拭ってくれている。壁一枚向こうからは、彼の家族が楽しげに談笑する声が聞こえていた。
おもったよりながくなったーーーーー
アズとジェはちゃんと練って仕切り直しだこれ