しゅ、しゅっ、と、音が静かに響いている。
 なんの音だろうかとラタトスクが足を止めた先には、特に使われていない部屋が一つあったはずだ。
 なんとなく、ほんの少しの気まぐれで、ラタトスクは扉を開く。その音に、部屋にいた少女は顔を上げてラタトスクを振り返った。
「エミルさん。…………すみません、ラタトスクさんの方でしたか」
「プレセアか。こんなところで一人で何をしてる」
「武器の手入れです」
 ほら、と軽々(軽々!)見せられたのは、プレセアが戦闘の時に振り回すあの、プレセアの身の丈ほどある斧で。
 なるほどならばさっきの音は砥石の音か、道理で聞き覚えがあった筈だとラタトスクは納得した。
「ラタトスクさんこそ、こんなところまで、なにか用があったんですか?」
「俺は、別に」
 用などない。ただ部屋にいるのもつまらなくて、けれどヒトが多いところにも行きたくなくて、なんとなくぶらついていただけである。
 ここはミリーナが作り出した仮想鏡界。出入りにはミリーナか、あの鏡精の許可がいる。
 気に入らない、とも少し違うのだが、面白くない。しかしそれが必要なことであると理解している。これだけの術を維持する彼女らにも、まぁよくやるものだと感慨にも似た感情を抱いている。
 だがしかし、ラタトスクには、どうにもこの世界は遠かった。遠い。うまく説明ができない。馴染まない………違う。この世界において、エミルとラタトスクはこれ以上ないほどに一つだった。ひとつでいて、ふたつだった。
(…………あぁ)
 ラタトスクはまた頭を降る。息を吸い、吐き出す。考えるのは苦手だ。そういうのはエミルがやればいい。
 黙って立っているラタトスクに何を思ったのか、プレセアはしゃがんで何かを拾うと、ラタトスクに向けて差し出してきた。
「よければ、どうぞ」
「………なんだ、これは」
「砥石です」
 そんなもん見ればわかる。
 ぴくり、ラタトスクは眉を動かして、けれど口も手も足も動かない。そんなラタトスクにプレセアは砥石を握らせ、自分はさっきまで使っていた砥石を使って、またしゅ、しゅっとやりはじめた。
「自分で手入れをするのか」
「はい。ずっとそうしていましたから」
 なるほど、確かに危なっかしいところなど無い、慣れた手付きである。
「それに、こうしていると落ち着くんです」
「…………そうか」
 無言。互いになにも言わず、ラタトスクはそこにいるし、プレセアは斧を磨き続けている。
 しばらくして。
 ラタトスクはプレセアが握らせた砥石を見、プレセアの隣で自分の武器を取り出した。
 武器は己の一部。剣士に限らず、戦う多くのものがそう言うだろう。武器など道具に過ぎないと言うものもあるが、ラタトスクの意見は前者に近い。
 そもそもラタトスクの本性は精霊だ。精霊に武器は必要ない。武器に見えるモノは、己が司る属性の力が結晶化したもの。ヒトの『武器』とは認識が異なる。
 そしてラタトスクは精霊の中でも更に特殊な、戦いを必要とする使命を帯びた精霊であったから、武器とは己の一部そのものであったのだ。
 武器を磨いて、研いで、油を拭き取り、拭い。使い込んで少しくすんでいた光が輝きを放つようになって、ラタトスクはほう、と息を吐き出した。
 全体を眺め、うん、と頷く。
 これならばどんな相手にも。
 ラタトスクには敵が多い。守るものがあるのだから当然だ。ならば騎士である己は常に戦いにそなえなければならない。
 そうでなければ、そうでなければ。
「…………」
 無言で武器を鞘に納める。納めて、そこで隣にいる少女の存在を思い出した。
 ふと視線を向けてみれば、
「っ」
 プレセアはどこからとりだしたのか、それなりの大きさの丸太を削り何かを作っていた。彫りが荒く、まだ何を作ろうとしているのかも判然としないが、それでもこの少女のこと、傑作を作り上げるに違いない。
 …………いや待てよ。そういえばデクスの剣、あれはこの少女の発案ではなかったか。その他にもロニカイルークの衣装だのなんだのと、なにやらよくわからないものを…………。
 と、そこで隣からしていた音が止んだ。ラタトスクの思考も現実に戻ってくる。
「終わったのか?」
「はい。もうすぐ、ジーニアス達が帰ってくるので」
 仮想世界であるここには、窓の外を見たところで現実のような空の変化がない。ある程度暗さは変えているようだが、それは実際のティル・ナ・ノーグのそれと連動しているわけではないらしい。正確な時間となれば時計を見る以外に方法は無く、そしてこの部屋の時計は、ラタトスクがふらりと部屋を出たときからすでに短くない時間が経過していた。
 プレセアはてきぱきと木屑やなにやらを片付け、後始末もしてしまうと、先に扉の方に向かう。向かって、そしてラタトスクを振り向き名を呼んだ。
「ラタトスクさん、もうすぐ夕食の時間になります。食堂まで一緒に行きませんか」
 これが他のヒトであれば、そんなもん勝手に行けと突き放したかもしれない。がラタトスクが選んだのはそれではなく。
「…………そうだな」
 少女はラタトスクの返事に、マルタのように喜ぶでなく、ロイドのように笑うでなく、ミトスのように目を見張るでなく、ただ淡々と、はい、と頷いた。
 2人で廊下を歩く。その間も会話はない。無言である。食堂に近づくにつれて賑やかになる。今日の晩御飯はなにかなぁ! はしゃぐ子供の声がする。
 それでもプレセアとラタトスクは会話もなく食堂の入り口に辿り着いて、そんな2人を、ミトスとロイドが見つけた。
「あ、おーい、今日の晩御飯はルドガーが作ったんだってさ! すごく美味いぞ、2人とも食べてみろよ!」
「はい」
 プレセアは心なしか少し嬉しそうに、けれどやっぱり静かにロイド達の所に歩いていく。側にいたジーニアスがプレセアに隣の席を譲ろうとしてまた妙などもりかたをしていた。
 そんな光景を眺めていたら、ミトスがラタトスクの手を引く。
「何してるのさ、早く来なよ」
 ミトスに連れられ席に座り、そこで違和感を覚え、ようやくポケットに砥石が入れっぱなしだったことに気づく。
 プレセアはジーニアスとロイドに挟まれて食事を堪能しているし、ミトスに連れられた席からは少し遠かった。
「プレセアがどうかした?」
「…………なんでもない」
 次に会ったときにでも返せばいいだろう。
 妙ににやにやしているミトスは無視して、ラタトスクは美味いと評判の夕食を口に運んだ。
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初公開日: 2020年07月13日
最終更新日: 2020年07月13日
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