空に光が溢れた。
 私はその空を、両手を祈りの形に組んで見上げる。
 今、たった今、世界のどこかで、一つの戦いは終わったのだ。
 紫がかった空が、光が駆け抜けて本来の青に戻っていく様を、私はじっと、教会の二階の窓から眺めていた。
 光はゆっくりと、けれど着実に世界に広がって、街の通りでは多くの人が空を見上げ、或いは指差して歓声をあげている。
 やがて、彼らは一つの名前を叫び出す。――勇者。勇者だ。不揃いだった言葉は次第に揃うようになり、そして――――
 目を開ける。
 いつもの天井だ。きちんと隅々まで掃除をしている天井。わたしの部屋。わたしが教会の一角に与えられた、シスターとしての、自室。
 わたしはベッドから体を起こして身支度を整える。いつものように、いつも通りに。
 礼拝所に入り、教会のシンボルたる十字架に向けて祈りを捧げる。
 世界が、少しでも穏やかであるように。世界が、少しでも優しくあるように。世界に、主の愛と御心が、あまねく広がり、満たされるように。
 一人祈っていれば、後ろでかたり、と音がした。それは教会の入り口の扉が開く音。…………わたしにとっての、始まりを告げる音。
 深呼吸を、ひとつ。
 背筋を伸ばして立ち上がり、入り口に向き直る。丁度、音の主がキョロキョロと辺りを見回しながら教会の中へと入ってきた所だった。
(まだ、若いのね)
 年の頃は恐らく十代半ば。少年と青年の間辺りだろうか。短く刈った茶色の髪は無造作で、ともすれば武骨な印象を受ける。――実はこれが、彼の精一杯のお洒落だったのだと知るのは、もっと後の事だ。知ったときは微笑ましくて笑ってしまって、彼の機嫌を損ねてしまったのだっけ。
 溢れそうになった笑みを、微笑みに変換して。
「ようこそ、我らが中央教会へ」
 声をかけたら、青年は、彼はビクッと震えてわたしを見た。まだ幼い彼は、凛々しいと言うよりはあどけなさが勝る。
 微笑みを崩さず彼を見守っていたら、彼はええと、と迷った末に口を開いた。
「ここに来たら、その………お話が聞けると聞いてきたんですけど! ――ってあ、間違えた、し、司祭様にお会いしたくてっ!」
「はい、かしこまりました」
 とその瞬間彼は気が抜けたようにぽかんとした。………もっと大変なのだろうかと気を張っていたんだと、彼は後に抗議するのだ。私としては、彼があまりにも可愛らしいから、まぁどちらであっても構わないのだけれど。
「司祭様に来客をお伝えしてきますから、貴方のお名前をお聞かせいただけますか?」
 本当は。
 本当は、聞かなくても彼の名前を知っている。名前だけじゃない、故郷がどこなのか、故郷でどんな暮らしをしていたのか。旅に出た目的は何か、そしてこの先に、どんな困難に直面し、どんな日々を送り、どんな結末を迎えるのか。わたしはそれらすべてを知っていて――それでも『今日』、私は初めて、彼の名前を知るのだ。
「あ、はい。俺、『  』って言います。『     』村から出てきたところで――――」
 あぁ神よ。これが、あなたが私に与えたもうた試練なのですか
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