アドニスくんを応援している。ずっと応援している。アイドルとして少しずつ成長していくアドニスくんが大好きだ。
ファンにはいろんなタイプがいると思うが、私を認識してほしいとういう気持ちはない。応援を形にできるプレゼントボックスには毎回お世話になっているけど、そこに入れるものに私の痕跡を残すことはない。宛名は絶対書かないし、物をプレゼントするときは消耗品にしている。薫くんのファンの人でマフラーを入れているのを見たことあるけど、私にはできない。だって、私が彼を養っているわけでもないのに。
ただ、応援していることだけは伝わって欲しくて、今日も湿布の入った黄色い袋をボックスに入れる。私のエゴみたいなものだ。
プレゼントでーす。中身チェック済みなので、皆さん自分の持っていってください。そんなスタッフの声を聞いて、ボックスに近づく。
溢れんばかりのボックスをチェックする先輩方に比べて、俺のは少ない。いや、少ないことが悪いのではない。俺のことを応援してくれるファンがいることを感じられるこのボックスは、俺がアイドル活動をする上で十分な力になる。
「おい、アドニス、今日もあるぜ」
鼻をすんと鳴らし、大神が小ぶりな黄色い袋を指差す。
「飽きもせず毎回入ってるな、律儀なこった」
「俺を応援してくれている人がいる、嬉しいことだ。俺はこの人のためにアイドルを続けることができる」
「おいアドニス、今日も匂うぞ」
いつだったか大神が急にそんなことを言い出した。
「今日も、とはどういうことだ」
「あぁん、テメ〜気づいてないのか?お前のボックス、花?の匂いがする」
「今日は花は入っていないはずなのだが」
「毎回同じ匂いがするんだよ、はんっ、マーキングか?」
面白くなさそうな顔でプレゼントボックスを覗いた大神の動きが止まる。その目には、金色のリボンに透明な袋が映っている。
「ブドウ糖だぁ?」
その一言を呟いた後は俺に何かを言うわけでもなく、その日の仕事は終わった。
だた、この日を境に大神が俺のボックスの中身を覗くことが増えた。時々、それだ、と指をさしていく。
指をさされたものは、タオルの日もあれば花の日もある。小さな手紙の日もあった。どれにも名前は書いていない。
それでも俺は、いつしか姿の見えないファンに力をもらうようになった。ライブをするとほぼ毎回大神が指差す何かを心待ちにしていた。
「おいアドニス、あの匂いが外からするぞ」
「あの匂いとは」
「テメ〜のボックスからいつも匂うやつだ」
周りを見渡すが俺ら以外に人はいない。そもそも学園内に関係者以外がいるはずがないのだ。
「なになに?二人してキョロキョロしてどうしたの?」
「羽風先輩。大神が、花のような匂いがすると言うのだが」
「ええ〜、花の匂い。ああ、あれじゃない?金木犀。いつもこの時期はいい匂いするよね。俺も結構好き」
「きんもくせい」
「ああ、あれだよ。あそこに生えてる」
俺らに示すように指をさした先には、オレンジ色の小さい花をつけた木がある。
花を認識した途端、大神のいう匂いが明確になった。これが、俺を応援してくれているファンの匂い。
なんか、あんたの季節が来たって気がするわ。そう友人に言われて、窓の外を見る。金木犀。
この香りが好きで、香水を買って毎日使っているせいで、本物の匂いに鈍感になったのが少し悔しい。
それでも友人にそう言われるくらいにはこの香りが私に馴染んでるってことは嬉しい。
つい緩んでしまう頬を引き締めながら、彼女に誘われたカラオケを断る。
今日は夢ノ咲でUNDEADのライブだ。優先すべきはこちらである。
放課後のライブに向かう途中、ファンの集まりを見た。あの中に、金木犀の匂いをまとった人がいるのだろうか。
しかし俺はアイドルだ。ファンには平等に接しろと神崎が言ってたことを思い出す。
いつか、俺のファンに会うことができた時には、お礼を言いたい。
先輩方が卒業して、大神とともに活動をしながらも、UNDEADの仕事の幅が増えた。
ショコラフェスのような、ファンとの距離が近い仕事が増えた気がする。
今日は握手会。ファンには小さき者がいる。握りつぶしてしまわないか心配だが、これもアイドルとしての活動だ。
俺の前に並ぶ顔ぶれは、ライブの時にも覚えがある。俺のことを応援してくれている人たちだ。
「…………あ、アドニスくん……!」
「ああ、アドニスだ」
「………………今日初めての握手会で緊張してて、………………あの、ずっと、応援しています。」
差し出された手とともに、匂い。あ。
「ああ、俺の方こそ、いつも応援ありがとう」
小さな手を握りつぶしてしまわないように、でも逃げられないように少しだけ力を込めて手を掴む。
ありがとう。俺を応援してくれて。俺は君がいたからアイドルを続けることができた。