鬼さんこちら、手の鳴る方へ
なんて、わざわざ鬼を呼び込むなんておかしいのではないか。少し大人びたくなった頃、そう考えたことを思い出す。鬼ごっこで遊ぶことがなくなった小学三年くらいからだっただろうか。鬼から逃げるためなのに、わざわざこちらの居場所を示すことに疑問を抱いた。その疑問についての回答は未だ出ていない。しかし、歳をとるにつれ、新たに仕入れた知識はある。鬼は招かねばこちらの領域に入ってこれないのだ。
「嬢ちゃん、入れておくれ」
扉の向こうで鬼が言う。
「だめです。開けられません」
「しかし我輩を呼んだのは嬢ちゃんじゃなかったかえ」
UNDEADの朔間零。
彼は自らを吸血鬼だと言う。吸血鬼、そう、鬼。
私は彼の瞳が怖かった。赤い瞳はこちらの内側を見透かすようで、その瞳から避けるよう過ごしてきた。いつもはあんずちゃんが彼の、彼らの担当をしているから、関わりは少なかった。同じクラスの大神くんを通じて入れば事足りていたし、弟の朔間くんは「俺に兄弟なんていないよ」なんて軽口以外は話題にすら出ない。だからその瞳が直接私を映すことはなかったし、私も近付こうとしなかった。
「ごめんね、どうしても今日じゃないといけなくて」申し訳なさそうに眉を下げたあんずちゃんの姿を思い出す。それならば大神くん経由でもいいかと思っていたのに、その大神くんがあんずちゃんとお仕事だった。だから私に頼んできたのか、と妙に冷静に納得した。
今日のプロデュースを終えたら、いつの間にか外から差す夕日が廊下を照らす灯りとなっていた。手にした書類にはいつもは感じない重さがあって、軽音部の部室に向かうだけなのに時間がかかる。それだけ私は緊張しているのだろう。緊張なのか恐怖なのか。「たぶん朔間さん寝ていると思うから、大丈夫だと思う」あんずちゃんから書類を受け取る時、そんな一言が添えられた。私がUNDEADの仕事を避けているのに気付かれていた。今日じゃないといけなくて、会わずに済むと言われたら断ることもできず、時間をかけてでも足を進めた。軽音部に近付くも楽器の音がしないことを考えると、今日は頼みの綱の2winkのふたりもいないのだろう。薄暗くなった廊下に私のため息が響く。よし、この書類を渡せば終わりだ。
「失礼します、UNDEADの朔間零先輩いらっしゃいますか」
形だけの挨拶のつもりだった。寝ているはずだから書類をメモとともに置いておくだけ。だから、扉を開けた時に赤い瞳とぶつかって、思わず逃げた。書類は私の手からこぼれ落ちたが、そんなことを気にしている余裕もなく、走った。書類を置くこともできなかったが、渡したも同然だ、なんてことはこの時は考えられなかった。
「嬢ちゃん、入れておくれ」
走って扉を内側から引っ張る。見透かされた。全てバレた。そう思った。これ以上は無理だ。
「だめです。開けられません」
扉越しなのに、私にだけ向けられる声のせいで腕の力が弱まった気がする。それでも鬼は力尽くで扉を開けるようなことはしない。そんなところが、苦手だった。鬼に向けられる視線の意味合いがあんずちゃんとは違うのは感じていた。
「しかし我輩を呼んだのは嬢ちゃんじゃなかったかえ」
開けたら最後、鬼に捕まってしまうから。そうわかっているのに、鬼をこちらに呼んだのは私だ。だからこれ以上は、だめなのだ。鬼から逃げられなくなる。そうわかっているのに私は扉を開けてしまった。
「さ、くませんぱい…………」
「やっと目があった」
捕まった。