「よお、リッパー」
分厚い雲に覆われた狩場で、朗らかに、そして鋭く響いたその声は、心臓の内側からこの身を震わせる。狩人であるはずのこちらの指先を震わす音は、あの霧の街では月に幾度も見られぬ蒼天のように晴れやかであるのに、どこか気味が悪くて堪らなかった。それが、余りにもこの空に似合わない明るさであるからだろうか。
「愛してるぜ」
それとも、狩人を前に不敵に微笑む兎の瞳が、良く研がれたナイフの切っ先に似ているからか。
それを与えるはずの自身の心が恐怖に侵される。
何故。
声は、出ない。
「今日は、随分大人しくて可愛いな」
一歩、男がこちらへ寄る。逃げるように脚を後ろへ引いた。
ハンターがサバイバーから逃げる姿など、どれ程無様か。しかし、人というものは不可思議で、危機を感じると自然とそれを回避するものだ。
ああ、いや違う。これは当たり前に、「いきもの」の本能だ。
この身で生物の本能を語るなどと、それこそ笑い草だが。
「逃げるなよ」
「それなら、追いかけて来ないで下さいよ」
本当に、正しく無様だ。兎に追われる狩人がどこにいる。しかしそれが今の自身と彼の現実だ。
いつも通りの狩りだった。昨日と、それからその前と、繰り返しのルーティンと変わらず、今日も今日とて凶器と狂気を振るい、逃げ惑う子兎たちを追い詰め、この舞台を赤く染める。
魂が形を得た瞬間から、鬼であった自身にとって薄汚い悲鳴をバックミュージックに踊り歩くこの時が、何より楽しく心動くものだった。
靴音をわざとらしく鳴らし、鼻歌を振り撒き、時折くるりと回ってみせるのは遊び心と、それから、霧に紛れ刃を振るう為の時間稼ぎでもある。
ああ、ねえ、ほら!今、貴方には「見えない」のでしょう。そうでしょう。なんとも素敵な能力だ。正しく、「私」らしい。
そう、少女に振り翳した指先は、柔らかな肌ではなく、硬い肉を裂き、甘やかに香る雫ではなく、硝煙の臭いすら思わせる鉄の滴りに濡れた。
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コインランドリーより愛を込めて June
初公開日: 2020年06月08日
最終更新日: 2020年06月08日
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コメント
よ〜り原稿やるぞ。