焦げた苦いに混ざるほのかに甘い香り。これは喫煙者特有のにおいだ。彼女は何となくそう悟った。不思議な匂いをまとった独特な雰囲気の男は、モッズコートを肩に羽織ってその夜の路地裏を我が物顔で居座っていた。コンビニで買えるような180㎖のそれを喉におとしこんでいたその男の一挙一動になぜか目が離せなくなって、女はただその緑色の目をじっと開いて観察していた。灰色の髪と、光るような真っ赤な目。スレンダーな、というより折れそうな体。もしこの男の髪が黒かったら長かったら。もう彼女の手元にはいない別の誰かを連想していたんだろうなとぼんやり思いながら女――パズルは一歩足を踏み出した。一歩踏み出す勇気さえわいたら、あとに躊躇うものはない。男は足音を聞いたのか、やがてパズルの方を見た。そのクリムゾンレッドはますますパズルに既視感を与えた。別段そのデジャヴの先の男に執着しているわけではないというか、いなくなればいいという気持ちとどうでもいいという気持ちが半分ずつ迫っているような具合だ。気に病むでもない。だが彼女は猫のような女だ。たとえそれが死ぬような結果になったとしても、『自身は死なない』という意味のない確信を持ってそして好奇心のままに行動する。ゆっくりと瞬きをする男に彼女はいかにも性が悪そうな笑みを浮かべて頭を軽く下げた。
「……お前さん」
男は初めて声を発した。酒に焼けた声。年季を感じさせるものだ。懐かしいものを見たとでも言いたげに男は目を細めて、そして無精ひげをざらりと撫でた。そしてその手を見た途端、パズルの頭は瞬間にして目の前の男を『同じ人間だ』と判断した。男はポケットから何かを漁り、そして取り出す。それは、数珠だった。パズルの手首ほどしかない小さなもの。水晶は夜のS市の暗さを教えているかのようにちゃら、と音を立てた。男の手にはもう一つ、錠剤があった。蛍光グリーンの小さな星型の錠剤。パズルの目より明るいそれをパズルの前に差し出した後、彼はこう告げた。
「『Jenga』によろしくな」
「…………」
女はしばらく黙り込んだ。そして蛾が電灯の前からいなくなった頃合いに、パズルは男の手の中のものを全て取った。一つも残してならないといった、強欲であり強かな女の性で。全てを差し出された時に、じゃあと全てを取れる女は強いというのが昔からの相場なのだ。
「名前は?」
「ダツ。奪うと書いて、奪だ」
「そう。じゃあもし会えたら会いましょう。おじさま」
男は忍び寄る年老いた獣のような声で笑った。女は暗がりに溶けて間もなく見えなくなった。
「で?」
「これ、飲んでくれない?」
「ハズレは麻取だったか?」
「違うよ」
コモレビは呆れたかのようにため息をついた。まったく警戒心が強いんだか不用心なのだかわからない女だと思いながらも小さな袋の中にあったそれを光に透かしてじっと見る。
「一応聞くけど」
「心当たりならねぇぞ。こんなどぎつい色の錠剤は間違いなく万単位で取引されるやつだな。俺たちはいつから売人か運び屋になったんだ?」
「あちゃあ」
最初からわかっていましたと言わんばかりの声にコモレビはもう一つため息を吐いた。ハズレ、と名指しされた男は生憎出勤中だ。といっても彼らがこのような興味をそそられるような事物を出せと言われて大人しく差し出すかと言われたらもちろん否なのだが。そっと取り出して、人差し指のほんの先っちょだけ触る。バッと慌てたように急いで手を放すコモレビを見てパズルはコロコロと笑う。まりを転がしたかのような笑み。
「で、どうするんだよこれ。その、なんだ。『Jenga』には届けねぇの?」
「何があってもヤダ」
「ガキかお前は」
「だってやだもん。大っ嫌いな人にわざわざ言ってやるかって話。坊主憎けりゃなんとやらって言うでしょ」
それとこれは違うんじゃないかと思いつつ、コモレビは改めて恐る恐るそれを手のひらの上に乗せる。もちろん糖衣なんて丁寧な加工もされてない。ザラリとしたこの感覚は開発したての薬の特有のそれだった。そして、この錠剤に物質名や薬品名はない。先ほど触れても何もなかったとはいえ、これを飲もうものならどうなるかは彼の想像力が及ばなくなりやがて頭を振ってやめ
ようとした。
パズルが後ろからその手を掴む。落とすまいとコモレビは慌てて手を握ってしまう。それが墓穴だと気づいて抵抗しようとするが、それは手錠で叶わなくなる。思わず目を見開いて語調を荒くして怒鳴る。
「パズル!てめ」
「のーんでくださいよぉ先輩」
「やめろっつってんだろ」
「ちなみに飲まなかったら投薬して鎮静化させたあと飲ませますからね」
「俺は動物か!わかった、わかったからやめろ、これ外せ!飲むから」
「ちぇ、つまんないの」
そう言ってパッと手を離したパズルに安堵の息を吐きながら、コモレビは改めて錠剤をつまんで口の前まで持っていく。おそらく毒薬ではない。毒薬っていうなら触った時点で何かしら異変はあるはずだ。それでも合法かと言われたらそうではないのだが。
ええいままよとコモレビはそれをぐっと口の中に放り込んだ。瞬間的にそれは溶けて、口の中に広がる。同時に、彼の舌に歯茎に喉に酸っぱさが広がる。もちろん酸の類でないのはわかったが、いかんせん酸っぱい。慌てて自身の荷物の中にある残り半分のお茶を一気に飲み干した。
「あ゛ぁっ、ゔうえ、くそっ、まず」
「うわぁ。これハズレに見せたいな」
「げは、がっ、ふざけ、な」
やっと息が静まったのか、壁にもたれかかるコモレビの前にパズルは体育座りでストンと座った。
「経過観察するねー。どう?」
「……ねみぃ」
「ありゃ。ただの睡眠薬かなぁ。奪さん?だっけ、もったいないなぁ」
「ぁんだよ、だつって」
「これと数珠渡した人。面白そうだったよ……って、寝ちゃったか。一分三十八秒、と」
即効性だなぁとぼんやり思いつつもパズルはその場を離れた。コモレビの寝息を立てるその顔は疲れ切った大人の顔であった。
「パズル!ちょ、なんとがっ」
「仕事中っつってんでしょーー!!終わった後!!!」
午後四時のことだった。閉店間際にやってきたコモレビに存分の力でメニューを叩きつけたパズル。いや、ここにいる彼女はあくまで『関火織』なのだ。CNで呼ばれてはたまったものではないので、流石に彼女も憤慨した。あまりに腹が立ったものだから外でベンチに座らせて待たせた。
「で?何?」
「能力が使えない」
「ん?」
「いやマジマジ。全然筋肉に力入らなかった」
「マジで言ってる?」
その後何度か彼らの問答は続いたが、パズルがコーラの缶を渡して力を入れるように促しても何も起こらなかった辺りでようやくコモレビの話が本物だと信じた。パズルは珍しくため息をついて腕を組む。
「うわぁ~~あの噂マジだったんじゃん、えぇ。大丈夫かなぁ」
「何の話だ」
「え?言ってなかったっけ。ハズレに調べてもらったんだけど、昨日コモレビが飲んだやつ、麻薬取締官の間で話題になってる『Null』ってやつなんだって。要するに能力無効化の薬品。これきちんと自供した人いるから確実だって」
「なんっ……ってもん飲ませてんだよお前は!」
「しょうがないじゃん。今朝聞いたんだし」
「先に俺に報告しろよ!っていうか持続力は?」
「えっとね。といっても全く無効化されるのはなんかあれ、累乗根のグラフあるじゃん」
「だんだん戻ってくるってか?」
「そうそうそういうこと。話早いね」
「なんだっけ?奪?っていうのをぶちのめせばいいのか?」
「ステイステイ。今はまだ力がないんだしそのまま。あの人のことは今ハズレに捜査させてるから」
「現時点でどんな情報が出てるわけ?」
「うーん、とりあえずそれの一部にたくさんの異能力無効の異能力を持つ人を交配させたいわゆるデザイナーベイビーの血が入ってるって」
「待て待て待て待て待て!!!」
ただでさえ異能力による情報処理能力はないのだ。今の一文の中にこめられた情報量に混乱してコモレビはパズルの言葉にストップをかける。
「え?」
「いややべぇだろ!このご時世デザイナーベイビーとかあまつさえその血を薬品に利用だ?冗談じゃねぇ」
「いやいや。なくはないよ。だって私たちみたいにNOXがどうこうなるのにもっとおっきい組織もあれば異能力者をどうこうっていう宗教もっかにあるんだし」
「いやそうだけどよ……」
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手取川
これ続き書く気力ないので言うと能力が一時的になくなる薬にする予定です
48:44
手取川
誰か続き書いて……
52:35
手取川
これ依頼書に出来るのでは?
57:19
手取川
終わる。尻切れトンボだけど出す。わたしを止めないでください
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